公立高校の生徒がバスケットボールのクラブ活動の練習中に熱中症状を来たして急性心不全により死亡した事故

2019.09.05 熱中症・自然災害

松山地方裁判所西条支部平成6年4月13日判決

事案の概要

本件は、被告設置の公立高校において、暑熱環境下でのバスケットボール部のクラブ活動の練習中に脱水、熱中症状を来たして急性心不全により死亡した女子生徒Aの両親が、本件事故は、クラブ活動の指導を担当したB教諭が練習中の生徒の心身の状況に応じた適切な措置をとるべき注意義務に違反した過失又は安全配慮義務違反によるものであると主張して、国家賠償法1条1項に基づき、被告に対し損害賠償を求めた事案です。

Aは、中学校時代からバスケットボール部員として活躍し、昭和63年4月から親元を離れて下宿し本件高校一年に在学していました。

Aは、本件高校入学前の健康診断では何ら異常は認められておらず、入学後はバスケットボール部に所属し元気に生活していました。

当時、本件高校女子バスケットボール部の技術水準は全国大会中位程度であり、本件事故直前に開催された昭和63年8月インターハイ大会での成績は二回戦敗退であり、同月5日より新チーム(一年生と二年生)で新人戦に向けた練習が開始されました。

当日の練習参加者は同校一、二年生11名と同校卒業生5名であり、練習場所は同校体育館内の板張のコート二面を使用し、予めB教諭が作成していた次のとおりの練習予定に従って実施されました。

A 体重測定、心拍数計測(練習開始直前)

午後2時00分~

B ストレッチ(10分間)

C 準備運動(5分間)

D ランニング(5分間)

E 縄跳びと腹筋鍛練

午後2時30分~

F 攻撃のための足の使い方(10分間)

G 防御のための足の使い方(10分間)

H 休憩(水を補給)

午後3時00分~

I 攻撃基本技術の練習

    ボールコントロールの練習(20分間)

    パス・キャッチの練習(30分間)

    ドリブルの練習(10分間)

J 攻撃者と防御者の追いかけっこ(15分間)

K 休憩(水を補給)

午後4時25分~

L ドリブルシュートの練習(15分間)

M ボールを持ってカットインの練習(25分間)

N 二人一組でボールを運ぶ練習(20分間)

O 休憩(水を補給)

午後5時30分~

P インターバルトレーニング(35分間)

午後6時15分~

Q 整理運動

午後6時45分~

R 自主練習

午後7時00分~

S ミーティイング

Aは練習開始直前の体重測定では61.5キログラムであり、前夜の睡眠時間7.5時間、食欲は普通で発熱、生理中ではなく、左右ふくらはぎ、左足首に痛みがあった程度で格別練習に支障があるとは認められず、練習予定AないしFまでの練習中特に異常が認められませんでしたが、練習予定Gの防御のための足の使い方の練習中発汗量が多くなりました。

Aは、午後3時の休憩時に少し疲れた様子でしたが水200CCを補給し、練習予定Iの攻撃基本技術の練習開始時には疲労も回復した様子で特に異常も見られず練習しましたが、パス・キャッチの練習中やや疲れた様子となり、練習予定Jの攻撃者と防御者の追いかけっこの練習の終わりころ、普段は見られない状態で急に膝を折って床にうずくまり、意識が少しもうろうとし、目は疲れでうつろな状態になっていました。

そこで、B教諭は、「しっかりせんか。」と言ってAを引っ張り上げて立たせた上、両頬を2回ひっぱたきましたが、それでもAの意識ははっきりせず、さらにコップ1杯の冷水を頭から浴びせ両頬を叩いたところ、ようやく意識が回復したので予定より約5分早く午後4時10分ころ全員を休憩させました。

B教諭は、Aを体育館入り口の涼しい場所に連れて行き、休憩時にコップ1杯の水とスポーツドリンク300CCを飲ませて休ませ、他の生徒には予定どおり練習予定Lのドリブルシュートの練習以下の練習をさせました。

その途中、通常時より顔色が多少悪いAから数回練習に参加する申出がされましたが、B教諭は十分回復しないまま練習を再開させるよりも最後にハードなインターバルトレーニングをさせた方が本人に満足感を与えることになると考え、午後5時50分ころまで練習の再開を許可しませんでしたが、競技者としての練習に対する充足感を与えさせる目的で最も厳しい練習である練習予定Pのインターバルトレーニングの5セット内の最後の2セットに参加させました。

Aは、練習の最後の2セット目に参加し、2分間程度の全力疾走を2回行いましたが、2セット目のゴールに達すると同時にそのまま前につんのめるようにばたんと倒れ込みました。

このときは1回目に倒れたときよりも更に意識がもうろうとした状態でした。

B教諭は、卒業生とともに直ちに体育館外の水道の蛇口のところにAを抱きかかえて連れて行き頭から水を浴びせ、スポーツドリンク300CCと薄い梅酒様のドリンク200CCを飲ませました。

Aは、これを少しずつ飲んで、飲み終えた段階でもまだ強い疲労が残っている状態であり、B教諭は、卒業生を付き添わせてAを体育館入口の涼しい場所に寝かせて休ませました。

しかし、B教諭は、過去に練習中に疲労して休憩させてまた練習させて疲労した生徒がいた経験から事態を深刻には受けとめず、休憩させれば回復するはずだと考えて、格別救急車を呼んだりAに医師の診察を受けさせるなどの措置を講じることはせず、他の生徒の練習の指導に当たりました。

Aは、ずっと横になって休み、午後7時ころ最後のミーティングには参加しましたが、更衣室へ行くにも同級生に支えられ、帰るにも自転車に乗れないほど非常に疲労した状態であったため、他の生徒に付き添われタクシーで帰宅させられましたが、午後7時40分ころ下宿に帰宅してすぐに意識を喪失して倒れ、午後8時34分救急車で病院に搬送されました。

病院搬入時におけるAの診察結果は、意識は深昏睡で痛みや刺激に全く反応しない状態で、瞳孔は開いていて瞳孔反射がなく、動脈血液中の酸性度はPH6.890と高く、呼吸が抑制され炭酸ガスが蓄積して血液中の酸が過剰になった状態であり、静脈血液中の白血球の数値は17800と正常値の倍近くに増加し、急激なストレスがかかった状態を示し、搬入時には浅い呼吸がありましたが、約10分以内に無呼吸から心停止に至り、心肺蘇生が試みられましたが、成功せず死に至りました。

なお、本件ではAの死因についても争いになりましたが、裁判所は、

「Aの死因は急性心不全であり、その原因は、暑熱環境下でのバスケットボールの練習により、体熱産生、発汗による体液喪失、脱水、さらに熱中症状を来たし、身体諸機能の障害、急性循環障害を招来して、急性心不全により死亡に至ったものと認めるのが相当である」

と判断しました。

裁判所の判断

まず、裁判所は、

「高校の課外クラブ活動は、学校教育活動の一環として行われるものであるから、現にその指導を担当する教諭は、部員である生徒がクラブ活動により生じるおそれのある危険から生徒を保護すべき注意義務を負っており、事故の発生を未然に防止すべき注意義務を負うものであることはいうまでもない。」

とした上で、

「したがって、指導担当教諭は、生徒がクラブ活動に参加中に発生した死傷事故について、右事故の発生する危険性を具体的に予見することが可能である限り、右危険を回避するための措置を講ずべき注意義務を負うものというべきである。」

との判断基準を示し、本件事故発生についてB教諭に過失が認められるか否かについて判断することとしました。

裁判所は、

  • 日射病による全国的な事故発生例については、昭和53年夏季の報告例によると、6月から8月の間に21例、死亡事例18件、死者20名、死者のない多発例3件であり、その中に体育館内で熱射病として出たものが2件あったとされていること
  • 昭和59年度に発生した日射病、熱射病による死亡は中学生6名、高校生6名で、中高校生の死亡のうち26パーセントを占めていること
  • アメリカ合衆国における高校の運動選手の死亡原因の第2位となっているが、そのほとんどの場合が予防可能であるとされていること
  • 熱中症の危険性については、一般のスポーツ医学書にはもちろんのこと、財団法人日本体育協会発行のC級スポーツ指導員教本にも熱射病の場合には直ちに救急隊に連絡し専門的な治療を行う必要性のあることが記述されているなど、一般のスポーツ指導者向けの書物でも指摘されていること
  • B教諭は体育大学を卒業し指導講習会にも参加していたこと
  • 医学的見地からすると、本件でAが第1回目に倒れたときに意識が少しもうろうとしていたのであるから、医師の診断を受けさせるのが最善であったが、そこまでしないでも練習を中断させて休息させたことは適切な措置を講じたといえること
  • しかし、その後練習を再開させたことは軽率であり、少なくとも第2回目に倒れたときには意識障害を伴う異常な事態であったから直ちに医師の診断を受けさせることが必要であり、またそうしておけば救命の余地はあったと考えられること

などの事実を認定した上で、

「本件において、Aが第1回目に倒れた際には、B教諭か水分を補給させた上休息をとらせて経過を観察する措置をとったことは、当時の状況に照らして適切であって、B教諭に過失かあったということはできない。」

「また、その後相当時間の休息後に、B教諭がAの申出により練習に参加させたことは、医学的には適切であったとはいえないが、右休息によりAの身体状態が回復したと判断することは、医学の専門知識のないB教諭としてはある程度無理がないところであるから、これをもって直ちに不法行為上の注意義務に違反する過失があったと認めることはできない。」

としました。

しかし、裁判所は

「その後、Aが短時間の練習再開で前回よりも異常な状態で倒れた時点では、当時は、当時の状況に照らして一般人としてもAの身体状態が尋常ではないことを容易に認識できたものと認められるから、B教諭は、この時点においてAの身体の危険性に配意し、救急車を手配するなどして直ちに医師の診断を受けさせる注意義務があるのに、これを怠った過失があるというべきである。」

とB教諭の過失を認定しました。

これに対し、被告は、

「B教諭は、バスケットボール部顧問として部活動の練習を指導するに当たり、時間割と練習技術の内容を決め、練習開始前に参加生徒の体調の検査を行い、予備運動もさせており、練習は参加者全員に一様に行わせたもので一部の者又は特定の個人に限って強行させたことはなく、また、練習時間中適当に休憩、ミーティングも行わせているから、過失はない」

と主張しました。

しかし、裁判所は、

「本件事故発生日の新居浜市の気温、湿度がスポーツを行う環境としては危険ないし中止域の範囲にあるとも考えられる条件下にあったことが認められ、当日の環境からすると適当に休憩、ミーティングを間にはさんでいるとはいえ、その練習予定自体かなり厳しいものであるから、その実施については十分に配慮を要することが必要であったというべきであるし、また人の体力の限界には個人差があり、同一人であっても体調や条件の変化により体力の限界の異なることは当然であるから、練習を参加者全員に一様に行わせたことをもって注意義務を尽くしたといえないことはいうまでもない」

として、被告の主張を排斥しました。

また、被告は、

「Aの死因である急性心不全の全容は医学上解明されておらず、異常体質によるものとされており、Aには心不全の先天的体質又はその予備素質があった。したがって、B教諭には、部活動の練習指導に当たりAの死亡を予見することはできず、B教諭の練習続行及び介護行動とAの死亡との間に相当因果関係はない」

と主張しました。

この点について、裁判所は

「確かに、鑑定の結果によれば、Aの死の転帰を予見することは通常人にとっては極めて困難である旨の部分がある。」

としたものの

「しかし、同鑑定の結果によると、鑑定人は、死に至る医学経過の帰結を予見することは無理であっても、スポーツを専門に指導する立場の者としては、練習中に2度も倒れもうろうとした状態であり、2度目の方がその程度が強かったことからすると少なくとも第2回目に倒れた時点では尋常な状態ではなかったことを理解し適切な処置をとるべきであったと判断しているのである。」

とした上で、

「不法行為責任における過失を認定するための予見可能性としては、医学的な死の転帰の予見可能性があることまでは必要でなく、身体に対する尋常でない危険性の認識の可能性で足りると解されるのであり、B教諭にはこの意味での予見可能性を肯定することはできる。」

と判示しました。

また、裁判所は、

「Aが心不全の素質を有していたとは考えられず、本件事故発生前約4年半の間にAは度々病院で通院治療を受けていたが、鼻風邪、軽度貧血が主であり、特別な症状はなく、治療によく反応しており、アレルギーもなかったこと、本件事故当日の練習前において練習に差し支えない身体状況であったこと、バスケットボールの練習に際して特に悪影響を及ぼす要因があったとは考えにくい」

として、被告の主張を排斥しました。

以上より、裁判所は

「被告は、被告の公務員であるB教諭が職務執行中に過失により発生させた本件事故による損害について、国家賠償法1条1項による責任がある。」

と判断しました。

過失が認められる場合の「予見の認識の程度」とは

不法行為における過失とは、「予見可能性があったにもかかわらず損害の発生という結果を回避すべき義務を怠ったこと」を意味します。

したがって、損害の発生について予測不可能であれば不法行為責任を負うことはなく、予測可能でも損害発生を回避するための対策を十分に講じていれば、不法行為責任は発生しないことになります。

本件において、被告は、死因となった急性心不全の全容は医学上解明されていないことを理由に、Aの死亡についての予見可能性がないことを主張しました。

これに対し、裁判所は、

「不法行為責任における過失を認定するための予見可能性としては、医学的な死の転帰の予見可能性があることまでは必要でなく、身体に対する尋常でない危険性の認識の可能性で足りると解される」

と判断しました。

この裁判所の判断を前提にすると、過失を認定するにあたっての予見可能性については広く認められることになると考えられます。

その意味では、過失が認められるか否かについては、結果回避義務を履行したといえるか否かが大きな争点になるといえるでしょう。

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