ボート部の練習中のボート転覆により高校生が溺死した事故

2018.11.07 スポーツ中の事故

青森地方裁判所平成5年9月28日判決

事案の概要

本件は、青森県立B高校2学年に在籍し、ボート部に所属していたAが、新田名部川で行われたボート部の練習に参加し、シングルスカル艇に乗って操艇中、艇が転覆して水中に投げ出されたため、溺死するに至った事故について、Aの両親が

  • ボート部の顧問教諭らには、全く泳ぎのできない部員に水泳訓練を実施すべき注意義務があるのに、それを実施しなかった過失がある
  • 顧問教諭らには、技能、能力の乏しいAを1人乗りのシングルスカル艇に乗せ、しかも監視艇を併走させるなどして立会監視すべき注意義務を怠った過失がある
  • 顧問教諭らには、艇に乗る部員に対し、救命具を装着するよう徹底せず、かつ、その点検・チェックすべき義務を怠った過失がある

などと主張し、同校の設置者である被告Y(青森県)に対し、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償を請求した事案です。

Aは、平成元年4月、青森県立B高校に入学し、ボート部に入部しました。

ボート部は、平成2年7月19日午後4時ころから、むつ合同艇庫前付近の新田名部川において、練習を実施しました。

この練習に際し、C教諭は同日午後3時50分ころから、D教諭は同日午後5時ころから、前記練習場所付近において、指導監督にあたっていました。

Aは、同日の練習において、自らの使用するシングルスカル艇(漕手が両手に一本ずつオールを持つ形式の小型の一人乗りの艇[進行方向に背を向けて乗艇する])を用い、午後4時30分ころから陸上においてリギング(自己に配艇された艇の艤装品をその場で自己の体型、漕ぎ方に合わせること)を行いました。

その後、午後5時40分ころ乗艇し艇の調子をみるためむつ艇庫前の川岸から対岸に向かって2~3回オールを漕ぎ、川岸から対岸に向かって約40メートルの付近で方向を変えようとした瞬間、艇の進行方向に向かって左側(Aの右手側)のオールがクラッチ(艇にオールを繋ぎ止める部分)から外れ、艇は同左側に転覆しAは同川の水中に投げ出されました。

そして、Aは同日午後5時45分ころ、同所付近において溺死しました。

なお、Aはもともと全く泳げませんでした。

裁判所の判断

被告の責任について

裁判所は、

「およそ、高等学校におけるクラブ活動は、生徒の自発的な活動を助長することが建前ではあるが、高校生の心身の発達がいまだ完成途上にあり、自己の能力につき的確な判断が困難で、クラブ内での人間関係への遠慮や、自己の能力に対する過信から、ともすれば安全に十分な配慮をしないまま危険を伴う行動にでがちであることを考慮すれば、指導の担当にあたる教諭は、この点に十分留意して、クラブ活動の内容に即して個々の生徒に対しその特性に応じた安全配慮に対する助言・指導を適切に行うべきであると考えられる。」

と、顧問教師が負うべき安全配慮義務について述べた上で、

「ことに、漕艇競技は自然の水面上で行われるスポーツであり、その性質上競技中もしくは練習中に艇の沈没、オールが外れて艇からの転落等の事故が常に想定されるものである。

そして、乗艇者が水中に沈没したときには水泳能力が乏しい者であればなおさら、たとえ水泳に熟達した者であっても誤って水を吸引するなどした場合には溺水し、死に至る場合も少なくない。

このような結果の防止にあたっては救命具を常に装着することが有効な手段であるが、個々の生徒の自覚的注意を促すのみでは着け忘れ等を完全に防止することはできずその結果、過去に漕艇の練習中溺死した事例が決して少なくないことが認められる。

日本漕艇協会において、競技に参加する艇には必ず救命具を備え付けさせ、備え付けのない艇は競技に参加させないという強制的方針をとっているのも、この趣旨と理解できる。」

「このような見地からすれば、指導担当にあたっていた顧問教師らとしては艇転覆等の事故が発生した場合に備えて、水中における行動の仕方を個々の部員の泳力に応じて適切かつ十分に指導するとともに、救命具の装着を実効性のある手段をもって部員たる生徒に徹底する必要があった。」

と漕艇競技の危険性を踏まえつつ、

「Aは水泳の能力が殆どない状態で入部し、実際入部当初に艇から水中に転落して他の部員に救助される事故に遭っているのであるから、顧問教師らは、ボート部において水泳訓練を実施するか、これが困難であれば、同人に対し水泳訓練の機会を持つよう強く勧告するとともに実際に水泳訓練を受ける機会を保障して必要な泳力を確実に身につけさせるよう相応の配慮をしたり、ボート部の練習の過程で実際に水中に沈む経験を複数回積ませるなどして、水泳能力に乏しい者が抱きがちな水に対する恐怖心を取り除くとともに水中での的確な対処を体得させる注意義務があったというべきである。」

「また、水泳能力の如何にかかわらず、突然の艇転覆等で水中に投げ出される事態が発生した場合、誤って水を吸引するなどして水中での冷静な行動が不能になることは往々経験されるところであるから、普段の練習の際もマリンポーチ等の救命具の装着を徹底し、ある程度の訓練を経た者に折々見られるところの自己の漕艇能力に対する過信もしくは慣れによるマリンポーチの着け忘れ等がないよう指導担当教師自らの乗艇時におけるチェック、もしくは部員やマネージャーらの相互監視を含めたチェックを行わせる等の特段の安全に対する指導を行うべき注意義務があったと認められる。」

と具体的は安全配慮義務の内容を示しました。

その上で、本件について裁判所は

「顧問教師らは、水泳の指導に関して「手引き」を部員に配付して自己の責任で水泳能力を身につけるよう指導するにとどまり、実際の泳力の把握についても面前での泳力テスト等確実な方法による判定を行わず、単に部員から聴取するのみにとどまっていた。しかし、これでは部員の泳力を確実に把握するのは困難であり、想定される事故に対処できる程度の泳力を身につけさせるための指導としては、甚だ不十分であるといわざるをえない。」

「艇が転覆したときの対処方法についても、艇につかまること、助けを呼ぶこと等の基本的な事項を口頭で説明し、艇庫前で艇をひっくり返す実地練習は、A入部後本件事故に至る1年数か月の間にたった1回しか行っていないのであり、突然水中に転落した場合に、口頭説明を受けていたことを冷静に実行することを期待するのは困難であると考えられるから、この点の指導も不十分であると認められる。」

「救命具の装着に関しては、日常各自の責任で自己の使用するマリンポーチを管理し、必ず装着するようにと口頭指導をしていたことは認められるものの、実際に装着しているかどうかのチェックを、指導担当教師、マネージャーもしくは部員が相互に、毎日の練習時に確実に行うまでには至っていなかった。(中略)そして、前記チェックは毎日の練習で乗艇する際目で見て確認するという比較的簡単な方法で行うことが可能なものであるし、特にシングルスカル艇についていえば、乗艇時他人の補助を必要とするものであるのだから、マネージャーや他の部員による相互チェックの体制を確立することも決して困難なことではないと考えられる。顧問教師らは、練習を巡回監視する際に気が付けばその場で指導していたことが認められるが、河川の周囲の状況の観察、個々の部員の漕艇技術のコーチ等の目的を兼ね備えた巡回では、マリンポーチの着け忘れについて見落しがあったとしても不思議なことではないし、本件事故もAのマリンポーチ着け忘れが見落とされた状況下で発生したものであると認められ、救命具の装着指導という点に関しても顧問教師らの指導は甚だ不十分であったと認められる。」

としたうえで、

「このように、被告の履行補助者たる顧問教師らが現実に行っていた指導態勢は、部員たるAの生命、身体の安全を確保するための注意義務を怠ったものといわざるをえない。」

と顧問教師らの安全配慮義務違反を認定しました。

そして、裁判所は、

「顧問教師らが、前記安全に対する指導を日常から徹底し、安全配慮義務を履行していたならば、Aも、水泳技術を身に付ける機会が得られ万一の艇転覆の際にも救命具が作動して水面に容易に浮上することができ、冷静さを失うことなく艇につかまって救助を待つなど適切な対処をすることが可能であっただろうことは十分に予想できるから、顧問教師らの義務違反と本件事故発生の結果との間には、相当因果関係があるものというべきである。」

として、

「被告は国家賠償法1条に基づき、本件事故によって原告らの被った損害を賠償する義務がある。」

と判断しました。

過失相殺について

他方で、裁判所は、本件事故の発生については、Aにも相当の過失があるとしました。

まず、裁判所は、

「一般に高校二学年に在籍する者は、判断力については成人に比していまだ十分でない点が多々あるものの、自己の生命、身体に関する危険を予測する能力については成人に比して特に劣るものとは認め難いところ、ことに、本件のようにボート競技のクラブ活動に参加して競技大会にも何度か出場するなど一定の経験を積んだ高校生は、危険の伴う練習にその内容や具体的危険を十分了知したうえで自己の意思に基づき参加するのであるから、正課の授業の場合と比較してもより一層に自己の生命・身体の安全に配慮すべき注意義務を負うものと考えられる。」

とした上で、

「本件クラブ活動においては、生徒の生命・身体の安全を保持する責任をもっぱら顧問教師及び学校の管理責任者が負っていると解するのは相当でなく、部員である生徒自身もまた同様に責任の一端を担っていると解するのが相当である。」

と判断しました。

そして、裁判所は

「Aは、ボート部に入部する際殆ど水泳能力がなかったものであり、入部後間もなく艇から水中に転落する事故に遭遇した経験を持っていたのであるから、艇の転覆という不測の事態に遭遇した場合、とっさに呼吸を止めて艇の方向を見定め、浮き上がって艇につかまる等の適切な方法をとることができず、水に対する恐怖心等からパニック状態に陥り溺水の結果を招来するかもしれないことは十分予見できたものと推認される。したがって、Aとしては、自主的に水泳の訓練の機会をみつけて艇の転覆に対処できる程度の泳力を身につけておくべきであったと考えられる。」

「またそれとともに練習の際の救命具の使用の徹底は必ずしも万全なものでなかったが、少なくともAに関しては、漕艇競技につき相当の経験を積み、知的能力も高かったのであり、自己の水泳能力の不十分さからすれば、万が一の艇からの転落に備えて自主的に救命具の必要性を認識し、漕艇練習の際には必ずこれを装着して臨むべきであったと考えられる。」

「しかしながら、Aは、水泳の訓練を自主的に行うこともなく、事故当時の泳力は全く泳げなかったか最大限に見ても辛うじて犬かきができる程度の全く不十分なものであったのであり、Aは、この程度の泳力しかなかったにもかかわらず、救命具を身に付けることもなく漕艇練習を開始した。」

「さらに、Aの艇が転覆した原因は、事故後クラッチ部分を含め艤装品に全く異常がなかったことからすれば、Aがクラッチピンを締め忘れたか、十分に締めていなかったためであると推認される。Aは、シングルスカル艇のバランスを保つためにはオールを固定するクラッチピンを確実に締めてオールが艇から外れないよう注意すべきであった。」

と、A自身の過失の内容を指摘し

「本件事故の発生については、Aが上記の基本的な注意義務を怠ったことが、その原因の一つとなっていることは否定できない。」

として、

「Aの右過失は基本的な注意義務を怠ったものであるが、Aが判断力の未だ未熟な高校生であることをも考慮すれば、その割合を5割として斟酌し原告らの損害額からそれぞれ減ずるのが相当であると認められる。」

と判断しました。

初心者だからこそ徹底した安全管理が必要

この裁判例の判決を読んで、私は「この生徒はどうしてもボート競技をやりたかったのだろう。」と思いました。

この生徒は、自分が泳げないことはもちろん自覚していたと思います。

水に対する恐怖心もあったことでしょう。

この事故の前にも、入部後に艇から水中に転落したこともあるようで、その時も相当な恐怖を感じたと思います。

それでもなお、ボート部を退部することなく、練習に励んでいたのだと思います。

それは、ボート競技への憧れや興味を持ったからにほかなりません。

もともとスポーツは人生を豊かにするために行うものといえます。

しかし、命の危険を冒してまでやるべきものではありません。

指導者の側も、生徒や選手に命がけでスポーツをやらせるべきではありません。

憧れや興味を持ったとしても、そのスポーツをするにあたって必要不可欠といえる素質や能力がないのであれば、むしろやらせるべきではありません。

それでもなおできる範囲でそのスポーツをやりたいという生徒や選手がいるのであれば、あらゆる事故の危険性を想定した上で、徹底した安全管理を図るべきだと思います。

Contact

お問合わせ

お電話でのお問い合わせはこちら

092-409-9367

受付 9:30~18:00 (月〜金)
定休日 土日祝

フォームでのお問い合わせはこちら

Contact Us

Top