スポーツ界における体罰が繰り返されないためには何が必要なのか

2019.12.03 弁護士コラム

スポーツの現場における体罰が連日のように報道されています。

中学校や高校の部活動だけでなく、最近では小学生女子バレーボールチームでの監督の体罰が報道されました。

なぜ体罰は繰り返されるのか。

どうすれば体罰はなくなるのか。

いろいろな方々がそれぞれの立場から意見を述べているところですが、私も自分自身の経験や知識を踏まえて意見を述べてみたいと思います。

体罰とは

体罰は「私的に罰を科す目的で行われる身体への暴力行為」と定義されています。

その成立要件は

  • 懲戒の対象となる行為に対して、
  • その懲戒内容が、被罰者の身体に対する侵害を内容とするか、被罰者に肉体的苦痛を与えるようなものであり、
  • その程度があくまでも「罰」の範疇であること

とされています。

体罰というと、「暴力を振るうこと」というイメージがあると思います。

しかし、先ほどの成立要件にもあるように、体罰は、身体に対する侵害だけでなく、肉体的苦痛を与えることも含まれます。

例えば、長時間に及ぶ正座を命じたり、罰走や肉体的苦痛を受けるような過酷な練習メニューを課したりする場合も体罰に該当することになります。

体罰が発覚した事案は氷山の一角にすぎない

顧問や監督・コーチはなぜ体罰に及ぶのでしょうか。

その答えは、端的に言うと、「顧問教員や監督・コーチ自身が選手であったころに同じような体罰を受けてきたから」です。

例えば、罰走についていうと、自分自身が選手であった当時、罰走を命じられた経験があることから、指導者の立場になった今、選手たちにも同じように指導するために罰走を命じたと考えられるのです。

自らが経験したことがなければ、罰走などということを思いつくわけがないのです。

そして、選手であった当時は、罰走を命じられたとしても、それを体罰であるという認識までは持っていなかったと思われます。

それは、指導者からの練習内容の指示はすべて練習の範囲内と考えており、その指示に従うのがもはや当たり前であって、むしろ指導者の指示に従わないということは考えられないからです。

この事実を踏まえると、部活動の生徒やスポーツクラブの選手も体罰を受けているという認識はなかったものと考えられます。

つまり、現場では加害者・被害者ともに体罰であるという認識を持っていません。

このことがスポーツ界における体罰が表沙汰にならない原因ともいえるのです。

「再発防止に努める」とはいうが

このような体罰が行われたとしても、それが表沙汰にならなければ、問題視されることはありません。

おそらく、体罰が行われた現場でも、これまで表沙汰になっていないケースの場合には、特別な対応をするということはなかったものと思われます。

これに対して、体罰により大けがをしてしまう、場合によっては救急搬送される、あるいはマスコミにより報道されるなどの事態になって初めて体罰が行われたことが明るみになります。

つまり、体罰が発覚するのはほんの一握りの事案にすぎないのです。

そして、体罰を公表した際に繰り返されるのが「再発防止に努める」という言葉です。

同じような体罰を繰り返さないというのはいわば当然のことであって、「再発防止に努める」という決まり文句だけでは足りません。

本当に必要なのは、

「再発防止のためにどのような活動を行うのか

実際にどのような活動を行っているのか

なのです。

しかし、実際にはおそらく「体罰を行うな」「体罰はダメだ」という指導がおこなわれているだけでしょう。

しかし、こういったことは既に誰もが理解しているはずで、今更このようなことを言ったところで、それは「指導」ではなく「確認」にすぎません。

これでは抜本的な解決にはなりません。

私の考える真の再発防止策

では、私が考える、体罰の真の再発防止策は何かを述べたいと思います。

それは、指導者の意識改革です。

まず、体罰を行う指導者の批判的な目は、生徒や選手に向けられています。

  • 「気合いが入っていない」
  • 「ふがいない試合をした」
  • 「あのミスのせいで試合に負けた」

このような生徒や選手に向けられた指導者の主観が原因となり、

  • 「気合いを入れなおす必要がある」
  • 「二度とこのようなふがいない試合をしないようにさせなければならない」
  • 「試合でミスをしないように鍛えなおさなければならない」

という発想が浮かんできます。

その発想が、暴力であったり、罰走や過酷な練習メニューに結びついてしまいます。

そして、生徒や選手に「痛い思いをしたくなければ、きつい思いをしたくなければ、二度と同じようなことはしないようにしなければならない」と思わせようとします。

要するに、指導者がやっていることは「調教」なのです。

そして、そのような指導者は自分自身が選手であった当時同じ「調教」を受けています。

つまり、指導者にとってはそれが当たり前であり、他の方法を知らないといえます。

だからこそ、指導者の意識改革をしなければ、体罰の真の再発防止は図れないのです。

では、どのような意識改革を図るべきでしょうか。

「暴力を振るってはならない」「罰走や過酷な練習メニューを課してはならない」というだけでは、意識改革とはいえません。

もっと根本的なところから、意識改革を図る必要があります。

それは、

「気合いが入っていない」

「ふがいない試合をした」

「あのミスのせいで試合に負けた」

などと生徒や選手に向けられている目を

  • 「気合いの入ったプレーをさせるためにはどうしたらいいのか」
  • 「選手にふがいない試合をさせないためにはどうしたらいいのか」
  • 「ミスを挽回するためにはどのような采配を振るべきだったのか」

と、指導者自身に向けるのです。

ひょっとすると、このような発想の転換を求めることは、指導者にとっては難しいことかもしれません。

これまでの自分の指導方法を否定することに他ならないからです。

しかし、よく思い返してほしいのです。

「なぜ指導者になろうと思ったのか」ということを。

それは「生徒や選手に少しでも上手くなってほしい」と考えたからではないでしょうか。

私は、指導者の原点はそこにあると思っています。

その原点に立ち返ったとき、生徒や選手を責めるのではなく、「伸ばす」ことを考えるはずです。

そうすると、罰走や過酷な練習メニューを課すよりも、時間を有効に使い、かつ効率的な練習メニューを考えるはずなのです。

最後に

このように、私は、スポーツ界における体罰の真の再発防止策は、指導者の意識改革であると考えています。

私は練習メニューや方法論にまで口出しすることはできません。

しかし、事故を未然に防ぐことや、「スポーツを通じて幸福で豊かな生活を送る権利」の実現を図ることは、弁護士として当然に行うべき職務であると考えています。

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