市立高校の生徒が体操部における平行棒演技の練習中に負傷し後遺障害が生じた事例

2019.01.22 スポーツ中の事故

大阪地方裁判所平成22年9月3日判決

事案の概要

本件は、大阪市立高校に在籍し体操部に所属していた原告が、同校体操部顧問教諭の指導の下で、同校体育館で平行棒の技の練習中に着地の際に床で頭部を強打し傷害を負った事故につき、本件事故は顧問教諭が果たすべき注意義務を怠った結果起きたとして、被告に対し、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償を求めた事案です。

原告は、平成17年5月当時、本件高校の2年生に在籍し、体操部に所属していました。

E教諭は、平成17年5月当時、本件高校の教諭であり、体操部の顧問を務めていました。

本件事故が発生した平成17年5月24日は、本件高校の中間考査期間中ではありましたが、大阪高校選手権大会兼全国・近畿大会予選会が迫っていたため、同大会に参加予定の原告を含めた体操部部員は、中間考査終了後、午後3時まで自主練習を行うこととなっていました。

原告は、午後2時ころ、本件高校の体育館において、E教諭の指導の下、平行棒でC難度の「後方抱え込み2回宙返り下り」(以下「本件技」という。)の試技を行ったところ、E教諭がマット上で着地を補助したものの、本件技自体は一連の流れとして成功しました。

E教諭は、成功の感覚を忘れないようにするため、直ちに再度の試技を行うことを勧め、原告もこれに同意して本件技の2回目の試技を行いました。

本件技の2回目の試技中、倒立時に原告の身体が背中方向に傾き、両手が前方に動きましたが、E教諭は「試合ではよくあることだからいけ」と声をかけ、原告も姿勢を立て直して試技を続行したところ、身体が空中上方に浮かずに前方に飛び出す形となり、原告は、前のめりの体勢で足から着地したためマット上で静止することができず、そのまま前方に倒れて体育館の床で前頭部を強打しました。

その結果、原告は頚髄損傷の傷害を負いました。

本件事故時に使用していた平行棒は、高さ1.8メートル、長さ3.5メートル、支柱から支柱までの長さ2.3メートルであり、平行棒の左側には、白色のセーフティマット2枚(縦3メートル・横2メートル・高さ30センチメートルのものと縦3メートル・横2メートル・高さ15センチメートルのもの)を重ねて設置していました。

平行棒の真下には、緑色のマット(縦3.7メートル・横44センチメートル・高さ5センチメートル)が縦に設置されており、その右側には青色のマット(縦2メートル・横1.25メートル・高さ8センチメートル)2枚を一部重ねたものが、上記緑色のマットに重ねる形で設置されていました。

裁判所の判断

E教諭の具体的注意義務違反の有無

裁判所は、

「E教諭は原告の所属する本件高校の体操部の顧問であるところ、部活動の顧問としては、部活動の内容である運動等に内在する危険性を十分に理解した上で、活動を行う部員の安全を確保するための十分な事前措置、指導をなすべき義務を負っているということができる。」

と、顧問教諭の安全配慮義務があることを踏まえた上で、

「これを本件についてみると、本件事故の原因である平行棒の演技は、空中での演技を内容としており、着地の際には身体を回転させるなどするため、失敗した場合には必然的に床等で身体を強打して傷害を負う高度の危険性を内在するものであるということができる。

そうであれば、顧問であるE教諭は、部員が新たに難易度が増した技に挑戦するような場合、当該生徒の技量、技の習熟度、失敗の可能性や危険性等を考慮して、仮に演技が成功しなくとも、最低限身体の強打等による傷害や後遺障害を負うことがないよう、十分な補助態勢やマット等の設備を整えた上で、自らの指導の下で演技を行わせるべき注意義務を負っていると解するのが相当である。」

と具体的な安全配慮義務の内容を指摘しました。

そして、裁判所は、本件事故におけるE教諭の上記注意義務違反の有無を検討する前提となる具体的事情として、以下の事実を認定しました。

まず、原告の技量及び本件技の習熟度について

「原告は、平行棒の演技において、A難度の技を安定してこなすことができ、本件事故直前には本件技の試技を一度は成功させるなど、相当程度の技量を有していたことが認められ、これは原告が平成17年の春季大会において一部の部門に出場したことからも裏付けられる。

他方、原告の本件技の習熟度は、少なくとも平成17年3月の段階ではピット(床の開口部にスポンジ等の緩衝材を詰めたもの)設備においても試技を行うことができない程度の状態であったというべきであり、本件事故時においても未だ高いとはいえないものであった。」

と認定しました。

次に、E教諭の指導状況について

「E教諭は体操競技の経験を有しておらず、体操部の指導方法については民間の体操クラブの練習方法等を参考にするなどして独学で学んだのであるが、平行棒においてC難度の技を一から指導した経験はなく、体操部の練習への立会いは週2、3回、各1時間程度であった。

また、E教諭は、体操部員が新たな技を行う場合には報告を義務づけていたものの、原告の本件技の練習を特別に指導することはなく、他の部員に対する指導と同様の指導を行う程度であり、本件事故時の原告による試技の際においても、事前の練習状況を確認することなく、立ち会った直後に試技を開始させたものと認められる。」

と認定しました。

さらに、本件技の失敗による危険性について

「本件技を含む平行棒の着地技において、前方へ飛び出すことが必ずしも稀な事態ではなく、演技者の習熟度や技の内容によっては支柱付近まで飛び出すこともあり得ることが認められるのであり、これらの点に加え、平行棒公式競技用マットが前後に相当長く設置される形態となっていること、高校の部活動においても設備が整っていれば前後の十分な範囲にマット等が設置されていること、本件技は倒立状態から前方に足をスイングさせ、回転力を突き手によって上方への飛び出す力とするものであり、スイング後の回転不足や姿勢、突き手の失敗によっては回転力が前方への推進力となることも十分にあり得るものであることなどを考慮すると、本件技を失敗した場合、演技者(本件事故時においては原告)の身体が前方方向に支柱を越えて飛び出すことも十分に想定し得るところであり、このことを顧問であるE教諭も予見できたものと認められる。」

と認定しました。

以上の点を前提に、裁判所はE教諭の具体的義務違反の有無を検討しました。

まず、本件技の開始前の試技中止の指示義務について、原告は、

「本件事故の際、原告は演技中にバランスを崩したのであるから、E教諭は、その時点で一旦演技を中止させるべきであった」

と主張しました。

この点について、裁判所は、本件事故の際、原告は本件技を開始する直前の倒立状態において、一旦バランスを崩しかけたことが認められるとしながらも

「原告は、その後、身体を揺らしながら体勢を改めて整えた上で自らタイミングを計りながら本件技を開始していることが認められ、その直前に一度試技を成功させていることも考慮すると、上記バランスを崩した点から直ちにその時点で試技を中止させるべき義務があったということはできない」

として、この点に関する原告の主張は排斥しました。

次に、本件技の開始後の試技中止の指示義務について、原告は、

「本件事故の際、原告が本件技を開始した直後には、その姿勢等から前方への飛び出しが予想できたのであるから、その時点で、E教諭は試技を中止させるべき義務を負っていた」

と主張しました。

この点について、裁判所は、

  • 原告が倒立状態からスイングに入った直後には肩が前方に出ている姿勢となっていることから失敗の可能性が客観的に認められること
  • E教諭もその時点で1回目の試技とは明らかに異なる補助態勢をとろうとしていることから何らかの異常に気付いていたこと

が認められるとしながらも

「既に動作を開始している状況でこれを中止させることは通常行われないことに加え、本件技の開始から突き手までの間隔は約1.5秒、姿勢の異常が見られてからの間隔は僅か0.5秒程度であり、E教諭が姿勢の異常を発見したとしても、上記時点でE教諭が直ちに前方への飛び出しによる本件事故の発生を予見して、試技を中止させることは困難であったといわざるを得ず、この点ついてE教諭に注意義務違反があるとはいえない。」

として、この点に関する原告の主張も排斥しました。

以上に対し、本件技の試技を行うに当たっての安全な環境整備義務について、原告が、

「E教諭は、原告に本件技の試技を行わせる際には、原告の習熟度や失敗の危険性を考慮すると、身体の落下が予想される前方方向にマットを敷き、又は補助者を置くなどの措置をとるべき義務を負っていた」

と主張したところ、裁判所は、

「この点、原告の技量及び本件技の習熟度並びに本件技の失敗の可能性及びその場合の危険性を考慮すれば、E教諭は、原告に本件技の試技を行わせる際においては、原告が着地の宙返り下りを失敗して、回転の勢いで身体が支柱を越えて大きく前方に飛び出すことも十分に予見できたといえる。

そして、E教諭は、本件事故時において、1人で原告が着地する予定の方向で平行棒の中心付近で補助に備えていたというのであり、このような補助態勢を前提とすると、着地の際に前方や後方に身体が飛び出した場合にはこれを補助者において受けとめることは困難であることが明らかであるから、そうであれば、身体の落下が予想される前方方向の広い範囲にわたってマットを敷くことで、仮に補助者が受けとめることができなくとも、着地の失敗による身体の打撲等を防止すべき注意義務を負っていたというべきである。」

とした上で、

「これに対し、本件事故時のマットの敷設状況は、支柱から30センチメートルないし40センチメートルのみが出ている状態であったのであり、前方に大きく飛び出した場合も想定したときには、安全確保のためには不十分な範囲での敷設であったといわざるを得ない。

そして、本件事故の態様からして、原告が着地した部分を含む前方の十分な範囲にマットの敷設等を行っていれば、原告が着地した際に前頭部を床面に強打することはなく、本件事故の発生を防止することができたというべきであり、E教諭の本件事故時における指導監督は、この点に関する注意義務に違反していたというべきである。」

とE教諭の注意義務違反(過失)を認定しました。

被告の損害賠償責任

裁判所は、

「本件事故の発生について、E教諭には、体操部の顧問として、部員である原告の練習活動の指導監督についての注意義務違反が認められ、本件事故はこれによって発生したということができるから、被告の公務員であるE教諭の上記義務違反は、その職務に関して、原告らに対する不法行為を構成し、被告は、国家賠償法1条1項に基づく責任を負う。」

と判示しました。 

過失相殺について

被告は、原告が本件技の危険性を認識した上で試技を行ったこと等を主張して過失相殺又はこれに準ずる損害の減額を主張しました。

しかしながら、裁判所は、

「原告は本件高校の体操部に所属し、同部顧問のE教諭の指導の下、これまでよりも高難度の本件技の習得を目指して練習を行っていたのであり、原告が既に身につけている技量からさらに高度の技術を一つ一つ身につけながら、段階的に本件技を習得していくものと認められるから、その習得に至る過程においては、失敗をくり返すであろうし、それに伴う危険性も当然想定されるところである。

そうであるからこそ、E教諭において、本件技の危険性を前提とし、かつ、原告の習熟度等を考慮して、試技の失敗等も想定した上で安全な環境を整備すべき注意義務を負っていたと解されるのである。」

とした上で、

「これらからすると、本件技が危険を伴うものであり、また、原告がそのことを認識していたからといって、そのことを理由に原告の過失ないしこれに準じるものとして損害額を減額すべき根拠とすることは相当ではないというべきである。」

として、この点に関する被告の主張を排斥しました。

外部指導員の導入が急務である

本件の判決文には以下の記載があります。

「E教諭は体操競技の経験を有しておらず、体操部の指導方法については民間の体操クラブの練習方法等を参考にするなどして独学で学んだ」

おそらく、体操競技に限らず、多くの部活動の顧問教諭は、実際にはその競技の経験はなく、指導方法についても十分な知識がないままでしょう。

私は、競技経験のない教諭が顧問となることに関しては、競技についての技術的な指導ができないということよりも、安全に配慮した対策を採ることができないということの方が問題だと思っています。

このことは、生徒(部員)が犠牲になる可能性を大いに含んでいるといえるのです。

スポーツ庁による運動部活動のガイドラインでも外部指導員の活用が挙げられていますが、技術的な指導という面もさることながら、生徒(部員)の安全対策の面でも、外部指導員の導入は急務であると考えています。

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