登山において中学生が風に飛ばされた帽子を取るために崖に下りて転落し重傷を負った事故

2020.06.12 学校行事

松山地方裁判所今治支部平成元年6月27日判決

事案の概要

本件は、被告が設置した公立中学校の特別教育活動として行われた登山において帽子を風に飛ばされた生徒がこれを取るために崖に下りて転落し重傷を負った事故について、本件中学校の教諭であり引率者であったA教諭は、霧の下方が断崖絶壁であることの危険性を原告に理解させ、これに近づかないよう監督することを怠り、判断能力が未熟で、かつ学校行事のため平素とは違って浮ついた気持ちが加わっていた原告に対し、不注意にも崖下に下りることを許可し、あるいは、仮に許可はしなかったとしても、原告が下りるのを制止しなかった結果、本件事故が発生したものであるとして、被告に対し、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償を請求した事案です。

本件中学校では、1年生の教育課程内活動として昭和61年5月14日から16日までの予定で少年自然の家を利用する合宿訓練が行われました。

原告が属していたX班は、同月14日午前9時ころ同校を出発し、午前11時30分ころ少年自然の家に到着して入家式を済ませ、午後フィールドワークを実施し、同日の夜はそこで宿泊しました。

X班の引率者は、T教頭、リーダーS教諭、A教諭及びB教諭など6名であり、生徒数は121名でした。

X班は、翌15日午前8時ころ、少年自然の家の校庭に集合し、同所において、S教諭から生徒全員に対し、一般的な指示がされた後、鎖についての注意があり、さらに頂上での注意事項として、崖に近寄らず、下をのぞき込まないことなどの指示がありました。

その後、石鎚山(標高1982メートル)の登山を行うため少年自然の家を出発し、ロープウェイを経由して石鎚山成就社まで歩き、午前9時20分ころ成就社に到着しました。

成就社で小休止をとった後の午前9時30分ころ、そこに残留する生徒4名と講師を除く生徒117名と引率者5名が再び歩き始め、途中、鎖を伝って上るグループと迂回路を通って行くグループに分かれ、前者のグループは一の鎖、二の鎖、三の鎖の順に鎖を使って登り、後者は迂回路により石鎚山山頂に到達しました。

先頭の者は、午後0時ころ山頂に到着しました。

生徒らは、予定に従い、到着順に山頂で食事をとり始めました。

B教諭は、午後0時過ぎころ山頂に到着し、食事をとりました。

A教諭は、B教諭が頂上に到着してから5分くらい後に頂上に到着し、食事をとりました。

原告は、鎖を使って山頂に登り、友人らと弁当を食べました。

X班が登山を開始し、鎖にさしかかるまでは天候はさほど悪くありませんでしたが、山頂に到着した午後0時ころには南風が強く、霧が出ていたため、T教頭とS教諭は、生徒らに対し、食事中の者及び食事の後片付けの終わっていない者以外は迂回路を通って下山し、鎖の下で食事をするよう指示しました。

生徒らは、この指示に従い、順次下山し、引率者の中でA教諭とB教諭は、残りの生徒らを監督するため頂上に残りました。

原告は、食事後、友人らと鬼ごっこをして遊んでいたところ、午後0時20分ころ、友人Hの帽子が風に飛ばされ、崖下に落ちました。

そのため、原告と友人らは、口々に「H君の帽子が落ちた。」と叫びました。

B教諭は、そのとき食事をしていましたが、その声が聞こえて来たので、立ち上がって、望遠鏡の向こうにいる原告やその友人らに向かって「取るな。」と指示しました。

そのときのB教諭と原告ら生徒との距離は、15メートルくらいでした。

Hは、B教諭の指示が聞こえたので帽子を取るのを諦め、そのまま同じ岩場で原告らと遊びを続けました。

その約5分後、今度は原告が被っていた帽子が風に吹き飛ばされて約3メートル下の岩の上に落ちました。

そこは、幅が約1メートル、長さが約1・5メートルで、棚のようになっており、崖上からそこまでは60度くらいの傾斜で、小さな潅木が生えており、その下は絶壁でした。

しかし、当時は、霧のため山頂からはその下が絶壁であるという状況は窺えませんでした。

原告と友人らは、前と同じように「帽子が飛んだ。」と叫びました。

そのころ、山頂には20人程度の生徒が残っていました。

友人Fは、原告の帽子の落ちた場所を上から見て確認したところ、すぐに取れそうに見えたので、A教諭のところに行き、「甲野君(原告)の帽子が飛んだ。取ってもいいですか。」と尋ねましたが、A教諭は、「取ったらいかん。」と答えました。

しかし、原告が、帽子の落ちている場所を確認したところ、霧が出ていたためその下が絶壁であることに気付かず、簡単に取れそうに思い、A教諭に対し、「すぐ取れるんじゃ。」と言うと、A教諭は、「危ないけん、あんまり滑るようなところは行くな。木とか草とか握って滑らないようにして行け。」と言いました。

そこで、原告は、友人らが見守る中、崖を下り始めました。

そのときには、A教諭及びB教諭は、その場には来ませんでした。

原告は、2、3歩くらい下りたところで足を滑らせ、木の枝に捕まりましたが、それも折れてまた滑り、絶壁を転がり落ちて山頂から80メートルくらい下のところまで転落し、脳挫傷、右頭頂骨陥没骨折、右膝蓋骨剥離骨折、左第三指中手骨骨折、顔面・左膝部・右外顆部挫創等の傷害を負いました。

当時、原告が下りた場所の地面は、少し凍結した状態でした。

B教諭は、それまで石槌山には3回登山した経験があり、原告が転落した崖が前記のような状況で非常に危険な場所であることを知っていました。

一方、A教諭は、石鎚山に登ったのはそのときが初めてであり、転落した原告を救助するため、自ら崖を下り、誤って転落して死亡しました。

裁判所の判断

A教諭の過失

裁判所は

「原告が帽子を取るためにおりた崖は、転落の危険性の大きい場所であったのであるから、引率者のひとりであるA教諭としては、原告が帽子を取ることの許可を求めたことに対しては、これをやめるよう指示すべきであったのであり、石鎚山登山の経験がないため、その崖の状況について自ら判断することができないのであれば、登山経験のあるB教諭に意見を求めるなどして崖の状況を確認すベきであったもので、そうすれば、原告が下りたところが非常に危険な場所であることを認識することができ、したがって、原告が下りることを禁止して本件事故の発生を防止することができたはずである。」

とした上で、

「しかるに、A教諭は、原告が崖を下りることを一旦はやめるよう指示したものの、原告が簡単に取れそうである旨言ったことから、その場所の危険性についての判断を誤り、結局これを許可したものであり、この点において、同教諭には過失があるといわなければならない。」

と判断しました。

被告の責任

裁判所は

「国家賠償法1条1項の公権力の行使には公立学校の教師の教育活動も含まれると解するのが相当であるから、被告は、本件中学校の設置者として同中学の学校行事の引率者であるA教諭の右過失による行為について同項による賠償責任を負うといわなければならない。」

として、被告の損害賠償責任を認めました。

未経験であったことが遠因となった事故

本件では、引率者であるA教諭が、一旦は制止したものの、危険な崖であることを確認しないまま、これを取りに行くことを許可したものであるとして、A教諭の過失が認められました。

A教諭は、石鎚山に登ったのはこのときが初めてであったとのことであり、崖の状況についてももちろん知らなかったと考えられ、A教諭自らが判断することはできなかったものと考えられます。

もし原告がA教諭ではなく、登山経験があり崖の状況についても熟知していたB教諭に確認していたとしたら、本件のような事故は発生しなかったかもしれません。

経験の有無が結果を左右することになるという意味では、参考にすべき事案だと思います。

Contact

お問合わせ

お電話でのお問い合わせはこちら

092-409-9367

受付 9:30~18:00 (月〜金)
定休日 土日祝

フォームでのお問い合わせはこちら

Contact Us

Top