運動部に全員参加のため入部した野球部の練習中に熱中症事故で死亡した事案

2019.03.04 熱中症・自然災害

徳島地方裁判所平成5年6月25日判決

事案の概要

本件は、被告設置の本件中学校の野球部員Xが徳島県所有の運動場で練習中に熱中症により死亡した事故について、その両親らが、Xの死亡は指導教諭等の過失によるものであるとして、被告に対し、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償を求めた事案です。

Xは、平成元年4月本件中学校に入学し、同年5月1日から課外クラブの1つである野球部に入部し、練習等の部活動に参加していました。

平成元年8月当時、K教諭は本件中学校野球部の指導担当者を、S助教諭はソフトボール部の指導担当者をしていました。

本件中学校の課外クラブは、男子はソフトボール部、野球部、卓球部、女子はテニス部、バレーボール部の運動部だけであり、文化部はなく、生徒はこの運動部のいずれかに参加することが原則とされていました。

Xは、小学校時代からレスリング教室に通っており、レスリングには強い関心を寄せていましたが、球技は苦手の方でした。

しかし、本件中学校では球技を扱うクラブしかなく、しかも全員参加が原則とされていたため、練習が比較的緩やかであるという野球部を選び、平成元年5月1日入部しました。

練習は主として平日の放課後に行われ、練習場所は学校のグランドが整備工事に入った関係で、平成元年度の一学期から吉野川河川敷の県民運動場が利用されていました。

夏休みの練習は、本件中学校の教師が作成した「夏休み部活動練習計画」に基づき、7月21日ないし25日、27日、28日、8月1日、3日、5日、9日ないし11日、18日、19日、21日、24日ないし26日、28日、29日、31日と定められ、場所はいつものとおり県民運動場とされました。

夏休みに入って以後、野球部の練習は前記日程に従い県民運動場で行われました。

1日の練習内容は、午前9時練習開始、ランニング、9時10分準備運動、9時15分キャッチボール、9時45分素振り、9時50分休憩、10時20分守備練習、11時休憩、11時15分トスバッティング、11時45分休憩、12時5分シートノック守備練習、12時35分ランニング、12時40分整理運動、12時50分後始末、13時終了とされ、ほぼこの内容のとおりの練習が行われました。

練習場の県民運動場はソフトボール部の練習場所としても利用され、同部の練習時間も午前9時から午後0時ころまでとされていたため、練習日が重なる時は、両部が交互に県民運動場を利用していました。

県民運動場は吉野川の河川敷を利用したグランドで、日差しをさえぎる木立等はなく、練習日には学校側で用意したテントが1つ張られました。

また、県民運動場には水道施設がなく、飲料水は両部とも約8リットル入りのクーラー2個を持参したほか、部員各自が任意に水筒を持参しました。

部員の服装は、上がTシャツ、下はトレーナーのズボンで、帽子は着用が義務付けられていたわけではありませんでしたが、Xは家で使用していた帽子をかぶって練習に参加していました。

本件事故当時、Xは身長167センチメートル、体重76キログラムで、肥満体ではありましたが一学期に学校で行われた健康診断では特に異常はありませんでした。

Xは、性格的に責任感が強く、我慢強くもありました。

しかし、Xの野球の技量は未熟な方で、球をすくい上げて捕球するのではなく上から押さえつけて捕球するため、他の部員と比較して捕球のミスが多く、練習にも時間がかかりました。

平成元年8月9日、練習はいつもどおりK教諭の指導の下で午前9時に始められました。

当日午前の天候は晴天で暑く、気象観測所の記録では、午前9時の気温が27.5度、午前10時の気温が29.1度、午前11時の気温が30.9度、湿度はそれぞれ63パーセント、65パーセント、66パーセント、風速は毎秒1メートルでした。

この日はソフトボール部の練習日にもなっており、同部もS助教諭指導の下、午前9時ころ練習を開始しました。

野球部の練習は、最初200メートルのグランド10周のランニングが行われ、体操、キャッチボールのあと素振りの練習があり、午前9時50分ころ一回目の休憩に入りました。

この休憩時にXは自分で持参した水筒の水をゴクゴクと飲んだところ、K教諭から、水は余り飲まないよう注意されました。

30分後練習が再開され、守備練習としてフットワーク練習が行われました。

これは、11名の部員が二組に分かれ、一つの組(5ないし6人)の中で投げ手と捕り手を1人ずつ決め、投げ手が捕り手にゴロ、ワンバウンド、ノーバウンドの三種の球を一種類ずつ連続して前後左右に投げ、捕り手がそれぞれの種類の球をミスなく50球(合計150球)捕るまで続けるというもので、小学校時代から野球をやっている部員にとってもきつい練習でした。

このフットワーク練習は、それまで夏休み前の放課後に3、4回行われただけで、夏休みに入ってからはこの日が初めてでした。

Xは、前記のとおり捕球に難があったため、ミスなく決められた回数をこなすのに他の部員よりも多くの時間を要し、最後の方では這いつくばって球を捕る有様で、衣服は汗と土で泥まみれになりました。

K教諭は傍らでこのフットワーク練習を監督しました。

フットワーク練習は午前11時ころ終わり、二回目の休憩に入りました。

Xは休憩に入ってすぐ、K教諭に、堤防の反対側にある灌漑用水路に手を洗いに行ってよいかと尋ね、その許可を得て、フラフラしながら堤防を上がって行き、セメントの部分で足を滑らせました。

この様子を見たK教諭は、Xの状態が普通でないと判断し、部員の奥谷に一緒についていくよう命じました。

Xは灌漑用水路のところまで行って手足を洗い、洗い終わると、近くにいた農夫に水が飲めるのかを聞きました。

しかし、農夫の答えは汚くて飲めないとのことであったため、Xはこれをあきらめ、再びグランドに戻ろうとして、奥谷と堤防を上がり、中段付近まで来たところで、突然意識を失い仰向けにゴロンと倒れました。

そして、Xは、そのままその場に倒れていましたが、十数分後全身を激しく痙攣させ、口から泡を吹き始めました。

このため、驚いた部員(西内章宏)の知らせでK教諭やS助教諭が駆けつけ、S助教諭が急いで近くの公衆電話で119番急報をし、間もなく現場に到着した救急車でXは午前11時47分ころ近くの平野病院に搬送されました。

搬送時、Xは、意識なく昏睡状態で、体温は40.1度、血圧は最高が64、最低が30で、意識、瞳孔の対光反応はなく、全身にチアノーゼがあり、極めて重篤な状態でした。

平野和雄医師は、症状からみて熱中症であると判断し、直ちに応援の平野直彦医師を呼び寄せ、ステロイドホルモン、昇圧剤の投与、酸素吸入等の救命措置を講じましたが、そのかいもなく、Xは午後2時40分死亡しました。

当時Xの衣類は、汗のため、水をかぶったように濡れていました。

裁判所の判断

まず、裁判所は、

「国家賠償法1条にいう『公権力の行使』とは、国又は地方公共団体がその権限に基づき優越的な意思の発動として行う権力作用に限らず、純然たる私経済作用及び公の営造物の設置管理作用を除く非権力作用をも含むと解するのが相当である。」

とした上で、

「しかして、公立中学校において教師が生徒に対して行う教育活動は、純然たる私経済作用とはいえないから、国家賠償法1条にいう公権力の行使に当たるというべきである。

この理は担当教諭の指導監督の下に行われる課外クラブ活動についても等しく妥当し、そこにおいて行われる担当教諭の指導監督も同法1条にいう公権力の行使に当たると解するのが相当である。」

と判示しました。

また、裁判所は、

「公立中学校における課外クラブ活動の担当教諭は、部の活動全体を掌握して指導監督に当たるものであるから、練習において部員の生命身体に危険が及ぶと予想される場合は、あらかじめそのような危険が及ぶことのないよう配慮すべき安全配慮義務があるものというべきである。」

として、顧問教諭は安全配慮義務が負っていることを明示しました。

そして、裁判所は、本件について

「本件の場合、事故当日の野球部の練習は、高温多湿の真夏の炎天下、強い日差しをさえぎる木立もない河川敷グランドで、午前9時から午後1時近くまで行われることが予定されていたのであるから、その指導担当者であるK教諭は、部員が暑さと激しい運動により熱中症にかかることのないよう、練習中は適宜休憩をとらせ、十分に水分補給をさせるとともに、練習中部員に熱中症を窺わせるような症状が見られたときは、直ちに練習を中止し、涼しい場所で安静にさせ、体温を下げる手立てをとるなどの準備をしておく必要があったというべきである。

とりわけ、当時の本件中学校においては、全員が運動部に所属するものとされていた関係上、Xのように必ずしも野球を得意とせず、練習にも十分慣れていないものが参加していたのであるから、K教諭としては、練習が過度にわたり、これにより部員が熱中症を引き起こすことのないよう細心の注意を払うべき義務があったというべきである。」

と具体的な安全配慮義務の内容を示しました。

その上で、裁判所は、

「ところが、K教諭は、本件事故当日、野球部の練習が高温多湿の真夏の炎天下に行われたにもかかわらず、一回目の休憩時に、持参の水筒の水を飲んでいたXに余り水を飲まないよう注意し、十分な水分補給をさせず、また、Xが未だ野球の技量が十分でなく練習にも十分慣れていないにもかかわらず、他の部員と同じように運動量の激しいフットワーク練習を行わせ、その結果Xがフラフラになって用水路に行く姿を認めながら、他の部員に一緒についていくよう指示しただけで、そのままXを放置し、本件事故に至らせたのであるから、Xの身体の安全を確保すべき義務を怠った過失があるものといわなければならない。」

と、K教諭の安全配慮義務違反(過失)を認定しました。

さらに、裁判所は

「もし、K教諭があらかじめ熱中症の危険について察知し、Xに十分な水分補給をさせるとともに、練習が過度にわたらないよう注意していれば、Xが熱中症にかかることを防止しえたものと考えられるし、Xがフラフラになって用水路に向かった時点で熱中症を疑い、直ちに同人を引き止め、涼しい場所で身体を冷やすなどの措置をとっていたならば、その時点でXを救命することも可能であったと予想される。」

として、

「K教諭の義務違反と本件事故発生の間には、相当因果関係があるものというべきである。」

と判示しました。

以上より、裁判所は

「被告は、国家賠償法1条1項に基づき、本件事故によって原告らが被った損害を賠償する義務があるものといわなければならない。」

と判断しました。

部活動への参加を義務づけたことが本件事故の発端である。

部活動はあくまでも生徒による自主的な活動であるというのが本来の位置づけです。

しかし、本件中学校では、生徒に運動部への参加が原則であるとされていました。

これは部活動への参加を義務づけていることに他なりません。

亡くなった生徒は、苦手な球技の中から部活動を選んだわけで、当然のことながら普段から慣れ親しんだ部員よりは練習に費やす時間や労力が増えることになります。

その結果、熱中症発症のリスクを高めることになったのではないかと思われます。

もしこの学校で部活動への参加が義務づけられていなかったならば、亡くなった生徒は部活動に入部せず、小学生のころからやっていたレスリングに打ち込んでいたことでしょう。

全国には、生徒に対して、運動部に限らず、部活動への参加を義務づけている中学校や高校が多数存在するといいます。

そのため、やりたくない・慣れていない部活動に入部させられ、辛い思いをしている多くの生徒がいることでしょう。

中にはケガや体調不良に苦しんでいる生徒もいるかもしれません。

部活動は生徒による「自主的な活動」であるという本来のあるべき姿に戻すことが学校の責務ではないでしょうか。

Contact

お問合わせ

お電話でのお問い合わせはこちら

092-409-9367

受付 9:30~18:00 (月〜金)
定休日 土日祝

フォームでのお問い合わせはこちら

Contact Us

Top