私立高校バスケットボール部の練習中に熱中症を発症し記憶障害が残った事例

2018.10.25 熱中症・自然災害

大分地方裁判所平成20年3月31日判決

事案の概要

本件は、被告学校法人が経営する私立E高校の女子バスケットボール部に所属していた原告が、平成18年8月23日、同部の練習終了直後に熱中症によって倒れ、その後健忘の症状が生じたことについて、原告が、同部の監督である被告Fは、気温35度を上回る場合は練習を中止すべき注意義務があったのにこれを怠り、原告に意識障害を伴う熱中症を発症させ、さらに、熱中症に対する適切な処置を怠り、その結果、原告に解離性健忘を生じさせたと主張して、被告らに対し不法行為に基づき損害賠償を求めた事案です。

女子バスケットボール部の練習状況の概要

女子バスケットボール部の練習時間は、授業のある平日が概ね午後3時30分から午後7時であり、土日祝日や夏休み中などは、午前と午後の二部構成で行われ、午前が9時から12時、午後が2時から6時くらいまででした。

練習内容は、概ね前半の時間帯にランニングやシュートなどの基礎練習を行い、後半の時間帯に応用練習やゲーム形式の練習を行っており、こうした全体練習が終了した後、ウエートトレーニングの時間が設けられていました。

練習中の休憩は、1回の練習(3ないし4時間)につき1回か2回であり、休憩時間は1回につき概ね10分程度でした。

また、練習中の水分補給は、部室に備え置きの10リットル入りタンクに入ったスポーツドリンクか、アリーナ内に設置されている冷水器で行っており、部員らは、休憩時間中であれば、これらを利用して水分を補給することができました。

なお、塩分補給については、少なくとも本件事故後から、水を補給する際に塩をなめるように指導したことは認められるものの、それ以前からそうした指導はされていませんでした。

本件事故前の練習状況

夏休みに入ってからの練習は、基本的に午前と午後の二部構成で行われていましたが、8月17日から同月20日までは、帰省休暇となっていました。

そして、被告Fは、帰省休暇明けの同月21日の練習ころから、部員らに対して、

  • 水分を摂り過ぎると体力の消耗が早くなる
  • 血液が薄くなり貧血になりやすい

などと説明し、多量に汗をかいている部員に対して、水分の摂り過ぎが原因であるとして厳しく叱りつけるようになりました。このため、多くの部員は萎縮して、水分補給を控えるようになっていきました。

さらに、同月21日の午後と22日の練習では、一度も休憩がなく、部員らは練習中に水分補給をすることができませんでした。

そして、同月21日午後の練習中には、中国人留学生の部員がスクワットを行っている最中に体力の限界をきたして倒れたことがあり、また、同月22日の練習では、過呼吸になって練習をこなせない部員もいました。

本件事故当日の練習状況

本件事故当日である同月23日は、気温38度、湿度80パーセントに上っていましたが、特待生の練習は午前・午後ともに行われ、午前の練習には被告Fが立ち会っていなかったものの、部員らは練習中に水分補給をすることができませんでした。

同日午後の練習は午後1時50分から始まり、基礎練習を中心としたメニューが行われていましたが、途中、被告Fの教え子が来訪し、部員らに対して氷菓子を差し入れしたため、午後3時45分から午後4時13分まで休憩が設けられました。

この休憩中、部員らは氷菓子を食べ、中には氷菓子の容器に水を入れて飲む者もいましたが、水分の摂り過ぎで被告Fから怒られることを恐れ、氷菓子以外に水分を摂取しない部員も多くいました。

休憩後、ゲーム形式の練習などが行われ、午後5時25分に全体での練習が終了し、被告Fはこの時点で帰宅し、残った部員らは約30分間ウエートトレーニングを行って、この日の全ての練習が終了しました。

原告は、練習終了後、他の部員に「トイレに行く」と告げてコートを離れましたが、間もなく、トイレの前で倒れているところを他の部員に発見されました。

また、同じころ、部員のJも体調不良を訴えていました。

本件事故に対する被告Fの対応

原告が倒れたことを聞いた副キャプテンで健康係のGは、そのことをアシスタントコーチのKに伝え、Kが被告Fに連絡し、その指示を仰ぎました。

この時、被告Fは、サプリメントを砕いてスポーツドリンクに混ぜて飲ませるように指示し、Kからその指示を聞いた部員らが、スポーツドリンクを原告に飲ませようとしましたが、原告は意識が朦朧としており、全く飲むことができない状態でした。

また、他の部員は、原告に扇風機で風を当て、額に氷のうを当てるなどの処置をしていました。

Kから連絡を受けた被告Fは、自宅から戻り、原告の介抱をしていた1、2年生の部員に対し、寮に帰るように指示しました。

そして、被告Fが、原告の意識の有無を確認するために、その頬を平手で叩いたところ、原告は振り向いたものの、朦朧として話ができる状況ではありませんでした。

そこで、被告Fが原告の額に手を当てて体温を確認しましたが、高熱や異常な発汗などの症状までは認められませんでした。

こうした原告の状態を見た被告Fは、その日の練習を頑張りすぎたための疲労が原因であろうと考え、午後6時30分ころ、原告の母に電話し、練習後体調が悪くなったので寮で休養させる旨伝えた上、原告を自己の自動車に乗せて寮まで送り、寮で原告と同室のGにその後の介抱を指示しました。

Gは、同日午後8時ころ、原告の体温を測ったところ、37.6度であったため、アイスノンをタオルに包み、原告の額に当てるようにしたところ、午後10時30分ころには35.5度にまで体温が下がりました。

また、Gは、翌朝までの間に二、三回、スポーツドリンクをスプーンで原告の口に含ませて水分補給を行っていました。

翌24日朝、原告は、目が覚めても、前日の出来事、現在いる場所・日時、付添の部員に関する記憶がなく、Gに対して、「ここはどこですか。」と尋ねました。

これに対し、Gが、E高校の女子バスケットボール部の女子寮であると答えましたが、原告は、E高校に在校していることも、バスケットボールをしていることも分からず、したがって、同女子寮にいる理由も分かりませんでした。

そこで、Gが先輩部員に連絡し、同先輩部員が原告に、何人かの人の名前を挙げて、この人は知っているかと質問したところ、小学生からの同級生だけは知っていましたが、それ以外の人の名前は分かりませんでした。

一方、被告Fは、同日から、大分県の国体選抜チームに選出された部員らが遠征に行くことになっていたため、同日午前5時30分ころ寮に部員を迎えに行き、大分港まで自動車で送っていきました。

その車内で、被告Fは、Gから、原告が周囲の状況を理解していない感じであり様子がおかしいとの報告を受けたため、自ら寮に赴き、被告Fも分からない状態にあった原告の様子を確認し、病院へ連れて行くこととしました。

そして、被告Fは、原告とJを別府市内のL病院に連れて行き、診察を依頼しましたが、その後アシスタントコーチのKが到着したため、自分は学校に戻りました。

L病院での診察の際、原告の状態は、血圧123/87、脈拍73、体温36.4度であり、原告は、L医師に対して、倒れた時の記憶が抜けていること、片麻痺があること、全身が割れるように痛いことなどを訴えました。

また、同時に診察を受けたJが、原告には意識があるものの反応に乏しいこと、昨日からの記憶が抜けていることなどを付け加えました。

L医師は、原告に対し、点滴を施すとともに、血液検査と頭部CT検査を実施し、記憶の欠落が脱水症によるものか、倒れた際の頭部打撲によるものかが不明であったことから、付添いのKに対して、保護者に連絡した上で専門医を受診することを勧めました。

ところが、L病院での診察と治療が終わった後、被告Fは、診察に付き添ったKと3年生部員から診断結果を聞いたにもかかわらず、同日午前9時30分ころ、原告の母に対して電話をかけ、病院に連れて行ったが安静にしていれば大丈夫なので寮で静養させる旨を伝えた上、原告を寮に戻し、すぐに専門医に受診させようとはしませんでした。

また、翌25日も、被告Fは、朝寝ている原告の頬を叩いて起こし、「生きてるか。」と問いかけて安否を確かめただけでした。

その後、原告が自ら原告の母に電話したことで原告の母は始めて事態の重大さを知り、原告の両親が迎えに行って、原告を専門医のM脳神経外科に受診させることができました。

裁判所の判断

被告Fの注意義務違反について

裁判所は、被告Fの注意義務違反について、

「被告Fは、E高校の教員であり、女子バスケットボール部の監督であるから、部活の実施により、部員の生命、身体に危険が及ばないように配慮し、部員に何らかの異常を発見した場合には、その容態を確認し、応急処置を執り、必要に応じて医療機関に搬送すべき一般的な注意義務(安全配慮義務)を負っているというべきである。」

との一般論を示した上で、

「本件事故当時、既に熱中症の予防策や発生時の対処方法について、

  • 財団法人日本体育協会による熱中症ガイドブックも公刊されており、熱中症の危険性とその予防対策の重要性は、体育教育関係者にとっては当然身に付けておくべき必須の知識であったと認められること
  • バスケットボールは走ることを基本とする運動量の多い球技であり、特に夏季の練習においては体育館内の温度が上昇するため熱中症に対する配慮が必要となること
  • 熱中症ガイドブックによれば、乾球温度が35度以上となる場合には原則として運動を中止すべきとされていること

などを考慮すると、被告Fとしては、本件事故当時、部員が暑さと運動によって熱中症を発症することのないよう、気温が35度以上である間は、基本的には練習を控え、仮に練習を行う場合であっても、その内容を比較的軽微な運動にとどめ、練習中は適宜休憩を設けた上で、部員らに対して十分に水分及び塩分を補給することを指導するとともに、部員らの体調を把握して、熱中症を疑わせる症状がみられた場合には、直ちに涼しい場所で安静にさせて、水分を補給したり体を冷やすなどの応急処置を採り、水分補給ができない場合には医療機関に搬送すべき具体的な注意義務を負っていたというべきである。」

と熱中症に関する具体的な注意義務の内容を示しました。

そして、裁判所は、

「本件事故当日の気象状況は、気温38度、湿度80パーセントの状態であったのであるから、被告Fとしては、本来ならば練習を控え、あるいはその内容を比較的軽微なものにし、かつ部員に対して十分な水分及び塩分を補給させるよう努めるべき注意義務があった。

しかしながら、被告Fは、部員に対し、普段と同様の練習をさせ、原告を含む特待生については、午前、午後とも練習を実施したし、部員に対し十分な水分及び塩分を取るように指示をせず、逆に、水分を摂り過ぎないよう厳しく指導していたのであるから、10リットル入りのスポーツドリンク1缶(この量は、当日参加した18名程度の部員に対しては十分といえない。)や冷水器が設置されており、午後の練習時、被告Fの教え子が氷菓子を差し入れたとしても、上記注意義務を尽くさなかったといわざるを得ない。」

として、熱中症予防に関する注意義務違反を認めました。

また、裁判所は

「原告は、本件事故当時、意識が朦朧とし、水分の経口投与を受けつけない状態になっていたのであるから、熱中症ガイドブックに従えば、高熱などの症状が現れていなくても、その時点で医療機関に搬送すべきであったといえる。

それにもかかわらず、被告Fは、原告が倒れた原因を単なる疲労と考え、安易に寮での休養を決定し、医療機関に搬送する処置を怠ったのであるから、熱中症予防のみならず、熱中症に対する処置についても注意義務に反していたものと認められる。」

として、熱中症に対する処置義務違反も認めました。

過失相殺について

被告らは、

「原告には、自ら練習を中断し被害結果を拡大しないように自らの体調を管理する注意義務が存在する」

と主張しましたが、裁判所は

「被告Fは、水分の摂り過ぎと思われる部員を厳しく叱りつける等、日ごろから厳しい指導を続けてきたことや、原告は本件事故当時17歳の未成年者であったことなどに鑑みると、原告は、自らの判断で練習を中断し、練習中に水分を摂取するなどの行動を取ることは期待できなかったというべきである。」

として、被告らの主張を認めませんでした。

スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブックについて

スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック(公益財団法人日本スポーツ協会)をご存知でしょうか。

また、実際に目を通したことがある、あるいはいつでも確認できるように保管しているという方はどのくらいいらっしゃるでしょうか。

ひょっとすると、熱中症という言葉自体は知っているものの、詳しい内容についてはよくわからないし、調べたこともないという方々のほうが多いかもしれません。

公益財団法人日本スポーツ協会は、平成6年6月にスポーツ活動中の熱中症予防ガイドブックを発行しました(当時の名称は財団法人日本体育協会)。

その後、平成10年・18年に一部改訂が行われ、最新のものは平成25年4月(第4版)となっています。

スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック(第4版)

このガイドブックの冒頭部分には、以下のような記述があります。

  • スポーツによる熱中症事故は無知と無理によって健康な人に生じるものであり、適切な予防措置さえ講ずれば防げるものです。
  • 熱中症予防の原則はすでに確立されたものですが、死亡事故が毎年発生しているということは、スポーツ指導者や選手にこのような熱中症予防の知識が未だ十分には普及していないためと言えましょう。

本件についても、顧問の教諭に熱中症予防や発症時の対処方法に関する知識があれば、熱中症発症は未然に防げたかもしれませんし、少なくとも重症化することはなかったことでしょう。

ガイドブックが発行されてから12年が経過しての事故であったことを考えると、「知りませんでした」という言い訳が通用することはないといえます。

今からでも遅くはありません。

熱中症に関するきちんとした知識を身につけることで、命を守るための行動をとるべきだと思います。

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