県立高校野球部においてゴロ捕り練習中の内野手に外野ノックの打球が当たり負傷した事故

2018.11.16 スポーツ中の事故

名古屋地方裁判所平成18年11月28日判決

事案の概要

本件は、被告の設置する高等学校の野球部員であった原告が、その練習の過程で右眼を負傷したのは、顧問兼監督であった担当教諭が事故発生防止のために尽くすべき注意義務を怠ったためであるなどと主張して、国家賠償法1条1項に基づき、被告に対し、損害賠償を求めた事案です。

本件高校の野球部は、平成16年3月17日、春の公式戦に向けた全体練習を本件グラウンドで実施しました。

野球部顧問兼監督の乙山教諭は、常日頃から、部員に対して、けがをしないように(精神を)集中すべき旨注意していたほか、外野へのノッカーに対しては、内野手の頭を越える球を打たない(打球の飛びそうな範囲に内野手がいるときは、ノックをしない)よう指導していました。

当日の練習は、午前9時の準備体操に始まり、あらかじめ定められていたスケジュールに従い、同9時30分からキャッチボール、同9時40分からトス練習、同9時50分バント練習、3分休憩(水分補給)、同10時バッティング練習、5分休憩(水分補給)、同11時ノック(乙山教諭による全員の守備練習)、同11時30分守備練習終了と進行し、その時点で休憩(水分補給)に入りました。

そこで、練習に参加していた各部員は、乙山教諭の合図で一塁側ベンチ付近に集合し、キャプテンの春山から、次は試合形式のノック練習(レギュラーメンバーのみによる走者付き守備練習)を行うとの話を聞きました。

その際、乙山教諭は、公式戦も近いので、けががないように気合いを入れていこうと訓示するとともに、その前のノック練習の際に右肘の痛みを感じたことから、次のノック練習は誰かが代わってくれと申し向けました。

その場の協議で、ノッカーとしての経験が最も多い丁木が乙山教諭の代わりを務めることになりました。

各部員は適当に水分補給などして休憩を取りましたが、そのうちレギュラーメンバーは、いつものように、次の練習に備えたアップのため、各守備位置に散っていきました。

守備に就いたレギュラーのうち、内野手は、一塁手の丙川を起点として、同人からのゴロを捕球し、返球するゴロ捕り練習を開始しました。

他方、本塁ベースからやや3塁側に寄った付近に位置した丁木は、外野手に対するノック練習を開始しました。

丁木は、ノックの1球目には、目標とする外野手に聞こえるように声を掛け、2球目、3球目は、左手でボールを上げて合図しました。

そのころ、乙山教諭は、一塁側ベンチで、右肘をアイシングしたり、1年生らと会話を交わしたりしていましたが、何気なくグラウンドの方向に目を向けた瞬間、丁木のノック球がライナー性の低い弾道で遊撃手の春山の横を通過していくのを見て危険を感じました。

しかし、その直後に、丁木が、春山に対して、もう少し左(3塁)側に寄るよう指示したのを聞いて、内野手もノックに気が付いていると思って安堵しました。

三塁手の原告は、3塁ベースから斜め後方(2塁寄り)約2、3メートルの定位置付近で構えていましたが、一塁手の丙川が3塁ベースから2塁ベース寄り約2メートル付近めがけてゴロを投げてきたため、外野ノックの状況に注意を払うことなく、これを捕球し、さらにピッチャーズマウンド方向に2、3歩ステップを踏んで投げ返した後、元の位置に戻るべく、本塁ベース方向に向きを変えようとしました。

その直前、丁木は、目標である中堅手に向けた視野に何も認めなかったことから、球を軽くトスしてノックしたところ、打球は、想定したような放物線を描くことなく、左にスライスしつつ、ライナー性の低い弾道をたどって、原告の右眼付近を直撃しました。

裁判所の判断

被告の責任について

まず、裁判所は

「一般に、学校教育に付随する部活動においては、これによって生徒が危害を受けることがないよう、指導、監督に当たる教諭等に、安全を確保すべき義務が課せられていることはいうまでもない。

したがって、上記の指導・監督に当たる者は、生徒の自主性をできる限り尊重しつつも、事故等の発生が予想される場合には、これを防止するのに必要な措置を積極的に講ずるという注意義務を果たさねばならず、これを怠った結果、生徒に損害を生じたときは、当該学校の設置、管理者に賠償責任が生ずることも明らかである。」

と顧問兼監督の注意義務を示しました。

その上で、

  • 本件事故は、外野手に対するノック練習と内野手によるゴロ捕り練習が、本件グラウンド内で同時に行われていたところ、直接的には、ノッカーの丁木が、内野手である原告の動きを十分に把握せず、また1球ごとに内野手に周知させないままノックを行い、かつ、ノック球を打ち損じた結果、発生したものと認められる。

  • ノックの打ち損じという事態は、いかにこれに習熟している者であっても、その発生を完全に否定することはできないところ、本件のように、同一グラウンド内を内野手に向けられた球と外野手に向けられた球という複数の球(硬式球)が移動しているときは、部員は、とかく自己に関係した球に対してのみ注意を奪われがちになることは自然の勢いであり、かつ、高速度のノック球が人体に衝突した際には、極めて強い衝撃を与え、その部位によっては重大な結果を招きかねないから、かかる形態の練習を漫然と実施した場合には、内野手にノック球が衝突する事故が発生することを具体的に予見することができるというべきである。

  • かかる事故の発生防止のためには、同一グラウンド内を複数の球が移動するような練習をしないことが最も確実であるが、効率的な練習を行う必要上、やむを得ず、これを行う場合には、参加者全員が、かかる危険性を認識した上、とりわけ、このような事故発生の危険を作出するノッカーについては、内野手の動静を十分に把握し、自己の打球が予想外のコースに飛んだとしても、内野手が対応できることを確認すべきであり、内野でゴロ捕り練習が行われているかあるいは行われようとしている際には、これが終了して、内野手の注意がノック球に向けられていることを確実に確認した後でなければ、ノックをしないことが要請されるというべきである。

  • 本件のように、ノッカーが生徒である場合には、練習に熱中する余り、あるいは自己の技量を過信する余り、事故防止の観点から必要な上記の要請を無視ないし軽視して、十分な安全確認をしないまま、ノックを行うことが稀ではないと考えられるから、練習を指導、監督すべき立場の者が、ノッカーに対して、上記の要請を遵守し、安全確認を徹底するよう注意する義務を課せられているというべきである。

  • しかるに、乙山教諭は、けがをしないよう集中すべきことや、内野手を越えてノックをしてはならないことについては注意を与えていたものの、ノッカーに対する上記のような徹底した注意を丁木に与えていなかった。

として、

「被告は、乙山教諭の勤務していた本件学校の設置、管理者として、国家賠償法1条1項に基づき、原告に対する損害賠償義務を免れないというべきである。」

と被告の損害賠償責任を認めました。

過失相殺の可否・程度について

裁判所は

「本件事故は、直接的には、ノッカーの丁木が、内野手の動きを十分に把握せず、かつノックを行う都度これを周知させる措置を講じない状態で、打ち損じをしたことによるものであり、それ故に、このような事態の発生を予防するに足る指導を尽くさなかったと考えられる乙山教諭について、注意義務懈怠を肯認するのが相当との結論に至った」としつつ、他方で、

  1. 丁木は、ノックの開始(1球目)に当たって外野手に声を掛け、内野手もこれを認識し得たこと
  2. 原告は、ゴロを捕球、返球するに当たり、ピッチャーズマウンドの方向に数歩進み、ノック球の本来の射程範囲に接近したにもかかわらず、ノックの状況に全く意を払っていないこと
  3. そもそも、かかる練習方法に一定の危険が内在することは、高校生であっても、野球部に所属している以上、当然予想できること
  4. 現に、本件事故の直前には、遊撃手の春山の近くをライナー性の打球が通過しているのを認識していること

といった事情を考慮すると、

「原告においても、ゴロを捕球、返球するに当たり、ノックの状況を一瞥しさえすれば、本件事故の発生を避けることができた可能性が高いといわざるを得ず、したがって、信義則上、原告の被った損害について、過失相殺を行うのが相当である。」

と判断しました。

そして、本件事故の態様、乙山教諭の注意義務懈怠の内容、程度、原告の上記不注意等を総合して、

「上記過失割合は、4割をもって相当と判断する。」

と判断しました。

「信頼の原則の法理の適用の基礎を欠く」との判断

本件における判決文を読んで大変興味深かったのは、裁判所が「信頼の原則の法理の適用の基礎を欠く」と判断したことでした。

この点を別途取り上げたいと思います。

被告は、

「乙山教諭は、本件事故発生の直前、

  1. 現場にいるのがすべてレギュラー選手であり、全員が相当程度の技能を有するとともに、野球の怖さも理解していること
  2. ノックをしているときは、その球の行方その他を見ることによって、危険を了知ないし回避することのできる能力を十分に持っており、ノックの際、改めて注意をしなければならない未熟者はいないこと
  3. ノックをしていた丁木が声掛けしたり、これからノックすることを仕草で示していたこと
  4. ノック球が春山のすぐ横を通過したが、春山が球を避け、丁木が春山に守備位置を変えるように指示しているのを見て、適切に対応していると思われたため、格別、問題を生ずるような危険な状況とは考えられなかったこと

から、そのまま様子を見ていたにすぎない。このように、乙山教諭が危険を事前予測することは困難であったから、注意義務違反があるというのは、結果論にすぎない。」

と主張しました。

また、被告は

「丁木も、ノック経験が部員中では一番豊富で、ノッカーとしての技量に特に不安を抱かせる事情はなかった。無論、ノッカーのノックが百発百中、狙った方向に飛んでいくことはあり得ないが、打球が守備に就いている選手を直撃することは、通常、余りないことである。それは、各選手が打球の行方に気を付けているからであり、このことは、野球選手の常識である。」

と主張しました。

そして、被告は

「スポーツ競技の場合、スポーツ選手ならばこのように行動するであろうと信頼してよい場面においては、これに参加している選手の間で、そのような信頼に反する行動が取られた結果、事故が発生しても、法的な意味で過失が存するというのは疑問である。いわゆる信頼の原則が適用される場面であり、高校の部活動としての野球部活動においても、それを前提とした過失論が論じられるべきである。」

と主張したのです。

ここで、信頼の原則とは、他者が適切な行動を行うことを信頼できる場合、他者の予想外の不適切な行動にそれによって生じた損害について、行為者は一切の責任を取る必要はないという原則のことをいいます。

わかりやすく言うと、自動車を運転する際には他人も交通法規を守って運転することを信頼していますが、第三者が予想外の行動(例えば赤信号なのに交差点内に猛スピードで進入してきて衝突した場合)によってその第三者がけがをしたとしても、その第三者に対して損害賠償責任を負わないという法理として主張されます。

これに対して、裁判所は次のように判断しました。

「上記のような形態の練習において、時間差を置くことなく、ノック球とゴロ球という複数の球が同時にグラウンド内を高速度で移動した場合の危険性は、少しでも野球の経験を有する者であれば、レギュラーでなくとも容易に推測し得る事柄であることは否定できないが、さりとて、高校生程度の判断能力では、上記のとおり、時には練習に夢中になる余り、あるいは自己の技量を過信する余り、他方の状況を確認せず、時間差を置かないまま、ノックを行うことは十分にあり得ると考えられる。現に、本件においても、前記のとおり、かねてより乙山教諭の代役を務めることが多く、ノッカーとしての技量に一定の自信を有していたと推測される丁木は、内野手の動きを十分に把握しないまま、センターへ向けてノックしたが、打ち損ねたために、ノック球は、意図しない軌跡を描いて原告に衝突したものであり、このような事態の発生は、予見できないものではないから、信頼の原則の法理の適用の基礎を欠くといわざるを得ない。

つまり、「高校生程度の判断能力を信頼してはならない」と明言したわけです。

おそらく、「高校生はもう大人なのだから、適切な行動をとるであろう」と信頼している方も多いことでしょう。

しかし、その考え方自体が危険であるということを、この裁判例は示したといえます。

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