県立高校の体操部員がC難度の跳馬の練習中に頭部を強打して受傷した事故

2019.02.07 スポーツ中の事故

横浜地方裁判所平成9年3月31日判決

事案の概要

本件は、神奈川県立高校の体操部員であった原告が、部活動の練習中、跳馬の演技である前転とび前方抱込み宙返り(以下「本件技」という。)を試みたところ、回転の途中で後頭部から落下し、頸髄損傷等の傷害を負ったという事案において、原告とその父母が、在学契約の付随義務としての安全配慮義務違反あるいは指導担当教諭の過失を理由に、被告に対して損害賠償を求めた事案です。

原告は、本件事故発生当時、本件高校の1年生でした。

本件高校の体操部顧問はB教諭でした。

原告は、中学時代から体操部に所属しており、本件高校入学後、本件高校の体操部に入部しました。

本件事故当時、本件高校体操部には、男女の部員が所属し、うち男子部員は、一年生が4名、二年生が1名、三年生が3名の合計8名でした。

体操部の練習は、土曜、日曜を含めて週6日ほど行われ、部員は、体育館が使用できない日は外で自主トレーニングを行い、それ以外の日は、体育館で練習を行っていました。

練習計画については、B教諭が、新入生とそれ以外の部員に分けて、それぞれ年間の基礎的な練習内容を簡単に記載した年間指導計画を作成していましたが、日常の練習内容等は、三年生が主体となって決めていました。

B教諭は、自ら部員の練習に立ち会い、指導することもありましたが、練習に立ち会っていないことの方が多く、日常の練習は、各部員が上級生の指示に従うなどしながら、自主的に行っていました。

なお、跳馬の練習は、週に1、2回で、練習時間は30分程度でした。

B教諭は、部員に対し、演技の途中で気を抜かないことなどの一般的な安全指導をしていたほか、体操競技全般に関するものとして、回転する際、体を抱え込んでおけば、悪くても腰や背中から落ちるので、怪我を防げる旨の指導をしていました。

原告は、昭和62年8月17日から同月21日までの間、筑波大学で行われた夏合宿に参加しました。

原告は、以前から前転とび前方抱込み宙返り(本件技)を試してみたいと考えており、同大学に、ピットという、本件高校にはない危険防止の設備があったことから、合宿2日目の跳馬の練習の際、本件技を2回試みました。

本件技は、跳馬手前で跳躍し、跳馬に着手した両手を突き放すとともに両足を振り上げ、体を抱え込んで一回転半してから着地するというものでした。

本件技は、昭和62年全国高等学校総合体育大会兼全国高等学校体操競技選手権大会実施要領の競技規則においてC難度とされる比較的高度なもので、中学校では禁止技とされており、回転を誤った場合、頭部から落下する危険を伴うものでした。

本件技を行うには、早いスピードで強く踏み切り、跳馬に鋭角になるように着手した手を強く突き放すとともに、両足を振り上げ、反らせた体の反動を利用して、上方ヘ高く跳躍することが重要となります。

原告は、合宿の際、本件技の全過程を試みましたが、着手が鋭角でなく、両足の振り上げが不十分で、また、助走による前方への勢いを両手で支えきれないため、肩が前に流れ、十分な跳躍の高さが得られないまま、回転に入っている状態でした。

しかし、原告は、回転の感覚に優れていたため、このような状態でも何とか回転をこなしていましたが、背中や腰から落ちるなど着地が不十分で、回転を誤れば、頭部から落下する危険がありました。

なお、練習の際、B教諭は、原告に対し、本件技の技術面の指導をしたり、その危険性を指摘したりはしませんでした。

原告は、合宿が終わり、二学期が始まった同年9月ころ、B教諭に本件技を練習したい旨申し出たところ、B教諭は、原告に、体操競技と題する本(体操の技が分割写真で掲載された本)の写真を示しながら、本件技を行うときには、踏切後の足の振り上げがポイントであり、それを重視するように指導しました。

しかし、B教諭は、それ以外の本件技の注意点を格別指導することはなく、また、本件技の危険性を指摘したり、これを行うに当たり、危険防止のため配慮すべき点を具体的に指導したりすることもありませんでした。

その後、原告は教本を読んだり、三年生の意見を聞き、練習に立ち会ってもらうなどして、週1、2回の跳馬の練習の際、自分なりに、両足の振り上げや、跳馬の突き放しを意識して本件技を練習していましたが、なかなか上達せず、着地の際に腰や背中から落ちたり、前のめりになったりすることが多く、足から着地できることはあまりありませんでした。

それでも、原告は、当時、本件技の練習に最も力を入れていたことから、同年10月4日に行われた横浜地区高校学年別体操競技選手権大会(いわゆる新人戦)の跳馬種目において、本件技を行い、しゃがみ込んだ姿勢ながら一応足から着地し、右種目で5位(個人総合では6位)に入賞しました。

なお、原告は、新人戦前日の練習で、宙返りが回り切らず、背中から落ちるようなことが続いたため、B教諭にその旨相談しましたが、B教諭から特に助言はありませんでした。

原告は、本件技をもっと上達させたいという意欲はあったものの、宙返りが回り切らなかったらどうしようという不安が強く、そのため、新人戦後は、その練習を行っていませんでした。

そして、同年11月3日に行われた県新人戦の際には、本件技よりも難度の低い「回転ひねり」という技で跳馬種目に臨み、総合成績は、76人中41位にとどまりました。

なお、原告が本件技を練習する際に、B教諭がこれに立ち会うことはほとんどなく、また、その際、原告の演技の欠点を指摘したり、危険防止のために配慮すべき点などについて具体的に指導したこともありませんでした。

同年11月15日の日曜日、B教諭の立会いのもと、本件高佼体育館で体操部の練習が行われました。

原告ら部員は、B教諭の指導のもと、午前8時10分ころから準備運動を開始し、午前8時40分ころから、全員で前転、倒立、エバーマットを使用した飛込み前転や宙返りなど、一連のマット運動を行った後、午前10時10分ころ、跳馬の練習に移りました。

跳馬の練習は、跳馬の手前に踏切板を設置し、前方にマットを敷き、その上にエバーマットを重ねて敷き、跳馬前方にもエバーマットを立て掛けた状態で行われ、原告ら部員は、各自、跳馬を用いて前転とびを2回くらい行い、次に跳馬を外して前方宙返りを8回くらい行い、その後、再度跳馬を用いて、前転とびを5、6回練習しました。

なお、B教諭が原告に対し、練習方法を細かく指示し、跳馬の練習の前にマット運動を行わせる等したのは、このときが初めてでした。

その後、午前10時40分ころから各部員の個別練習に入り、B教諭は、原告に対し、「今日は転回前宙(本件技の意味)をやるぞ。」といいました。

原告は、10月の新人戦以来、本件技の練習をしていませんでしたが、指示に従い、B教諭の見ている前で、本件技を2、3回練習しました。

しかし、原告は、一応の回転はするものの、以前と同様、両足の振り上げや跳馬の突き放しが不十分で、着地の際、腰から背中にかけて落ちたり、前のめりになったりする状態でした。

このとき、女子部員が、B教諭に、段違い平行棒の演技の補助をして欲しいと申し出たため、B教諭は、原告に対し、「本件技を練習するときは、宙返りを無理に回そうとせず、背中から落ちる程度の回転でよいから、回数をこなすようにすること。」という趣旨の指示を与え、原告の傍らを離れました。

原告は、その指示を、背中から落ちるようなとび方を繰り返すうちに回転に馴れ、不安感がなくなるという趣旨のものと理解し、背中から落ちるためには、回転の途中で体を開き、回転を失速させる必要があると考えました。

そこで、原告は、B教諭がその傍らを離れた直後、本件技を試み、回転の途中で意識的に体を開いたため、後頭部から跳馬前方のエバーマットに落下し、後頭部をマット上に激突させて、頸髄損傷の傷害を負いました。

裁判所の判断

B教諭の過失

裁判所は、

「高等学校の課外のクラブ活動においては、それが本来、生徒の自主的な参加を予定したものであり、また、高校生は心身の発育が相当程度進んでいることから、生徒の自主性が尊重されるべきことはいうまでもない。

しかしながら、本件のように体操競技の実技練習を行うクラブ活動においては、生徒の試みる技が高度なものであるほど、重大事故につながる危険性を伴うものであるから、指導を担当する教諭は、生徒がこのような技を試みる場合、生徒の体操競技に関する一般的な技量だけではなく、生徒の当該技についての習熟度を考慮し、これに伴う危険性を生徒に周知徹底させるなど、事故防止のための適切な指導、監督をすべき義務を負うものというべきである。」

と判示しました。

そして、本件について、裁判所は、

「原告は、確かに中学時代から体操競技の経験があり、高校一年生としては、比較的優れた技量を有していたといえるが、C難度とされ、相当の危険を伴う本件技を練習し始めてからいまだ2か月余りしかたっておらず、しかも、約1か月その練習をしていなかったこともあり、本件事故当時、着手した後の両足の振り上げや跳馬の突き放しが不十分な状態で回転に入ったりしたことにより、着地の失敗を繰り返すなど、これに十分習熟しているとはいえない状態にあった。」

とした上で、

「したがって、B教諭は、体操部の顧問として、日ごろ、もう少し、原告の練習に立ち会い、原告が右のような習熟度にあることを把握しておくことはもとより、原告に対し、本件技について、跳馬に着手後の跳躍等が不十分であり、そのため回転を誤れば、頭部から落下する危険があることを指摘し、事故防止のため、回転を途中で止めたり、体を抱え込む姿勢を崩したりしないよう指導する義務があったというべきである。」

と判示しました。

また、裁判所は

「このような安全指導は、日ごろの体操競技全般に関する指導の中で一般的にこれを行うだけで足りるとはいえず、原告が本件技の練習を行う際などに個別的、具体的に行う必要があったというべきである。」

とも判示しました。

その上で、

「B教諭は、原告が本件技の練習を始めた当初、技術面の簡単な指導を行ったのみで、以後、原告が本件技の練習を行う際に、これに立ち会うことはほどんどなく、原告が本件技に相当程度習熟しているものと軽信し、原告に対し、跳馬に着手後の跳躍等が不十分であることやそれに伴う危険性について具体的に指摘したりせず、また、特に本件技に関し、事故防止のため、回転を途中で止めたり、体を抱え込んだ姿勢を崩したりしないよう個別的、具体的に指導したこともなかった。

その結果、原告は、本件事故直前のB教諭の指示を誤解し、背中から落ちることを意識するあまり、回転を途中で止め、本件事故に至ったものというべきである。」

とし、また

「B教諭としては、もとより、回転を途中で止めるようなとび方を指示する意図はなく、回転が不十分な結果、背中から落ちることがあっても、練習の回数を重ねるよう指示する意図であったと考えられるが、その指示の仕方は、前記のような習熟度にある原告に対するものとしては、不適切であったというべきである。」

として、

「以上によれば、B教諭には、原告に対する適切な安全指導を怠った過失があるものといわざるを得ない。」

と判断しました。

被告の責任

B教諭には、本件事故発生につき過失があり、B教諭は被告の公務員であることから、裁判所は、

「被告は国家賠償法1条1項に基づき、本件事故により原告らが被った損害の賠償をすべき責任があるというべきである。」

と結論づけました。

過失相殺

裁判所は

  • 原告は、本件事故当時16歳の高校生であり、中学生時代から体操部に所属し、跳馬を除く各種目で入賞歴を有するなど、体操競技につき相当の技量と経験を有していたこと
  • 本件技についても、筑波大学での合宿の際、初めてこれを試みてから、教本を読んだり、上級生の意見を聞くなどして自分なりに練習を重ね、一応は、本件技の全過程をこなせる状態にあったこと

を踏まえて

「原告は、本件技が、回転を誤った場合に頭部から落下して重大事故につながる危険を伴うものであることを十分認識し得たというべきであり、また、B教諭から、体操競技全般に関する注意事項として、危険防止のため、回転を途中で止めず、体を抱え込んだ状態を保つよう指導を受けていたのであるから、本件技の練習を行う際には、自主的に右のような安全措置を講じ、事故の発生を防止すべきであった。」

と判示しました。

また、裁判所は

「原告は、本件事故直前に、B教諭から、無理に回転しようとせず、背中から落ちる程度の回転でよい旨の指導を受けた際も、これが、回転を途中で止めたり、体を抱え込む姿勢を崩したりしないことを当然の前提とするものであることを認識し得たというべきである。

しかるに、原告は、背中から落ちることを意識するあまり、右指導が、回転の途中で体を開き、勢いを失速させる趣旨のものと誤解した結果、本件事故に至ったものである。」

とした上で、

「以上のことからすれば、本件事故の発生につき、原告にも過失があるといわざるを得ず、このことと、前記認定のB教諭の過失の内容、程度及びその他本件に表れた一切の諸事情を考慮すれば、原告らの損害額から4割を過失相殺として控除するのが相当である。」

と判断しました。

部員の習熟度に関する誤解が招いた事故

本件では顧問教諭の過失が認定されたわけですが、その根底にあるのは、顧問教諭が部員の技術面における習熟度を十分に把握することなく、相当程度習熟しているであろうという誤解であると考えられます。

顧問教諭が毎日の練習に必ずしも立ち会えないことは理解できますが、

「立ち会っていない間に部員が自主的に練習を積み重ねているだろうから、それなりには習熟しているはずだ」

と軽信するのは危険だと思います。

立ち会えた時だけでも部員の技術面における習熟度を確認し、上達していることを確認した上で次のステップに進ませるという方法をとることが、部員の安全につながるものと思います。

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