高校の柔道授業において指導講師が自ら乱取り練習をして高校生を負傷させた事故

2020.05.20 スポーツ中の事故

名古屋地方裁判所平成4年6月12日判決

事案の概要

本件は、愛知県立高校の1年生として在学していた原告が、体育として柔道の授業を受け、A教諭の指示でB講師と乱取りを行っていた際、B講師が足払いをかけ、足を強く払ったため、原告の体が宙に浮き、激しく倒れたことにより、左上腕骨顆上骨折の傷害を負い、後遺症として上肢の機能障害が残った事故について、B講師には、初心者と乱取りを行う際、ゆっくり投げるとか受身を助けるなどの工夫を怠った過失があるなどと主張して、学校設置者である被告愛知県に対し、国家賠償法1条に基づき、損害賠償を請求した事案です。

原告は、昭和58年4月、本件高校に入学し、1年生として在学中、必修科目に柔道を選択履修していましたが、それまで柔道の経験は全くありませんでした。

A教諭は、本件高校の教諭(保健体育担当)として柔道の授業を担当していました。

B講師は、昭和58年4月から本件高校の非常勤講師として勤務し、保健体育の授業を担当していました。

B講師は、柔道初段程度の実力を有し、大学で柔道を履修し指導方法等も学んだこともあって、同年11月からと翌年2月からの2回にわたり、1年生男子生徒の柔道授業を担当することになったので、安全で効果的な指導方法を研究するため、先輩のA教諭の柔道授業に1回目から生徒と一緒に参加し、他面、A教諭とともに模範演技をするなどしてA教諭の授業を補助し、生徒の指導にも当たっていました。

本件高校は、昭和58年度における柔道授業の指導計画を「柔道の指導計画案」として定めました。

本件指導計画書は、本件高校において、文部省の指導要領、一般の柔道指導書、教師の経験等を参考にして作成の昭和56年度のそれと同趣旨のものであって、これに基づく昭和56、57年度の柔道授業で事故が全くなかった実績を踏まえ、決定されたものでした。

A教諭は、本件指導計画書に基づき、原告ら1年生男子生徒24名を対象に、本件高校の柔道場で柔道の授業を実施しました。

1回目(1、2時限、休憩10分を挟む50分、50分の授業、以下同じ。)2回目(3、4時限)及び3回目(5、6時限)の各具体的授業内容は、ほぼ本件指導計画書の各該当時限欄の学習内容及び学習活動欄記載のとおりであって、A教諭は同じく学習の指導留意点欄の記載に沿う指導をしました。

受身の指導は、まず、生徒を車座に座らせ、その中央において、A教諭が自ら数回模範を示し、また、同時に危険な受身の仕方も説明し、その後、生徒全員が一斉に練習する方法で行いました。

この練習は、それぞれの種類の受身について、まず低い姿勢(長座)から入り、次に中姿勢(中腰)、高い姿勢(立った姿勢)へと順次進めていく格好で10数回実施しました。

そして、A教諭は、練習している生徒の間を巡回し、指導と異なった受身の仕方をしている生徒がいるときは、全体の練習を中断させ、改めて説明をした上、模範を示してから練習を再開させるという方法で指導しました。

A教諭は、原告の受身について、格別注意を与えたことはありませんでした。

本件事故当日である昭和58年10月8日の4回目(7、8時限)の授業も、同じく本件指導計画書に従って行われました。

まず、準備運動(約10分間)を行った上、受身(約20分間)及び固め技(約15分間)の各復習をしました。

受身の復習のときも、A教諭は、受身の仕方に誤りがないかどうか生徒の間を見て回りましたが、原告に注意をしたようなことはありませんでした。

復習の後、新たな投げ技の練習に入りました。

A教諭は、初心者に掛けやすく、しかも受身が取りやすくて危険性の少ない足技である出足払い、送り足払い及び大内刈りの3つの技を指導しました。

初めに、それぞれの模範演技、悪い例等を示しながら技を説明した上、投げる側の足の使い方、運び方を指導し、更に、投げた後の腕の使い方として、両手を離すと受身の衝撃が強くて危険であるし、両手で持ったままでは投げる人も受身を取る人も危険であるから、必ず片手を離して、もう一方の手は襟か袖を持って相手の受身を助けてやるよう、何度も指導しました。

それから、生徒を2人一組にして、あらかじめ技を掛ける者と受身をする者を決め、号令とともに、打込み練習(技を掛ける者が投げる直前のところまでを行う練習)及び約束練習(技を掛ける者が実際に技を掛けて投げる練習)を1人10回程度ずつ練習させ、約束練習では同時に受身の指導も行いました。

号令は、最初はゆっくりとかけ、その後は次第に早くかけていったので、技の掛け方も次第にスピーディになっていきました。

そして、A教諭は、号令を掛けながら、生徒の間を回って、技の掛け方が間違っていないかどうかを見て回りました。

その結果、A教諭は、生徒の後方受身及び側方受身が乱取りを行っても支障がない程度に習熟していると判断し、2時限目は、新たな投げ技として練習の3つの足技だけで乱取りを行うことにしました。

そこで、A教諭は、生徒に対し、乱取りをするに当たり、(1)練習した出足払い、送り足払い、大内刈りの3種類の足技のみを使うこと、(2)技は中途半端に掛けないで思い切って掛けること、(3)倒れた後は前に習った固め技を使ってもよいこと、(4)神経を集中して真剣に行うこと、ふざけて行うとけがをする等の注意をした上、生徒を12名ずつの2班に分け、そのうち1班に乱取りをさせ、他の1班はこれを見学させ、後で交替させることにしました。

原告は、初めに見学をしてから乱取りをすることになりましたが、たまたま相手をする予定の生徒がけがをして保健室に行っていたため、B講師が、A教諭の許可を得て、原告の相手となって直接指導をすることになりました。

その際、A教諭はB講師に対し、原告との乱取りについて、格別指示をしたことはありませんでした。

原告とB講師は、乱取りに当たり、ともに右手で相手の左襟をつかみ、左手で相手の柔道着の右袖をつかんで、右自然体に組みました。

その直後、B講師は、先に大内刈りの技を掛けようと思い、原告に受身の心構えをさせるつもりで、「いくぞ。」と声を掛けたものの、乱取りが始まって周辺の掛声が大きくなっていたこともあってか、その原因は必ずしも明らかではありませんが、原告にはB講師の掛声が聞こえませんでした。

B講師は、右手で原告を押すと同時に左足を原告の右足前あたりに踏み込んで、原告の体を左後ろ隅に崩して左足に体重をかけさせ、同時に自分の右足を原告の両足の間に入れ、右足のひかがみ(膝の後ろのくぼんでいる部分)を原告の左足のひかがみに付けて、自分の後方へけり上げようとした瞬間、原告が腰を引いて自ら崩れるように後方に倒れようとしていたので、技を掛けても完全に掛からないのに、そのまま強くけり上げるようにして刈りました。

その瞬間、原告は、恐怖心ないし技を掛けられまいとする逃げからか腰を引き、B講師の柔道着の右袖をつかんでいた左手も右手とともに離し、そのため後方受身も取れず、自ら崩れていくようにB講師に自分の背中を向けるような形で体を左にねじりながら、肘を伸ばしたまま後方へ倒れていって左手の平を畳に着き、そこに自分の全体重を預けるような形で倒れました。

そのため、B講師の大内刈りは原告に完全に掛かりませんでした。

このように原告が倒れた際、B講師は、原告の柔道着の右袖をつかんでいた左手は離しませんでしたが、原告が倒れる勢いを止めることはできませんでした。

そして、B講師は、倒れた原告の両足をまたぐ格好でのめり込みながらも踏ん張り、原告の身体の上に倒れ込むことは避けました。

このように原告が後方受身を取ることなく肘を伸ばしたまま左手の平を畳に着き、そこに全体重を預けるような形で倒れたため、左上腕骨穎上骨折の傷害を負い、後遺症として、左肘関節が屈曲50度、伸展160度にとどまる上肢の機能障害が残りました。

裁判所の判断

B講師の過失について

裁判所は、

「B講師は、本件事故当時、本件高校における保健体育担当の非常勤講師として勤務していたが、近く柔道授業を担当することになったことから、その指導方法を研究するため、A教諭が担当の柔道授業に当初から参加してこれを補助し、その8時限目の授業で、初めて3つの足技である出足払い、送り足払い、大内刈りのみによる乱取りを行うに当たり、A教諭の許可を得て原告を相手として組み、直接その指導に当たっていた。」

との事実認定をもとに、

「そうすると、B講師としては、柔道の授業として右乱取りを指導する以上、これが3つの足技のみによるとはいえ、原告にとっては初めての体験であるから、これに内在する危険性を十分認識し、原告が安全にこれを履修できるよう最善を尽くし、事故の発生を回避するための十分な措置をとるべき注意義務がある。

したがって、原告の体力、前記3つの足技ないし受身の習得程度等を十分確認し、これを把握した上、その力量に応じた技の掛け方をして受身を取りやすくし、あるいは受身の手助けをするなどし、もって、原告の安全に配慮した指導をすべき注意義務がある。」

と判示し、さらに

「そして、右注意義務は、柔道授業が格技として必然的に危険性を含む課題を生徒に課して、これに対処する能力を培うことも教育的効果として期待しているのであるから、かかる授業を担当する専門職たる教師としての高度なものというべきである。」

と判示しました。

その上で、裁判所は、

「B講師は、原告がこれまでの柔道授業で格別注意を受けたことがなく、受身も一応できるものと理解していただけて、これ以上に、例えば乱取りの当初に原告の所作を看取するなどして、その力量を確認し把握することもなく、乱取りを始めた直後に自ら大内刈りを掛けた。

しかも、乱取りは、原告にとって初めての体験であるから、3つの足技に限定されていたとはいえ、原告のこれに即座に反応する所作ないしこれに対応する受身についても、未熟なことは認識していたものと推認されるにもかかわらず、原告の体勢からすれば技を掛けたとしても完全に掛からず、これに対応する受身を取ることも容易でないことは分っていたのに、そのまま強く大内刈りを掛けたため、原告が組手を両手とも離し、結局、受身も取れなかったのであるから、B講師には前記注意義務に違反したものとして過失がある。」

と判断しました。

被告の責任

裁判所は

「国家賠償法1条にいう公権力の行使には、国又は地方公共団体による権力作用のみならず、純然たる私経済作用と公の営造物設置管理作用を除く非権力作用も包含するものと解するのが相当であるから、公立学校における教師の教育活動もこれに含まれると解すべきである。」

とした上で、

「B講師は、本件高校の非常勤講師として保健体育の授業を担当しているものであり、本件事故当時、A教諭が担当の柔道授業において生徒たる原告を相手に直接乱取りの指導に当たっていたのであるから、B講師が公共団体の公権力の行使にあたる公務員であることは明らかであって、本件事故が前記のような過失によって発生したことも明らかである。」

として

「被告は、国家賠償法1条に基づき、原告の被った損害を賠償すべき義務がある。」

と判断しました。

過失相殺

裁判所は、原告側の事情として、

  • 原告において、B講師に大内刈りを掛けられた瞬間、腰を引き組手の両手を離して自ら崩れるように体を左にねじりながら肘を伸ばしたまま後方に倒れていき、畳に左手の平を着き、そこに自分の全体重を預けるような形で倒れたため発生した。
  • 本件事故当時、原告が高校1年生であって、柔道の初心者とはいえ受身の習得程度は平均的なレベルに達していて、B講師の掛けた大内刈りがそれほど危険性の高くない技であったことなどにかんがみると、原告が組手の両手のうち左手を離さないで技から逃げるようにするか、あるいは大内刈りを掛けられたときに後方受身を取ることは、その練習を含む乱取りであったから、当然予測できたことであって困難とはいえない。

と認定した上で、

「そうすると、原告にも過失があったというべきであり、本件事故の発生は原告の過失もまた大きく寄与しているものといわざるを得ない。」

と判示しました。

そして、裁判所は、

「B講師の過失内容、程度、本件事故が正課の柔道授業で同講師が直接原告に乱取りを指導中に発生したものであること等を併せ考えると、過失相殺により、原告の損害額から40パーセントを減額するのが相当である。」

と判断しました。

新任の非常勤講師も国家賠償法における「公務員」である

本件では公立学校における非常勤講師も国家賠償法1条の「公権力の行使に当る公務員」に該当するものとして、同法における損害賠償請求が認められました。

公立学校には専任教諭のほか常勤講師・非常勤講師がいますが、いずれも公立学校における教育活動を担っている公務員であることに変わりはありません。

なお、本件におけるB講師は、本件事故が発生した時点では非常勤講師として勤務するようになってからまだ約6か月しか経過していませんでしたが、それでも国家賠償法による損害賠償請求が認められました。

つまり、教諭か講師(常勤・非常勤)かや、新任か中堅かベテランかを問わず、公立学校における教育活動を担っている「公務員」であることに変わりはありません。

そのような違いは、被害者からすれば何ら関係のないことだといえます。

講師の方々には、常勤・非常勤を問わず、このことを常に念頭に置いた上で、教育活動を行っていただきたいと思います。

Contact

お問合わせ

お電話でのお問い合わせはこちら

092-409-9367

受付 9:30~18:00 (月〜金)
定休日 土日祝

フォームでのお問い合わせはこちら

Contact Us

Top