公立中学校柔道部の練習中に頭部を負傷し急性硬膜下血腫により死亡した事故

2018.12.01 スポーツ中の事故

大津地方裁判所平成25年5月14日判決

事案の概要

本件は、被告の設置する中学校の柔道部に所属していたAが、同柔道部の練習中、頭部を負傷し、急性硬膜下血腫により死亡したことについて、当時、同柔道部の顧問であった被告Yには安全配慮義務を怠った過失があると主張して、原告X(Aの母親)が被告に対しては国家賠償法1条1項に基づき、被告Yに対しては不法行為(民法709条)に基づき、連帯して損害賠償を求めた事案です。

Aは、平成21年4月16日に本件柔道部に体験入部し、同月21日に仮入部し、同年5月15日に正式入部しました。

本件柔道部の指導体制は、本件事故以前においては、柔道の有段者で保健体育講師である被告Yが武道場で部活動の主要部分である技術の指導に当たり、柔道経験のない数学担当の教諭が副顧問として補佐的な役割を務めていました。

本件柔道部(男子)は県内有数の強豪校であり、Aとともに平成21年春に入部した部員のうち、柔道経験のない者は、Aともう1名の部員のみでした。

Aは、もう1名の柔道未経験者の部員と比較しても体力的に劣っており、同年5月の段階では、腕立てなどの基礎練習を他の部員と同様のペースで行うことはできませんでした。

また、受け身など柔道の技術を習得するのにも時間がかかっていました。

同年7月29日、本件柔道部の練習は、武道場において、午後1時から開始され、部員らは、準備体操の後、1セット2分間の寝技練習を13セット行い、数分間の休憩時間が取られました。

休憩後、部員らは柔道着を脱いでの寝技練習(1セット2分間)を20セット行い、その後、再び数分間の休憩時間が取られました。

午後2時15分頃から午後3時まで、部員らは、夏季総合大会の柔道の試合のビデオを鑑賞しました。

午後3時頃からは、打ち込み練習100セットが行われました(練習時間は10分間ほど)。

打ち込み練習が終わった部員は、各自、水分の補給をしていました。

午後3時20分頃からは、乱取り練習(投げを含む。)を始めました。

乱取り練習の練習時間は1本あたり2分間で、1年生の部員と2、3年生の部員が対戦する形式で行われました。

1年生が上級生を対戦相手として行う乱取りは、Aを含む1年生が本件柔道部に入部してから初めて行われました。

一人の部員が行う乱取り練習の本数は決まっておらず、被告Yから、「抜けろ」と指示されるまで続けることとされました。

被告Yは、乱取りの8本目が終わった後及び15本目が終わった時に、部員全員に水分補給を取るよう指示しました(水分補給の時間として、各回3分ないし5分程度の休憩時間が設けられました。)。

Aは、一番最後まで乱取り練習を続けており、26本目以降の対戦相手は、被告Yが行っていました。

15本目の乱取り練習終了後、全体で水分補給の時間を取ったところ、Aは、水筒がある武道場の中央ではなく、壁側に歩いて行こうとしたことから、この様子を見ていた被告YがAに対して水分補給をするよう指示したことがありました。

また、18本目以降の乱取り練習においては、Aが相当程度脱力し、また、練習中に倒れた後にすぐに立ち上がれない様子が見られました。

被告Yは、26本目の乱取り練習において、Aの対戦相手となりました。

Aは、被告Yに対し、大外刈りを掛けようとしましたが、返し技で倒され、寝技を掛けられました。

Aは、つらそうな様子を見せたものの、ゆっくり立ち上がって乱取りを続けました。

そして、Aは、再度被告Yに大外刈りを掛けましたが、返し技で倒され、その際、意識を失いました。

被告Yは、柔道着を脱がせて水を掛けたり、頬を叩いたりしましたが、Aの意識が回復しなかったため、救急車を呼びました。

Aは、同日午後5時頃、病院に救急搬送され、急性硬膜下血腫を発症していると診断されて、開頭手術を受けました。

手術後、Aは、集中治療室で治療を受けていましたが、同年8月5日頃、Aの自発呼吸の回数について低下がみられ、同月6日、全脳梗塞の状態となり、同月24日午前2時06分頃、Aの死亡が確認されました。

なお、Aの主治医であり執刀医でもあるG医師は、AのCT画像、手術時の状況、同日の部活動における練習内容及びその際のAの様子につき総合的に検討した上で、

  • Aに生じた硬膜下血腫は脳表と静脈洞をつなぐ架橋静脈の出血によって形成されたものであること
  • 静脈性の出血により血腫が形成されるまでにはある程度の時間を要すること
  • 乱取り練習は大きく頭を揺らされる投げの練習を含み、投げられてもすぐに立ち上がれない状態で投げられると更に大きく頭を揺らされること
  • 15本目の乱取り練習後の給水時におけるAの行動は意識障害によるものとみられ、18本目の乱取り以降の脱力等は神経障害による症状と考えられること

等から、急性硬膜下血腫の発症時期は、本件事故日の乱取り練習の開始(午後3時20分)の後であり、その後の練習により出血が進行し、最後に被告Yが返し技を掛けたことが出血量を増大させた可能性が高いとして、上記15本目の乱取り後の給水の時点において直ちに練習を中止し、専門の脳外科を受診してCT画像撮影等の検査を行い、止血処置を行うことによって、Aの救命は十分に可能であったとの意見を述べました。

裁判所の判断

被告の責任について

裁判所は、

「学校の教育活動の一環として行われる課外のクラブ活動(部活動)において、生徒は担当教諭の指導監督に従って行動するのであるから、担当教諭は、できる限り生徒の安全にかかわる事故の危険性を具体的に予見し、その予見に基づいて当該事故の発生を未然に防止する措置を執り、クラブ活動中の生徒を保護すべき注意義務を負うものというべきである(最高裁平成18年3月13日第二小法廷判決・集民219号703頁参照)。そして、技能を競い合う格闘技である柔道には、本来的に一定の危険が内在しているから、課外のクラブ活動としての柔道の指導、特に、心身共に未発達な中学校の生徒に対する柔道の指導にあっては、その指導に当たる者は、柔道の試合又は練習によって生ずるおそれのある危険から生徒を保護するために、常に安全面に十分な配慮をし、事故の発生を未然に防止すべき一般的な注意義務を負うものというべきである(最高裁平成9年9月4日第一小法廷判決・集民185号63頁)。」

と顧問教諭の注意義務を指摘しました。

そして、裁判所は、本件について

「本件事故当時、被告Yは、上記の一般的な注意義務として、生徒の生命、身体の安全を確保するために、

  1. 生徒の実態(発育・発達段階、体力・運動能力、運動経験、既往症、意欲等)に応じた合理的で無理のない活動計画を作成する義務

  2. 練習中に怪我や事故が生じないように、練習メニューに頸部の強化トレーニングを盛り込むなどして、生徒が確実に受け身を習得することができるように指導する義務

  3. 部員の健康状態を常に監視し、部員の健康状態に異常が生じないように配慮し、部員に何らかの異常を発見した場合には、その状態を確認し、必要に応じて医療機関への受診を指示し又は搬送を手配すべき義務

を負っていたものと認められる。」

と顧問教諭の具体的な注意義務の内容を示しました。

その上で、裁判所は、

「Aには15本目の乱取り練習の終了後、水分補給を指示されたにもかかわらず水分補給用の水筒があった武道場の中央ではなく壁側に歩いて行こうとするという、通常であれば取らない行動がみられ、これを認めた被告Yが、Aに対して水分補給をするよう指示したことがあったところ、上記認定した同日の練習内容及びAの状況に照らせば、本件柔道部の顧問として4年余りの経験を有し、相当の柔道経験のある被告Yにおいて、同時点で、Aに意識障害が生じている可能性を認識し得たものと認められる。

したがって、被告Yは、15本目の乱取り練習の終了後の水分補給時における上記Aの行動を認識した時点で、Aの頭部に損傷が生じた可能性を予見し、直ちにAの練習を中止させ、医療機関を受診するなどの指示をすべきであった。

しかし、被告Yは、Aに練習の中止を指示しないまま乱取り練習を続けさせたのであって、少なくとも、部員の健康状態を常に監視し、部員の健康状態に異常が生じないように配慮し、部員に何らかの異常を発見した場合には、その状態を確認し、必要に応じて医療機関への受診を指示し又は搬送を手配すべき義務があるところ、これを怠った過失があったものと認められる。」

と顧問教諭の過失を認定しました。

そして、裁判所は

「上記の時点において直ちに練習を中止し、専門の脳外科を受診するなどしていれば、救命可能性はあったものと認められる。」

と顧問教諭の過失とAの死亡との因果関係を認め、

「被告は、原告Xに対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うものというべきである。」

と判断しました。

被告Y個人の損害賠償責任について

また、原告Xは、本件事故について、被告Y自身も、民法709条に基づき、不法行為責任を負うと主張しました。

しかし、裁判所は

「およそ公権力の行使に当たる国又は公共団体の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって、公務員個人はその責任を負わないと解するのが相当である(最高裁昭和30年4月19日第三小法廷判決・民集9巻5号534頁、昭和53年10月20日第二小法廷判決・民集32巻7号1367頁)。」

とした上で、

「本件において、被告Yは、公務員として職務を行うについてA及び原告Xに損害を与えたものとみるほかはないから、個人としての責任を負うことにはならないというべきである。」

として、被告Yに対する損害賠償請求は認めませんでした。

部活動の顧問は本当に「公務」なのか

公務員が、「その職務を行うについて」、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって、公務員個人はその責任を負わないというのが、最高裁判例です。

つまり、公務員個人が損害賠償責任を負わないのは、「公務」だからです。

では、部活動の顧問は「公務」なのでしょうか?

まず、国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使」には、公立学校における教師の教育活動も含まれます。

このこと自体に違和感を抱く方はいないでしょう。

では、部活動はどうなのかというと、「公立学校における課外クラブ活動(部活動)も、学校の教育活動の一環として行われる以上、国家賠償法1条1項の適用を受ける」と解するのが判例・通説なのです。

これが理由となり、顧問教員は、たとえ体罰であると認定されたとしても、個人としての損害賠償責任を負わないとされてきたのです。

ところが、近年、学校現場では「ブラック部活動」という問題が起きています。

その中で、教員や教育学者から「部活動の顧問は教員の業務ではない」との声が上がるようになりました。

とするならば、もし「部活動の顧問は教員の業務ではない」つまり「公務ではない」と言っている教員は、顧問を担当している部活動中に事故が発生して部員が死傷した場合、損害賠償請求を受けて「公務ではない」として国家賠償法1条1項の適用はなく、最高裁判例は該当しないと主張するでしょうか。

また、教育学者は証人として「部活動の顧問は公務ではない」と証言するでしょうか。

教員個人が損害賠償責任を免れるために言を左右するようなことはないと期待したいと思っています。

これはあくまでも現段階での仮説に過ぎません。

しかし、これまで数多くの被害者や遺族が主張しても、国家賠償法と最高裁判例を理由にことごとく排斥されてきた顧問教員個人の損害賠償責任が認められる事例がでてくるかもしれません。

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