公立中学校野球部の紅白戦の主審をしていた中学生がファールチップのボールが眼に当たって負傷した事例

2018.12.15 スポーツ中の事故

京都地方裁判所平成5年5月28日判決

事案の概要

本件は、原告が公立中学校野球部のクラブ活動として紅白戦の審判(主審)をしていた際、部員が打者として打ったファールチップのボールがマスク等の防護器具をつけていなかった原告の左眼に当たり、その結果、左前房出血の傷害を負った事故について、顧問教諭に過失があるとして、被告京都市に対し、国家賠償法1条に基づき、損害賠償を請求した事案です。

原告は、小学生のころから野球に親しみ、京都市立A中学校に入学した後は軟式野球部に入部し、本件事故当時は、二年生部員としてまじめにクラブ活動に参加していました。

同校野球部の指導、監督を担当していたのは、同校の教員であったT教諭とF教諭でしたが、主として、F教諭が担当していました。

F教諭は、会議や出張等の用事のあるとき以外は必ず野球部の練習に立ち会い、立ち会えないときには部員の中から選んであったキャプテンを通じて、練習の指示を出していました。

F教諭は、平素から、安全のための注意としては、部員に対し、

  • 人がいるところでバットを振ってはいけないし、振っている人に近づいてはいけないこと
  • ボールを投げるときは相手に声を掛けなくてはいけないこと

などを話していましたが、審判をするときにマスクを着用するようにとの注意を与えたことは一度もなく、また、T教諭も同様でした。

普段の練習では、レギュラーバッティングのときを除いては、審判をつけることは少なく、公式試合はもとより、他校との練習試合においても、OBなどが審判を務め、また、部内で行う紅白戦でも部員が交代で審判を務めました。

公式試合や他校との練習試合は、A中学校で行われることが多く、部員はその様子を見学していました。

これらの試合においては、審判は必ずマスクを着用していましたが、紅白戦の場合は、着用しないこともあり、特に、夏場の暑いときには着用しないことが多い状況でした。

なお、試合中、ファールチップ等のボールが審判に当たることは、そう珍しいことではありませんでした。

F教諭は、本件事故当日、夏期選手権大会のため三年生を連れて岡崎グランドに詰めていました。

F教諭は、キャプテンのNに対し部員だけで紅白戦を行うようにとの指示を出していました。

そのように指示したのは、二年生が出場する予定の全京都少年野球選手権大会が近づいていたので、その練習をする必要があり、また、一個のボールに集中してやれる試合の方が普段の練習よりも安全であると考えたためでした。

もっとも、二年生は、それまで、紅白戦の経験は一度しかありませんでした。

原告は、同日、A中学校運動場において、野球部のクラブ活動に参加し、午前10時5分ころ、紅白戦の審判を務めていましたが、部員のOが打者として打ったファールチップのボールが、自己の左眼に当たり、その結果、左前房出血の傷害を負いました。

そのとき、原告はマスク等の防護器具をつけずに審判をしていました。

裁判所の判断

顧問教諭の過失について

裁判所は、

「審判は、バッター及びキャッチャーの後方至近距離に位置しているうえ、バッティングによってボールの進行経路が急激に変化することから、ボールがファールチップとなって飛来した場合、これを避けることが困難であり、特に、中学二年ともなれば、野球部員であるピッチャーの投げるボールは相当速くなるから、そのファールチップのボールを避けることがいっそう困難となることは経験則上明らかである。

したがって、審判をする者が、マスクを着用しないことは、その生命身体にとって極めて危険であるから、野球部の指導監督を担当する教員は、平素から、部員に対し、審判をする場合の危険性について周知徹底するとともに、必ずマスクを着用することを指示するなどして指導する注意義務があるというべきである。」

と顧問教諭の注意義務の内容を指摘しました。

その上で、裁判所は、

「F教諭らは、これまで、部員に対して、審判をする場合のマスク着用について指導したことはいっさいなかったのであるから、同教諭らに、右注意義務を怠った過失があったことは明らかである。」

と判示しました。

これに対し、被告は、

「審判がマスクを着用することは常識であるうえ、A中学校野球部でも、部員が審判をするときは必ずマスクを着用していたから、F教諭らにおいて、部員がマスクを着用しないで審判を務め、その結果事故に遭遇することを予見することは到底不可能であり、したがって、部員に対して右指導をすべき注意義務はないし、また、仮にあるとしても右注意義務を怠った過失はない」

と主張しました。

しかし、裁判所は、

「F教諭は、本件当時、野球について、選手ないしは指導者として相当年数の経験を有しており、ファールチップのボール等が審判に当たることが珍しいことではなく、したがって、マスクを着用しないことの危険性について十分これを知っていたことが窺えるうえ、A中学校野球部員が紅白戦等で審判をする際マスクを着用しないことが結構あり、しかも、F教諭は用事があるとき以外は必ず練習に立ち会っていたのであるから、このような事情を知る機会があったことを否定できず、また、中学生程度の年齢の部員が、マスクを着用することなしに審判を務めることの危険性を十分認識し、これを回避するのに適切な行動を常にとるものと期待することは難しいというべきである」

として、被告の所論はいずれも失当と判断しました。

被告の責任

裁判所は、

「A中学校は京都市によって設置された公立校であるから、原告は、同校に就学する際、被告との間で学校教育を受けることを目的とした在学契約を締結したものとはいえず、原告と被告との関係は学校教育法等の関係法令に則って形成された公法上の関係というべきである。そして、被告は、右関係に基づき、学校長及びその他の教職員をして、原告に対して学校教育を施す義務を負い、他方、原告は同校においてその教育を受けるという関係にあるから、被告は、その付随義務として、信義則上、クラブ活動を含む学校教育の過程において、原告の生命身体に危険が生じないようにすべき安全配慮義務を負っていると解するのが相当である。」

とした上で、

「本件における安全配慮義務の具体的内容については、前記のとおりである。

そして、F教諭らは被告の実施する学校教育に携わる公務員であり、その履行補助者というべきところ、その職務を行うにあたり、過失があったから、結局、被告には安全配慮義務を怠った債務不履行があるというべきである。」

として

「被告には、原告の被った損害を賠償する責任がある。」

と判断しました。

過失相殺について

裁判所は、

「原告は、本件当時、心身ともに健康な中学二年生であったから、自己の生命身体に対する危険を回避するために必要な判断能力及び行動能力を備えていたものといえるうえ、小学生のころから野球に親しみ、中学一年生のときから野球部に所属してクラブ活動を続け、その間多数の公式試合や対外練習試合等を見学するという経験を有したことからみて、マスクを着用することなく審判を務めることの危険性を十分認識していたものと推認することができる。

そして、使用できるマスクも存在しており、その気さえあればこれを着用することは容易な状況にあったことが明らかである。」

として

「原告は、マスクを着用しないで審判を務めたのであるから、原告にも本件事故を招来した過失があったというべきである。」

と判示しました。

そして、裁判所は、

「部員の中にはマスクを着用しないで審判を務める者がおり、それを相互に注意するということもなかったし、F教諭らから注意を受けることも全くなかったことなどを考慮しても、本件損害賠償額を算定するに当たっては、少なくとも4割の過失相殺をするのが相当である。」

と判断しました。

常識だから指導不要ではない。

野球の審判がマスクを着用することは常識です。

それは、審判自身が自らの安全を図るためです。

したがって、生徒が審判をするという場合であっても、マスクをするのは常識だからその都度指導する必要はないと考えるかもしれません。

しかし、この指導を通じて生徒に教えることは、「審判はマスクをしなければならない」ということではなく、「身を守るための道具は必ず使用する必要がある」ということではないでしょうか。

それこそが、部活動は教育の一環として行われているということの意味だと思います。

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