マラソン大会のための練習に参加して走行中の小学校6年生が急性心不全により死亡した事故

2019.02.15 スポーツ中の事故 学校行事

大阪地方裁判所堺支部平成5年12月22日判決

事案の概要

本件は、小学校6年生であったAが、翌日に予定されていたマラソン大会のため、担任教諭らの指導の下、校庭を2周した後、学校の周囲を走るという合同練習をしていたところ、ゴールの手前約80メートルの地点で突然倒れ、急性心不全のため死亡した事故について、Aの両親である原告X1・X2が、学校長・担任教諭らは、Aに心室性期外収縮という心臓疾患があることを知りながら、厳寒の時期にマラソン大会を企画し、そのためのかけ足訓練を繰り返し、耐寒登山を実施し、その2日後に約2050メートルのマラソン練習を行うという、近接した日時に極めて大きな体力的な負担を伴う行事を次々と行うカリキュラムを策定・実施したとして、被告堺市に対し、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償を請求した事案です。

原告らの長女Aは、昭和59年4月大阪府堺市立の本件小学校に入学しました。

Aは、昭和61年1月14日(Aが2年生の時)実施の定期健康診断において、心室性期外収縮が発見されました。

心室性期外収縮とは、心房からの刺激を受ける前に心室自体からの刺激によって心室が収縮する状態をいい、不整脈の一種として捉えられています。

同年6月24日の大阪府立母子保健総合医療センターにおける精密検査の結果、Aの心室性期外収縮は基礎疾患のない良性のものと診断され、Aについての管理区分はE3の要観察(異常あるとき及び1年に1ないし2回の観察を必要とする。)とされました。

なお、その際、医療センターの医師は、Aに対し、耐寒かけ足、耐寒遠足、登山、体育系クラブ活動等の各種学校行事への参加を、体調良好時に限る旨の条件を付けて許可しました。

同年10月(Aが3年生の時)実施の定期健康診断においても、心室性期外収縮が認められ、管理区分もE3(体育実技は軽い運動、中等度の運動及び強い運動のいずれも可、部活動は軽度、高度いずれも可)とされました。

昭和62年10月16日(Aが4年生の時)実施の定期健康診断においては、心室性期外収縮は全く認められなかったものの、管理区分、体育実技及び部活動についての指導は従前と同じでした。

昭和63年9月20日(Aが5年生の時)実施の定期健康診断においては、心室性期外収縮(散発)が認められ、管理区分、体育実技及び部活動についての指導は従前と同じでした。

平成元年10月16日(Aが6年生の時)実施の定期健康診断においては、心室性期外収縮は全く認められませんでしたが、管理区分、体育実技及び部活動についての指導は従前と同じでした。

これらの各定期健康診断にあたった医師作成の心臓疾患検診管理指導表及び右医療センター医師作成の主治医意見書は、いずれも本件小学校に送付されていました。

Aの5年生時及び6年生時の担任であったB教諭は、Aの心室性期外収縮について、心臓疾患検診管理指導表を見たうえ、保健担当教諭の説明を受け、管理区分はE3であり、運動や各種行事に他の児童と同じように参加させてよいが、本人から体調不良等の訴えがあったときは慎重に対処しなければならない旨を認識していました。

原告ら(Aの父母)からB教諭に対して、Aの心室性期外収縮に関する特別の要請はありませんでした。

B教諭と原告X2との間のやりとりの中で、原告X2が「医者の話では、他の子供と同じように運動、学校行事に参加させてよいとのことであった。運動することで不整脈がなくなると医者から言われた。」とB教諭に話していました。

Aは、体力診断テストにおいて、5年生時では、女子の大阪府平均記録(昭和56年度)を超えたのは7項目中2項目だけでしたが、6年生時においては、それが5項目となり、体力的には平均的児童を上回っていました。

また、Aは、体育授業、各種行事をほとんど休むことなく、5年生時のかけ足訓練、マラソン大会等の各種学校行事に参加していましたが、本件事故に至るまで何ら異常はありませんでした。

ところが、平成2年2月7日、第4時限目の授業時間に、Aを含めた6年生全員が、翌日予定されていたマラソン大会のため、B教諭らの指導の下、校庭(1周200メートル)を2周した後、学校の周囲を走る合同練習(全長約2050メートル)をしていたところ、Aは、同日午後0時15分ころ、ゴールの手前約80メートルの地点で突然倒れ、同日午後2時16分ころ、心室性期外収縮に起因する急性心不全のため死亡しました。

裁判所の判断

カリキュラム作成にあたっての過失について

原告らは

「本件小学校長は、Aを含む6年生について、厳寒の時期にマラソン大会を企画し、そのためのかけ足訓練(週4回)を繰り返し、平成2年2月5日に金剛山厳寒登山を行い、そのわずか2日後の同月7日に2050メートルのマラソン練習を行うという、近接した日時に極めて大きな体力的負担を伴う行事を次々と行うカリキュラムを作成した。

カリキュラムの作成は、一般的な児童の成長、能力を基準とせざるを得ないとしても、Aのように心臓疾患を有する児童については、学校長としては、カリキュラム遂行の可能性及びその際の注意点について、専門家たる医師の意見を反映させる措置をとるべき義務がある。

本件小学校長及び同校教諭らは、Aが心室性期外収縮という死に至る可能性のある心臓疾患を有していることを知りながら、その疾患の程度、態様等について特段の考慮を払わず、医師の意見を仝く聴くことなく、漫然と本件カリキュラムを作成した過失がある。」

と主張しました。

この点について、

  • 本件小学校長がマラソン大会を企画したこと
  • マラソン大会のためのかけ足訓練を平成2年1月から週4回行っていたこと
  • 平成2年2月5日に金剛山耐寒登山を実施したこと
  • その2日後の本件事故発生当日2050メートルのマラソン練習を行ったこと

は、当事者間に争いがありませんでした。

そして、

  • 本件カリキュラムは、本件小学校に設置された保健体育委員会において作成され、職員会議において承認されたこと
  • 本件カリキュラムを作成するにあたり、医師は参加していなかったこと

が事実認定されました。

さらに

  • Aの心室性期外収縮に対する管理としては、管理区分E3であり、強い運動の体育実技及び高度の部活動も可とされ、医師から特に運動制限を受けていなかったこと
  • Aの心室性期外収縮は基礎疾患のない良性のものであり、生命に対する危険度が少なかったこと
  • Aが各種学校行事に異常なく参加していたこと
  • 心臓疾患検診管理指導表及び主治医意見書は本件小学校に送付されており、B教諭ら学校関係者がその内容を承知していたこと

も事実認定されました。

以上の事実をもとに、裁判所は、

「本件カリキュラム作成にあたり医師が直接参加していなかったとしても、Aの心室性期外収縮の管理に関し医師から学校側に意見を表明した心臓疾患検針管理指導表及び主治医意見書が本件小学校に送付され、学校関係者は、その内容を承知し、かつ、Aが前記のとおり各種学校行事に参加しながら何ら異常がなかったことを把握していたのであるから、本件小学校長及び同校教諭らが、Aの心室性期外収縮の程度、態様等に特段の考慮を払わず、医師の意見を全く聴くことなく漫然と本件カリキュラムを作成したということはできない。」

として、原告らの主張を排斥しました。

カリキュラム実施にあたっての過失について①

原告らは

「右のように体力的に多大な負担を伴うカリキュラムを実施しようとする場合、学校長としては、事故を未然に防止するため、近接した日時に健康診断等を実施し、児童の身体的欠陥の発見に努めるとともに、身体的欠陥が存在するか若しくはその疑いがある場合には、カリキュラムの実施について、担任教諭に対し特に注意を払うように指導すべき義務がある。

Aは、心室性期外収縮が認められなかったときも、経過観察の必要性があるとされ、また、3年生時には、運動制限はなかったものの、体調良好時に限って各種行事に参加させることとされていた。

本件小学校長は、本件カリキュラムの実施にあたり、近接した日時に健康診断等を行わず、かつ、Aに心臓疾患があることが以前から判明していたのに、Aの担任教諭に対し適切な指導を怠った過失がある。」

と主張しました。

この点について、裁判所は

  • 本件小学校では、6年生になると、秋には運動会の練習が毎日のように行われ、また、堺市内の小学校連合の運動会に向けての早朝練習も毎日行われていたこと
  • 平成2年1月6日からは、体力作りを目的として、早朝かけ足訓練が週4回行われていたこと
  • 同年2月5日に行われた金剛山耐寒登山は、通常であれば1時間以内で登山できるコースについて、登山に2時間30分、下山に1時間30分かける旨の計画を立て、参加した児童の数が多いこともあって、ゆっくりと登山させ、遅れた児童が出た場合はその児童の速度に合わせて登山させたこと
  • マラソン練習は、競争を目的としたものではなくて完走を目的とし、各児童が自己のペースで走るよう指導しており、児童が競争したり無理やり走ることはなかったこと

が認められるとした上で、

「6年生は、日頃から体力作りに勤しみ、かなり体力が付いてきていたものとみるべく、そのような6年生にとって金剛山耐寒登山及びマラソン練習が特に多大な体力的負担を課するものであったとまでは認めることができない。」

としました。

また、裁判所は、

  • 本件小学校においては、毎年1回定期健康診断を実施していたことが認められ、6年生については平成元年10月16日に右健康診断を実施していた
  • Aについては、右健康診断において心室性期外収縮は認められず、従前から特に運動制限の指示はなかったし、B教諭は、Aの心室性期外収縮について、心臓疾患検診管理指導表を見たうえ、保健担当教諭の説明を受けて、その状態を把握していた

ことを認定した上で、

「本件小学校長において、学校行事を実施するにあたり、事故を未然に防止するための安全配慮義務があることは当然である。

しかしながら、本件カリキュラムの実施が6年生にとって体力的に特に多大な負担を課するものであったとまでは認められないうえ、本件小学校では毎年10月ころ定期健康診断を実施し、異常のある児童例えばAのように心室性期外収縮が認められた児童については、担任教諭にその内容を知らせ、心臓疾患検診管理指導表等によって平素から管理していたのであるから、それ以上に、原告ら主張のように、本件カリキュラムの実施にあたり、近接した日時に、特にそのための健康診断を実施し、担任教諭に対して特別の指導を与えるまでの義務を本件小学校長に認めることはできない。」

として、

原告らの主張を排斥しました。

カリキュラム実施にあたっての過失について②

原告らは

「小学校教育における基礎体力養成の過程においては、本来ならば個々の児童の体力あるいは疾患の有無、程度等様々な要因に応じてきめこまやかにカリキュラムを作成すべきであるが、現実には多数の児童につき細分化されたカリキュラムを作成することが不可能であるから、担任教諭らとしては、カリキュラムを実施していくうえで、個々の児童の体力等に応じて個々具体的かつ弾力的に適切な配慮をすべき義務がある。

本件カリキュラムの実施は、個々の児童の体力あるいは疾患の有無、程度等を全く度外視したものであり、本件小学校6年生の担任教諭らには、右義務があったにもかかわらず、画一的かつ多大な体力的負担を伴う本件カリキュラムを実施した過失がある。」

と主張しました。

この点について、裁判所は、小学生の担任教諭らに個々の児童の体力等に応じた個々具体的かつ弾力的なカリキュラムの実施をすべき義務があることは、当事者間に争いはないことを前提に、

  • 本件小学校の6年生の担任教諭らは、金剛山耐寒登山において、児童らをゆっくり登山させ、遅れた児童の速度に合わせて登山させるなどの配慮をなし、マラソン練習においても、完走が目的であって個々の児童が自己のペースで走るように指導していたこと
  • 担任教諭は、個々の児童からの申し出或いは連絡帳による父母からの通知によって、個々の児童の体調を把握して、体調不良の児童には必ず参加をやめさせる措置をとっていたこと

が認められるとした上で、

「右各事実によると、本件小学校の6年生の担任教諭らは、個々の児童の体力等に配慮して本件カリキュラムを実施していたと認めることができるから、前記の注意義務を尽くしていたというべきである。」

として、原告らの主張を排斥しました。

カリキュラム実施にあたっての過失について③

原告らは

「B教諭は、Aが、本件事故発生前週4回のかけ足訓練に参加してその都度完走し、身体的疲労が完全に解消されないまま金剛山耐寒登山に参加したことを十分承知していた。本件事故発生当日、同教諭には、心臓疾患のあるAについて、個人的にその健康状態を確認し、マラソン練習に参加させる程度を判断する義務があったにもかかわらず、同教諭は、Aの健康状態の確認を怠り、また、体調の悪い児童や疾患のある児童には、休息をとらせたり、ゆっくりと走るようになどと個々の児童の体調等に合わせて具体的に指導する義務があったにもかかわらず、適切な指導を怠った過失がある。」

と主張しました。

この点について、裁判所は、本件事故発生当日、B教諭に個々の児童に対する健康確認義務及び具体的指導義務があったことは、当事者間に争いがないことを前提に、

  • Aについて、金剛山耐寒登山に参加した際及びその後において、特に異常はなく、本件事故発生当日のマラソン練習参加に際しても、特に体の不調を訴えることがなかったこと
  • 右マラソン練習開始前、6年生の担任教諭らが個々の児童の体調を確認し、その結果、6年生女子120名中31名が見学し、9名が参加を取り止めたこと
  • B教諭は、常日頃から、児童に対して体調が悪いときは早めに申し出るように指導していたこと

が認められるとして

「右認定事実からすれば、B教諭は前記の各注意義務を尽くしていたというべきである」

として、原告らの主張を排斥しました。

単なる犠牲に終わらせないために必要なこと

この事故は、平成2年2月に発生しました。

当時はAED(自動体外式除細動器)は普及しておらず、この事故から10年以上が経過してようやく普及するようになりました。

この事故の児童が倒れたときにAEDを利用していたとしても助かったかどうかはわかりません。

しかし、可能性が1%でもあったのであれば、手段を尽くすことができていれば、この児童の命を救うことはできたかもしれません。

私たちが本件のような事件・事故で考えるべきことは、

  • 誰に過失があったのか
  • 誰がその責任を果たすべきなのか
  • 被害者や遺族に対して支払われた賠償金がいくらなのか

などではなく、

  • 同様の事故を未然に防ぐためには誰が何をするべきだったのか
  • 同様の事故が発生した場合、命を救うためにどのような手段を執るべきだったのか
  • 命を救うための手段は現状で足りているのか、より良い手段・方法はないのか

等ではないでしょうか。

本件のような事件・事故による被害を単なる犠牲として終わらせるのではなく、同じような被害者を出さないための事前・事後の対策を考えることこそが求められているのだと思います。

Contact

お問合わせ

お電話でのお問い合わせはこちら

092-409-9367

受付 9:30~18:00 (月〜金)
定休日 土日祝

フォームでのお問い合わせはこちら

Contact Us

Top