登山ツアーの参加者がツアー中に低体温症により死亡した事故についてのツアー主催者の損害賠償責任

2018.10.30 スポーツ中の事故

熊本地方裁判所平成24年7月20日判決

事案の概要

本件は、プロの登山ガイドである被告が主催した登山ツアーに参加したAが、同ツアー中に強風及び吹雪に曝されて低体温症により死亡したため、Aの相続人である原告らが、被告に対し、安全配慮義務違反を理由とする債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償を求めた事案です。

被告は、福岡市内で登山用品店に勤務する傍ら、プロの登山ガイドとして生計を立てていました。

被告は、平成18年10月6日から同月11日までの5泊6日で「北アルプス栂海新道ガイドツアー」を主催しました。

本件ツアーの構成は、プロの登山ガイドである被告とガイドを志す見習いのB、一般参加者のA・C・D・E及びFでした。

本件一行は、6日、福岡空港を出発し、小松空港に着き、電車で金沢駅、富山駅、宇奈月温泉、欅平を経由し、祖母谷温泉で宿泊しました。

7日のコースは、「祖母谷温泉」(標高約780m)を出発し、樹林帯を通って急坂のジグザグ路が連続する「百貫の大下り」、「不帰岳」(標高約2053m)直下の「不帰岳避難小屋」、「清水尾根」、「清水岳」(標高約2603m)直下、「小旭岳」(標高約2636m)直下、「旭岳」(標高約2867m)直下を経た後、「白馬山荘」(標高約2840m)に向かうコースでした。

本件コースの出発地である祖母谷温泉小屋から目的地である白馬山荘までの沿面距離は12.668kmであり、標高差は2043mでした。

また、所要時間は、祖母谷温泉小屋から不帰岳避難小屋までが約5時間から約5時間30分、同小屋から清水岳までが約2時間から約2時間30分、清水岳から旭岳までが約1時間30分、旭岳から白馬山荘までが約30分であり、合計が約9時間から約10時間でした。

不帰岳避難小屋から白馬山荘までは一本道であり、緊急時には同小屋に引き返す以外に避難経路はありませんでした。

被告は、本件ツアー当時、10月初旬以降の北アルプスが気圧配置次第で冬山になるということ、三陸沖に温帯低気圧や台風が出てくると山が大荒れになること及び山の天候が荒れ狂い出せばもう天候が回復しないことを知っていました。

被告及びBは、6日午前11時25分頃、到着した富山駅のテレビで全国版の天気予報及び天気図を見ましたが、その後、本件ツアーのコースの天気に関する情報収集の方法として、携帯電話で天気情報を取得したり、7日午前5時過ぎに出発する前にテレビ等で天気予報を見たり、177番の天気予報ダイヤルで情報を得たり、本件コースの目的地である白馬山荘に電話をするなどの方法をとることが可能であったにもかかわらず、これらの情報収集を何ら行いませんでした。

本件一行は、7日午前5時過ぎ頃、祖母谷温泉を出発し、本件コースを進み、不帰岳避難小屋で休憩し、旭岳直下を経た後、白馬山荘に向かう途中、強風及び吹雪に曝されて、A・C・D及びEは、低体温症により死亡しました。

裁判所の判断

被告の過失について

裁判所は、

「本件ツアーは、プロの登山ガイドである被告が企画、主催した登山ツアーであるところ、登山は、遭難、事故等により生命の危険を伴うものであるから、登山ツアーを企画実施する者は、参加者の生命身体に危険が生じないような適切な準備や指示、処置をする注意義務を負っているというべきである。

また、被告は、プロの登山ガイドとして、本件ツアーを企画し参加者を募集し、ガイド代を含む参加費を徴して本件ツアーを実施したのであるから、参加者としては、登山を引率するにふさわしい技術・能力を持ったプロの登山ガイドである被告がガイドすることを前提にし、その技術・能力等を信頼して本件ツアーに参加したといえる。

したがって、被告は、プロの登山ガイドとして高度の注意義務を負っていたというべきである。」

との一般的・抽象的な注意義務について述べた上で、

「登山が天候の変化による遭難等の危険を伴うものであること、日本旅行業協会が作成した『ツアー登山運行ガイドライン』に、出発前からの気象変化の予測が重要であると指摘すると共に、引率者として要求されると考えられる能力として、気象に関する知識を挙げていること及び被告が高度の注意義務を負っていることからすると、被告は、プロの登山ガイドとして、出発前から天候に関する情報を収集すべき義務、登山中の天候を予測した上で、登山中の天候が悪天候であると予測される場合には、登山を中止するなど適切な処置をとるべき義務などを負っていたといえる。」

としました。

また、裁判所は、本件に即した被告の具体的な注意義務の内容として

「一般に、三陸沖に台風や低気圧がある場合には、冬型の気圧配置となり、山は大荒れになり、また冬型の気圧配置のうち山雪型の場合は、脊梁山脈と風上側で強い雪が降るところ、被告もこれらを知っていた。そして、本件では、6日以前から、日本の南海上に台風があり、北上する可能性もあった。

また、本件ツアーの参加者は、高齢の女性であったのに加え、本件コースが、登山雑誌において逆コースで利用されるのが一般的であり、山慣れた人向きのコースと紹介されていること、Fが、本件ツアーに向けてトレーニングを積んできたことなどからすれば、本件コースは、ある程度経験を積んだ者であってもトレーニング等を要するものであったと評価することができる。」

との事実を前提に、

「被告は、プロの登山ガイドとして、万が一にも本件ツアー中に事故が発生しないように最善の注意を払い、台風又は台風から変わった低気圧が三陸沖を本州沿岸に沿って北上し、冬型の気圧配置となる可能性があるかどうかなどに関し、事前に収集可能な情報を収集すべき義務を負っていたというべきである。」

「また、この事前情報収集義務を前提にして、被告は、プロの登山ガイドとして、収集した情報を事前に検討し、天候が悪化し、生命や身体に危険が及ぶと予見される場合には、登山を中止するなどの適切な処置等をすべき義務を負っていたというべきである。」

と、被告には事前情報収集義務と催行検討義務があったとしました。

そして、裁判所は

  • 富山地方気象台は、6日午後5時に発表した天気予報の根拠として、東海道沖に発生した低気圧が、6日、本州の南岸を北東に進み、7日にかけて発達しながら本州南岸を北東に進むと予想していたこと
  • 日本気象協会が6日午後5時に発表した7日の天気予報でも、「発達した低気圧が三陸沖に進み、本州の日本海側と北日本は雨・風が強い。」とされていたこと
  • 以上によれば、富山地方気象台及び日本気象協会が、6日午後5時の時点で、7日は、低気圧が三陸沖を本州に沿って北上し、冬型の気圧配置となると予報していたということ
  • 富山県東部に、6日の朝から強風注意報が出ており、6日午後5時の時点で、7日は北風である旨の予報がされていることからすると、同時点で、7日は等圧線が縦に幾重もあり、かつその間隔が相当狭いことが予想されていたといえること
  • そうすると、6日午後5時の時点で、冬型のうち山雪型の気圧配置が予報されていたということができること

などの事情を踏まえ、

「被告が、本件ツアー当時、10月初旬以降の北アルプスが気圧配置次第で冬山になるということ、三陸沖に温帯低気圧や台風が出てくると山が大荒れになること及び山の天候が荒れ狂い出せばもう天候が回復しないことを知っていた。

したがって、富山地方気象台及び日本気象協会が6日午後5時の時点で各情報を発表して以降に、被告が、同情報を入手していれば、7日の気圧配置が冬型のうちの山雪型の気圧配置になることを予見でき、その結果、本件ツアー中に急な天候の変化による強風や吹雪等の発生を予見することができたということができる。」

「被告及びBは、本件ツアーのコースの天気に関する情報収集の方法として、携帯電話で天気情報を取得する、7日午前5時過ぎに出発する前にテレビ等で天気予報を見る、177番の天気予報ダイヤルで情報を得る又は本件コースの目的地である白馬山荘に電話をするなどの方法をとることが可能であったにもかかわらず、これらの情報収集を何らしなかった。そのため、富山地方気象台及び日本気象協会が6日午後5時以降に発表した天気予報の情報を入手する機会を逸失したということができる。よって、被告が事前情報収集義務を履行していたとは到底評価できず、被告には、事前情報収集義務違反がある。」

とし、さらに

「被告は、事前情報収集義務を怠った結果、催行検討義務を履行することができなかったということができる。よって、被告には、同義務違反がある。」

として、

「被告には、事前情報収集義務違反及び催行検討義務違反が認められる。」

と判断しました。

そして、裁判所は

「被告において、富山地方気象台及び日本気象協会が6日午後5時以降に発表した情報を入手すれば、7日の気圧配置が冬型のうちの山雪型の気圧配置になることを予見でき、その結果、本件ツアー中に急な天候の悪化による強風や吹雪等の発生を予見できたことからすると、仮に、被告が事前情報収集義務及び催行検討義務を果たしていれば、本件ツアー中の強風や吹雪等の発生を予見でき、その結果、本件事故は生じなかったといえる。」

と、被告の事前情報収集義務違反及び催行検討義務違反と本件事故との因果関係を認め

「被告は、本件事故により、原告らに生じた損害を賠償する責任を負う。」

としました。

賠償額の減額について

他方、被告は、

「登山という行為が、急激な天候の変化だけに限らず、急な落雷や落石、倒木、土砂崩れなど自然を相手にするがゆえの危険性を伴う行為であり、Aもそれを認識していた」

として、賠償額の減額をすべきであると主張しました。

しかし、裁判所は

「本件事故は、被告が、登山開始前の天候に関する情報を収集すべき事前情報収集義務及び催行検討義務のいずれについても怠った過失に基づくものであるところ、天候に関する情報は正に登山ガイドが収集すべきものであり、ツアー客が自ら天候に関する情報を収集し、天候を予測して催行を検討すべきものとはいえない。」

として、被告の主張は認めませんでした。

優先するべきは「命を守ること」

中高年層の登山ブームの一方で、毎年のように登山における遭難事故が報道されています。

一般的に、登山者は、登山が自然を相手にしているものであることや、遭難や滑落などの危険性を認識していますので、仮に遭難などの事故が起きたとしても、登山ツアーの主催者やガイドに対して責任を追及していないと考えられます。

その意味では、本件裁判例は非常に珍しい事例だといえます。

ところで、本件では、登山ガイドがプロであり高度の注意義務があることを前提に、事前情報収集義務違反と催行検討義務違反が認められました。

ここで考えなければならないことは、本件が「ツアー」だったということではないかと思います。

事前に日程やコースが設定されており、既にツアー料金の支払いも行われていることから、その行程を滞りなく実施しなければならないということがツアー主催者であり登山ガイドであった被告の念頭にあったがために、天候等に関する十分な情報収集を行わなかったのではないかと思われます。

また、被告は、ツアーの参加者が本件ツアーを楽しみにしていることを認識しており、現地まで行ったにもかかわらず天候を理由に中止になってしまうのは申し訳ないということを感じていたのかもしれません。

しかし、何よりも優先するべきなのは、いうまでもなく「命」です。

お金や楽しみよりも、まずは命を守るための行動をとるべきだと思います。

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