ロッククライミング練習中の初心者転落事故に関する指導的なパートナーの損害賠償責任

2018.11.28 スポーツ中の事故

横浜地方裁判所平成3年1月21日判決

事案の概要

本件は、ロッククライミングの練習中に転落して頚髄損傷の傷害を負った事故について、ロッククライミングについて指導的立場にある被告は、

  • ザイルから手が滑らないように十分に注意してこれを支持しておくべき注意義務があるのに、これを怠った
  • 原告に結び付けたザイルの他端を付近に固定したり、自分の体に巻き付けておくなどすべき注意義務があるのに、これを怠った
  • 原告が転落を開始した後には、ザイルの繰り出しを防ぐため、直ちに腰がらみないし腰確保等の適切な制動措置をなしうる体勢を取るべき注意義務があるのに、これを怠った

などと主張して、被告に対し、不法行為に基づく賠償請求を求めた事案です。

被告は、大学時代山岳部に所属し、本件事故が起こるまで回数にして年間約20回、日数にして年間30日程度の登山をし、岩登りについても、俗に三大岩場と称される岩場を踏破するなど、山登りの経験が豊かでした。

一方、原告は、昭和59年12月から本格的に登山を始めるようになり、登山活動に意欲的に参加していました。

原告は、昭和60年5月1日から5日にかけてパーティーを組んで、北アルプス穂高に登頂した際、通称白出のコルと呼ばれる岩場で、恐怖心のため足が出ないという経験をしたことから、岩登りの練習の必要性を感じていたところ、その帰りにパーティーを組んだ者のうちで、日和田山ロッククライミング練習場において、岩登りの練習をしようという話が持ち上がり、原告はこれに参加することにしました。

そして、原告は、被告から岩登りの技術を学ぶべく、被告と岩登りの練習について連絡を取り合いました。

こうして、原告と被告は、昭和60年5月12日、日和田山ロッククライミング練習場において、パーティーを組み岩登りの練習をすることになりました。

練習場には、男岩と女岩と呼ばれる露岩がありましたが、いずれも原告のような初心者にとっては難易度が高くまた混雑していたことから、高さ約7メートルの本件露岩で足慣らしをすることにしました。

露岩では、中学生2名が岩登りの真似ごとをしていましたが、被告は、その2名の身の危険を感じたので、その2名及び原告にザイルの結び方と三点確保の要領を教え、原告にへルメットとゼルプストを貸し与え、ザイルを自己と原告のゼルプストに結び、単独で登攀を開始しました。

被告は、登攀の途中で高さ2.8メートルの位置に奥行き約30センチメートルの本件足場のあることを確認し、頂上付近まで登り、腰を降ろして、そこに打たれていた二本のボルトにシュリンゲを通して自己の身体を確保しました。

被告は、腰がらみの方法で確保体勢をとり、原告に登ってくるように促し、原告が登ってくるにつれザイルを手繰りよせ、手繰りよせたザイルを腰の後ろに回して、ザイルを弛みのない張った状態にしていました。

ところで、本件露岩は、ホールド付近が被り気味になっており、本件足場の高さは約2.8メートルしかなく、ザイルの一瞬の握り込みの遅れで一秒経たないうちに落下、衝突してしまう高さにありました。

しかし、被告は、そのような場所において、原告に登攀の途中で両手を離させ、ザイルで原告の身体を確保するための事前の打合せをせず、原告にどのような確保体勢をとり手を離せばよいのかについての説明はしませんでした。

原告が、本件足場に立ったとき、被告は、原告に足場が大丈夫か尋ね、原告が大丈夫と答えたため、「手を離してごらん。」と言いました。

原告は、登山靴の先が3分の2くらいかかっている状態で、被り気味の岩をホールドとしてバランスを取っていたため、手を離すとザイルで確保していなければ落ちてしまうおそれがあり、また、登攀の途中で手を離す練習をするなどとは事前に説明もなかったので、意外に思い「冗談でしょう。」と言いましたが、一瞬手を離し岩にしがみつきました。

ところが、被告は、「ロープで確保しているから、もう一回手を離してごらん。」と言ったので、原告は、被告がそこまで言うのなら大丈夫だと思って、手を離しました。

ところが、次の瞬間、原告は、仰向けに頭から転落し、被告がザイルを握り締め制動したが間に合わず、第七頚椎を骨折し頚髄損傷の障害(後遺障害等級1級)を負いました。

裁判所の判断

被告の過失について

裁判所は、

「被告は原告に岩登りの技術を教示する立場にあり、原告は岩のぼりの初心者であったのであるから、被告は、原告に登攀の途中で両手を離させザイルと原告の足で身体の確保をする練習をするときは、まず、転落事故のないような場所を選択し、原告に事前にどのような確保体勢をとり手を離せばよいかを十分に説明し、手を離させる瞬間において、ザイルの確保をはかる夕イミングがずれないように掛声をかけるなど転落事故が起こらないような措置を講ずるべきである。そして、転落事故が発生する場合に備えて、ザイルの確保を十分にしておく注意義務があるといわなければならない。」

とした上で、

「本件露岩はホールド付近が被り気味になっており、本件足場の高さは約2.8メートルしかなく、ザイルの一瞬の握り込みの遅れで1秒経たないうちに地面に落下、衝突してしまう高さであるのに、被告は、事前に原告に登攀の途中で両手を離させザイルで原告の身体を確保することについて何らの打合せもせず、したがって、原告にどのような確保体勢をとり手を離せばよいかを何ら説明しておらず、原告に手を離させる時、原告に対しロープで確保しているから手を離すよう指示しただけで、ザイルの確保をはかるタイミングがずれないような措置を何ら取っていないことか認められる。

以上認定の事実に照らすと、本件露岩で両手を離す練習をする場合には原告が転落しザイルに一気に加重がかかることまで予見すべきであり、被告には高度の注意義務があるにもかかわらず、漫然前記のような練習をした点に過失があるものと認めざるを得ない。」

として、被告の過失を認め、

「被告の右過失により原告に前記のような障害を負わせた点につき、被告は原告に対し、民法709条に基づき、本件事故により生じた損害を賠償すべき義務がある。」

と判断しました。

これに対し、被告は、

「本件事故の原因は、原告がザイルに緩やかに体重をかけるとの被告の予測に反して、原告が足を滑らせたか勘違いにより全体重をザイルにかけたため一気に落下したことによるものである」

と主張しました。

しかし、裁判所は、

「原告は、登山靴の先が3分の2程度かかっている状態で、被り気味の岩をホールドとしてバランスを取っていた手を離したものであって、足を滑らせたものとは認めがたい。」

「原告が勘違いによりザイルに一気に体重をかけたとの主張は、山登りの初心者である原告に対し、どのような確保体勢をとり手を離せばよいかを何ら説明しないままでは、被告の予測どおりの体重のかけ方をするものと期待することはできない」

として、被告に過失がないとは認められないと判断しました。

過失相殺

他方で、裁判所は

「原告は、岩登りは初心者であったとはいえ、岩登りは、パーティーを組む者同志の相互協力を要する生命身体に危険のあるスポーツであるのであるから、自己の身体の安全確保については、自らも十分に注意すべきであり、原告としてもどのような確保体勢をとり手を離せばよいか被告に説明を求めるべきであったのにこれを怠り、漫然被告の言うがままに手を離した点について落ち度があるといわざるをえない。」

と原告にも落ち度があったとした上で、

「原告の右落ち度を考慮して、過失相殺として損害額の3割を減額するのが相当である。」

と判断しました。

ボルダリングにおける事故にも参考になる事案

裁判所も指摘しているように、ロッククライミングはパーティーを組む者同士の相互協力を要する生命身体に危険のあるスポーツです。

したがって、仮にロッククライミング中に事故が発生したとしても、そのような危険なスポーツであるということは通常予測できますし、参加者自身が予め受忍していると考えられるため、一般には損害賠償責任は生じないと考えられるでしょう。

しかし、本件では、被告がロッククライミングについて豊富な経験を持っていたのに対し、被害者が全くの初心者であったという点を重視して、被告の不法行為責任を認めたと考えられます。

このロッククライミングの一種にボルダリングがあることはご存知だと思います。

ボルダリングは、スポーツクライミングがオリンピックの正式種目として採用されたこともあり、現在注目を集めているスポーツです。

各地にボルダリングの施設やジムが開設されていますので、実際に体験したことがある方や体験してみたいと考えている方も多いことでしょう。

運営にあたっては事故防止のために細心の注意を払っていると思いますが、実際にボルダリングの初心者が転落してけがをしたという事例もあります。

本件の裁判例は、ボルダリングに関しても大変参考になる事例だといえるでしょう。

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