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離婚した際に決められた養育費を支払ってくれないという相談を受けることがよくあります。
離婚後のトラブルとして最も多いのが、この養育費の不払いの問題です。
子供を養育するにあたっては当然お金が必要ですし、相手方から支払われる養育費をあてにして生活設計を立てているという方も当然いらっしゃいます。
したがって、養育費を支払ってくれないというのは、死活問題であるともいえます。
もっとも、養育費を支払ってくれない場合の対処方法は、離婚の際の手続や、離婚成立時に書面などを作成しているか否かによって異なることになります。
また、強制執行により養育費の滞納分を回収しようという場合でも、相手方の職業により何を差し押さえるのが得策かが異なることになります。
そこで、養育費の不払いに対する対処方法と、強制執行について解説したいと思います。
養育費の不払いに対する対処方法
協議離婚の際に離婚協議書を作成していない、または離婚協議書は作成したが公正証書は作成していない場合
①相手方に連絡を取る
養育費を支払ってくれない場合には、まず相手方に対して電話やメール、手紙などの方法で養育費を支払うように督促します。
②内容証明郵便
内容証明郵便とは、郵送した手紙の内容を郵便局が証明してくれる郵便のことをいいます。
通常の手紙の場合とは異なり、差出人の本気度を伝えることになりますので、相手方に対しては心理的なプレッシャーを与えることができます。
もっとも、内容証明郵便には強制力はありませんので、相手方が受領したにもかかわらず支払ってくれないからといって、給料の差押えなどの強制執行はできません。
③養育費請求調停の申立て
家庭裁判所に対して、養育費請求調停を申し立てることができます。
この場合の管轄裁判所は相手方の住所地の家庭裁判所、または当事者が合意で定める家庭裁判所です。
養育費請求調停により養育費の金額や支払方法などが決まった場合には、調停調書が作成されます。
調停により合意に達することができなかった場合には、家庭裁判所が審判により養育費の金額などを決めることになります。
協議離婚にあたり離婚公正証書を作成している場合
①相手方に連絡を取る
上記の場合と同様に、電話やメール、手紙などの方法で養育費を支払うように督促することになります。
②内容証明郵便
上記の場合と同様に、相手方に対して心理的なプレッシャーを与えるために、内容証明郵便を発送します。
③強制執行
相手方に対して強制執行を行うためには、まず、強制執行ができる権利を証明する公的な文書(債務名義)が必要です。
公正証書もそのうちの1つです。
つまり、協議離婚にあたり離婚公正証書を作成しておく最大の目的は、この強制執行を可能とする文書をあらかじめ準備しておくということなのです。
もっとも、公正証書を使って強制執行をする場合には、公正証書の文章の中に「強制執行認諾文言」と呼ばれる一文が含まれている必要があります。
この「強制執行認諾文言」とは、簡単にいうと「支払義務者が支払いを怠った結果、強制執行をされたとしても、文句は言いません」という意味の条項です。
このような条項が入った離婚公正証書を作成しておく必要があります。
離婚調停の場合(養育費請求調停を行った場合も同様)
①相手方に連絡を取る
上記の場合と同様に、電話やメール、手紙などの方法で養育費を支払うように督促します。
②履行命令、履行勧告制度を利用する
これらは、調停を行った裁判所に対して養育費の支払いがない事実を伝えたうえで、裁判所から相手方に対し勧告・命令をしてもらうという制度です。
利用する際は、裁判所に対し手数料の納付はいりません。
口頭による申立ても認められています。
裁判所からの催告であることから、自分で督促するよりは強いプレッシャーをかけることができます。
ただし、強制力はないため、裁判所からの勧告や命令を無視されるケースもあります。
③強制執行
離婚調停で離婚した場合に作成する調停調書も強制執行を可能とする債務名義の一つです。
したがって、調停調書を使って強制執行の手続を進めることができます。
離婚訴訟の場合(養育費請求審判の場合も同様)
離婚訴訟における判決書や養育費請求審判における審判書も強制執行を可能とする債務名義の一つです。
したがって、これらの判決書や審判書を使って強制執行の手続を進めることになります。
強制執行について
強制執行とは、勝訴判決を得たり相手方との間で裁判上の和解が成立したにもかかわらず、相手方がお金を支払ってくれない場合に,判決などの債務名義を得た人(債権者)の申立てに基づいて、相手方(債務者)に対する請求権を裁判所が強制的に実現する手続です。
先ほども述べたように、協議離婚の際に離婚公正証書を作成していたり、離婚調停や離婚訴訟により離婚が成立したにもかかわらず、養育費を支払ってもらえない場合には、裁判所に申し立てて強制的に養育費を回収することになります。
強制執行については、大きくわけて、不動産執行(土地・建物に対する強制執行)・動産執行(不動産以外のものに対する強制執行)・債権執行(給与・預貯金などに対する強制執行)があります。
もっとも、養育費の不払いの場合には、これらのうち債権執行を行うのが一般的です。
というのは、不動産執行の場合には裁判所に対する予納金として数十万円を納付するように求められることが多いこと、動産執行については差押え禁止財産については効力が及ばないため実効性が低いからです。
そこで、養育費の不払いに対する強制執行として一般的な債権執行について説明したいと思います。
相手方の職業にかかわらず共通するもの-預貯金の差押え
養育費を支払わない相手方の職業にかかわらず債権執行の対象とすることができるのは銀行などに対する預貯金です。
例えば、相手方が会社員であるという場合には給料が振り込まれる預貯金口座が、自営業であるという場合には取引先からの送金や事業資金の保管のための預貯金口座が存在します。
そして、通常の場合、離婚する際に相手方が「何銀行の何支店に預貯金口座を持っている」ということを把握しています。
そこで、相手方が養育費の支払いをしないという場合には、この預貯金口座を差し押さえるということになります。
預貯金口座を差し押さえるにあたっては、同時に、預貯金口座が存在する銀行などに対して、預貯金の有無やその金額について回答するよう催告することができます。
その結果、養育費の不払い合計額以上の預貯金が存在するという場合には、不払い合計額全額を回収することができますし、それに満たない場合でも預貯金全額を回収することができます。
もっとも、預貯金がほとんどなかったという場合には、債権執行としては失敗ということになります。
相手方が会社員の場合-給料・賞与・退職金の差押え
相手方が会社員の場合には、勤務先からの給料や賞与・退職金を差し押さえることができます。
この場合、一般的な給料の差押えの場合とは異なり、養育費の不払いの場合には特例があります。
(扶養義務等に係る定期金債権を請求する場合の特例)
第151条の2
債権者が次に掲げる義務に係る確定期限の定めのある定期金債権を有する場合において、その一部に不履行があるときは、第30条第1項の規定にかかわらず、当該定期金債権のうち確定期限が到来していないものについても、債権執行を開始することができる。
一 民法第732条の規定による夫婦間の協力及び扶助の義務
二 民法第760条の規定による婚姻から生ずる費用の分担の義務
三 民法第766条(同法第749条、第771条及び第788条において準用する場合を含む。)の規定による子の監護に関する義務
四 民法第877条から第880条までの規定による扶養の義務
前項の規定により開始する債権執行においては、各定期金債権について、その確定期限の到来後に弁済期が到来する給料その他継続的給付に係る債権のみを差し押さえることができる。
養育費は民法第766条により認められるものであるため、民事執行法第151条の2が適用されます。
債権執行は、原則として、「請求が確定期限の到来に係る場合においては、強制執行は、その期限の到来後に限り、開始することができる。」と定められています(民事執行法第30条)。
以前はこの条文しかありませんでしたので、養育費の不払いの場合に給料を差し押さえる場合には、すでに期限が到来したにもかかわらず滞納している分だけしか回収できませんでした。
例えば、養育費として月額2万円ずつ支払うことで合意していたものの6カ月滞納してしまったという場合には、12万円しか回収できませんでした。
その後に再び養育費の支払いを怠った場合には、改めて給料を差し押さえる必要がありました。
しかし、平成16年4月1日に民事執行法第151条の2が施行されたことにより、確定期限が到来していないものについても回収することが可能になりました。
例えば、上記の例でいうと、養育費の滞納分12万円だけでなく、まだ期限が到来していない養育費月額2万円についても、その支払いの終期まで回収することができるようになりました。
また、給料の差押えの場合には、その差押えの範囲についても特例が認められています。
(差押禁止債権)
第152条
次に掲げる債権については、その支払期に受けるべき給付の四分の三に相当する部分(その額が標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときは、政令で定める額に相当する部分)は、差し押さえてはならない。
一 債務者が国及び地方公共団体以外の者から生計を維持するために支給を受ける継続的給付に係る債権
二 給料、賃金、俸給、退職年金及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る債権
退職手当及びその性質を有する給与に係る債権については、その給付の四分の三に相当する部分は、差し押さえてはならない。
債権者が前条第1項各号に掲げる義務に係る金銭債権(金銭の支払を目的とする債権をいう。以下同じ。)を請求する場合における前二項の規定の適用については、前二項中「四分の三」とあるのは、「二分の一」とする。
例えば、通常の給料の差押えの場合に、給料の金額が24万円であったとすると、その4分の3に相当する18万円については差押えが禁止されているため、6万円しか回収できないことになります。
しかし、養育費の不払いを理由に給料の差押えをした場合には、2分の1に相当する12万円が差押え禁止となるため、12万円を回収できることになります。
これらをまとめると、養育費を月額2万円としたものの6カ月滞納しており、しかも終期まで10年間が残っているという場合に、給料の金額が24万円であったとすると、
まず月額24万円の給料のうち2分の1に相当する12万円ずつを2カ月にかけて回収する。
次に、上記2カ月分の養育費合計4万円と当月の養育費2万円の合計6万円を回収する。
その後、毎月の給料から毎月2万円を回収する。
ということになります。
相手方が途中で会社を辞めた場合
相手方が途中で会社を辞めた場合には、その会社から給料が支払われるということにはなりませんので、取り下げるしかなくなります。
そして、相手方が新たに就職した会社がわかり、その時点で養育費を滞納している場合には、改めて新たな会社からの給料を差し押さえることになります。
会社が支払わない場合
給料の差押えにより回収するというのは、相手方が勤務していた会社から直接支払ってもらうことを意味します。
つまり、先ほどの例で月額24万円のうち12万円を相手方に渡さずに差押えをした債権者に直接支払ってもらうことになります。
通常の会社であれば、裁判所からの差押命令の意味を理解して、きちんと差押えをした債権者に支払ってくれるのですが、例えば家族経営の会社に勤務している場合や、差押命令などの手続に不慣れである場合などには、相手方に対して給料を全額支払ってしまい、差押えをした債権者に対して支払わない場合もあります。
このような場合、差押えをした債権者は、相手方の勤務先に対して、差押えにより回収できたはずの金額を支払うよう求める訴訟を提起することができます。
これを取立訴訟(民事執行法第157条)といいます。
この訴訟により勝訴判決を得た場合には、相手方の勤務先に対しての強制執行も可能になります。
ただし、この場合の強制執行はあくまでも「差押えにより回収できたはずの金額」に限られ、将来の養育費まで回収することはできません。
相手方が会社役員の場合-役員報酬
相手方が会社役員であるという場合には、役員報酬を差し押さえることができます。
この場合、役員報酬は民事執行法第152条に記載されている給料などには該当しないため、2分の1などの制限はなく、全額差押えをすることができます。
また、相手方が会社役員、特に代表取締役をしている場合などは役員報酬の差押えに従って素直に支払ってくるということはほとんどありません。
したがって、その場合には相手方が会社役員をつとめている会社に対して取立訴訟を提起することになります。
相手方が自営業者である場合
相手方が自営業者である場合、強制執行による回収が最も難しいといえます。
というのは、自営業の場合には、会社員の給料などとは異なり、継続的な収入を受けるということが考えられないためです。
したがって、自営業者の場合には特例が利用できないため、やむを得ずその他の強制執行をすることになります。
最後に
以上のように、相手方が養育費を支払ってくれないという場合には、離婚の際の手続により方法は異なるものの、その支払いを求めることは可能です。
また、公正証書を作成していたり、調停や訴訟などで養育費の支払いが義務づけられているにもかかわらず支払ってくれないという場合には、強制執行により回収することも可能です。
具体的な手続を知りたいという場合には一度弁護士にご相談いただければと思います。