私立高校ラグビー部における罰走により熱中症を発症し死亡した事故についての学校と監督の責任

2018.12.11 体罰 熱中症・自然災害

静岡地方裁判所沼津支部平成7年4月19日判決

事案の概要

本件は、原告らの子であるXが、被告学校法人が設立し運営している甲高校ラグビー部の夏季合宿に参加していたところ、他の高校との練習試合で負けたため、ラグビー部の監督である被告Yの命令により猛練習を行った結果、呼吸困難になって倒れ、近くの病院に搬送されたものの多臓器不全により死亡するに至った事故について、原告らが被告Y及び被告学校法人に対し、不法行為及び使用者責任に基づき、損害賠償を請求した事案です。

被告Yは、ラグビー部の選手として高校時代から活躍していましたが、甲高校のラグビー部の監督としては、時に感情的となって、ラグビー部員に対し、威圧的に大声を出したり、蹴飛ばすなどの暴力を振うこともありました。

当時、ラグビー部の校内の練習や合宿の練習メニューは、すべて監督である被告Yが計画して実行し、同部のコーチで甲高校の教諭であるT教諭は、被告Yの補助を行うにすぎませんでした。

また甲高校の教諭ではありませんでしたが、被告Yから依頼されたMコーチが、同部のフィットネスコーチとして、部員に対し、ウェイトトレーニング、筋力トレーニングを中心に指導していました。

ラグビー部の実質的な指導者は被告Yであり、時々、Mコーチが、休息日等について被告Yに意見したことがありましたが、部員を含め他の者は被告Yに意見をすることができないような雰囲気でした。

そのため、部員は体調が悪いときでも監督に休みたいと言いにくいので、無理して練習に参加してしまうこともあり、練習においても監督に命じられるまま、体力と気力の限界まで頑張ってしまうような状況にありました。

甲高校では、毎年夏には必ず合宿を行っていましたが、その際、校外合宿の前に、全員で校内合宿をするのみであり、全校一斉に行われる身体検査以外に、合宿前に、特にメディカルチェックを行うことはありませんでした。

Xは、ラグビー部の一軍のレギュラーとして、真面目に活動をしていましたが、平成2年6月ころ、アキレス腱を痛め、同年8月3日まで、整形外科病院に通院し治療を受けていました。

Xは、通院治療中も、ラグビー部の練習に参加していましたが、十分に走ることができず、練習中ラグビー部員に背負われて運ばれるようなこともありました。

甲高校ラグビー部は、平成2年8月1日から同月3日まで校内合宿をしました。

その際、T教諭はコーチとして合宿に参加しましたが、被告Yは、ラグビーのB級指導者のライセンスを取得する準備のために校内合宿には参加しませんでした。

その後、ラグビー部は、4日から9日まで苗場合宿を行いましたが、4日の午後に行われた乙高校との練習試合の際、Xは、アキレス腱炎のため、十分に走れませんでした。

被告Yはライセンス取得準備のため、練習に参加しませんでしたが、MコーチがXの状態を見ていて、翌朝、4日の晩に苗場合宿に合流した被告Yに対し、Xから聞いていた病状を報告しました。

そこで、被告Yは、Mコーチ、Xと話し合った結果、Xに対しては、他の部員と異なった練習メニューとして、「走らせない」、「事前練習(試合前練習)、アフター練習は行わせない」、「事前練習の際、Mコーチの指導のもと、筋力トレーニング等を行う」、「スクラムの練習は行い、練習試合には出る」という内容の練習を指示し、9日から12日まで実施予定の長野県菅平高原での本件合宿では、最終日まで、Xは右内容のアキレス腱炎に配慮した練習を中心に行い、走る練習は控えていました。

本件合宿の最終日である12日は、全員午前6時に起床し、午前6時30分に食事をとった後、午前7時20分頃から、佐久山荘グラウンドにて練習を開始しました。

その後、午前8時頃から、丙高校と半サイド(所要時間30分)の練習試合を行い、引き続き丁高校と半サイドの練習試合を行いました。

Xは、いずれの練習試合にも参加しました。

被告Yは、Xらが練習試合のいずれにも負けたことに立腹し、試合後休息をとることもなく、アフター練習として、Xら部員に対し、約65メートルの距離を合計15往復するランニングパスの練習と、二人一組で行うタックル(生タックル)の練習を命じてこれを実施したうえ、最後に更にランニングパス3往復を命じて行わせました。

アフター練習は約1時間に及びました。

ランニングパスは、二人以上の者が走りながらパスを出し合うものであり、走れない者にとっては、他の者について行かなければならず、非常に肉体的疲労と苦痛を伴う激しい運動であり、また、生タックルは、人間を相手にタックルをする練習であり、ラグビーの練習の中では最も危険なものの一つとされており、疲労している者にとっては非常に危険な練習でした。

Xは、右アフター練習中、アキレス腱を痛めていたため、ランニングパスでは十分な走りができず、苦しそうで息があがっていました。

しかし、被告Yは、「Xだけ走れていない」と叱責し、更にX一人にランニングパスを続行するよう命じました。

Xは、被告Yに命じられるまま、疲労をこらえてランニングパスを続行しましたが、その走り方は、足が返らずよたよたとし、足を固定したロボットが走るような感じで、何度か倒れました。

Xは、その都度「先生走れません」と言いましたが、被告Yがこれを聞き入れず、被告Yから「走れないなら部活をやめろ」と叱責され、再び走り始めたものの、また倒れるといった状態でした。

これに対し、被告YはXの襟首を掴んで走らせました。

そのうちXは、走ろうとしても前に走れず、後方に後退する状態となり、遂に力尽きて倒れました。

被告Yは、倒れて立ち上がれなくなったXに対し、やかんで水をかけたりしましたが、Xは、意識朦朧とし、過呼吸の状態であり、「ここはどこだ」という問い掛けに対しても、まともな返答もできず、そのうち舌を巻き出しました。

そのため、被告Yは、Xを車で地元のS診療所に搬送しました。

S診療所での診断の結果、Xに意識障害(昏睡)、過呼吸、血圧低下等が認められたため、Xは更にK病院に移されました。

K病院への搬送時のXの所見は、昏睡状態、四肢の動きなし、瞳孔は正円、正常大であるが、両側対光反射は著名に鈍、著名な過呼吸、頻脈、血圧は変動大、過高熱(39.6度)、脱水症状が認められるというものであり、搬送時の時点で既にかなり悪い状態でした。

そして、Xは、K病院における必死の治療の効もなく、同日午後2時14分、多臓器不全で死亡しました。

ところで、甲高校ラグビー部においては、練習の最中に、監督の許可なしに水を飲むことは禁止されていました。

そして、本件事故日、被告Yは、部員に対し、午前7時20分ころからの練習開始以後本件事故の発生まで、部員らに対し、水を飲むことを全く許可していませんでした。

裁判所の判断

被告Yの責任について

裁判所は、ラグビー部の監督である被告Yについて

「被告Yは、甲高校の教諭であり、ラグビー部の監督であるから、同部の合宿による部活においては、生徒部員の生命身体に不慮の事故が発生することのないよう、とりわけ、熱中症の起こる可能性の極めて高いことが認められる夏季合宿においては、生徒部員が熱中症に罹患しないよう適切な措置を講ずべき注意義務が同被告にあることは明らかである。」

とした上で、本件事故については

  • Xは、アキレス腱炎のため、苗場合宿及び本件合宿において、他の部員より練習量が少なく、特に走り込みの練習は全く行っていなかったことから、走ることを主体とする運動においては、他の部員より体力の消耗や疲労か激しいことが予測されたといえる。
  • 本件当日は、Xら部員は、午前7時20分ころから練習を開始し、午前8時ころから約1時間にわたって練習試合を行ったうえ、ほとんど休息を取らないまま、アフター練習として、約1時間に及ぶランニングパスと生タックルの練習を被告Yから課され、これを実施したのであるが、ランニングパスの練習は非常に肉体的疲労と苦痛を伴う激しい運動であり、また、生タックルの練習は危険な練習であるから、これらの練習を右練習試合後休息なしに行わせることは、これを行う者に対し多大な肉体的、精神的苦痛を与えることになるのであって、アキレス腱炎のため練習量が少なく相対的に体力の劣るXにとっては、右アフター練習は他の部員以上に肉体的、精神的に過酷な練習となることが明らかである。
  • 熱中症の予防には水分の補給が重要であり、このことは被告Yも十分承知していたことが認められるところ、本件事故当日被告Yは午前7時20分ころからの練習開始以降アフター練習の終了まで部員に対し水分を与えなかった。
  • 本件事故当日は多湿であることが一般的な夏季の8月中旬のことであり、気温も約22、3度とさほど高温ではないにしても、熱中症の発生を全く考慮に入れる必要のないほどに低いものであったともいい難い。
  • Xは、アフター練習としてのランニングパスの練習中苦しそうで息があがっていた。

などの事実を認定し

「本件事故当日の気象要因のほか、練習試合までの運動に加え、アフター練習としてのランニングパス等の激しい運動の内容とその量や、ほとんど休憩も取らずにアフター練習が課されたなどの運動要因、Xの従前の練習量の不足と他の部員に比し劣る体力や、アフター練習に至る約1時間40分の間及びこれに引き続くアフター練習中全く水分補給がなされていないなどの同人の個体要因、さらに、Xがアフター練習としてのランニングパスの練習中苦しそうで息があがっていたことなどを総合考慮すれば、ラクビー部の監督である被告Yとしては、ランニングパスの練習中Xが右身体の不調を見せた時点において、熱中症の発症を予見し得たものというべきであるから、直ちに同人の練習を中止し、全身状態を十分観察したうえ、同人を休ませて水分を補給させる等の措置をとるべき注意義務があったというべきであり〔財団法人日本ラグビーフットボール協会発行の「ラグビーフットボールにおける安全対策」と題する冊子によれば、熱中症の予防として、選手の様子を観察することが重要であり、顔色が悪かったり、動きが鈍かったり、ふらつくような場合は、直ちに休ませて、水分を補給させる必要があることが認められる。〕」

「また、熱中症の発生を念頭に置かないまでも、前記のような状態にあったXに対しては、少なくとも、その状態を気遣い、右同様の措置をとるべき注意義務があったといわざるを得ない。」

としました。

その上で、裁判所は、

「被告Yは、アフター練習としてのランニングパスの練習中、Xが苦しそうで息があがっていたのにもかかわらず、同人に対し直ちに練習の中止を命じて休ませ、その全身状態を十分に観察することを怠ったうえ、水分の補給等の措置を取ることもしなかったのみか、Xの様子を単純に「Xだけ走れていない」と判断し、同人に対し更にランニングパスの練習を命じてこれを実施させ、同人の身体状況を更に悪化させたことは明らかであり、したがって、被告Yには右注意義務に違反した過失があるといわなければならない。」

と被告Yの過失を認定しました。

また、裁判所は、

「被告Yが右注意義務を尽くし、ランニングパス練習中のXの右体調の不調を認めた時点でXを直ちに休ませ、同人に水分を補給させるなどの措置を講じていれば、Xが、熱中症に罹患し、もしくは既に罹患していた熱中症を更に悪化させ、死亡するに至ることはなかったといえるから、被告Yの右注意義務違反と本件事故との間には因果関係があるものといわざるを得ない。」

と被告の過失とXの死亡との因果関係を認めました。

これに対し、被告Yは、

「本件事故当日の気象環境からして、熱中症を疑うような状況ではなかったから、Xが熱中症に罹患することは予想できなかった」

と主張しました。

確かに、被告Yが日頃から読んでいた「ラグビーフットボールにおける安全対策」と題する冊子には、温度が27度以下で相対湿度が70パーセント以下の場合には、ラグビーの練習に際し特に予防処置は不要である旨の記載がありました。

しかしながら、裁判所は、

  • 本件事故当日の湿度についてはこれを明確にし得る証拠はないのみか、被告Yが本件事故当日の気温及び湿度を計測したことはなく、被告Yは正確な気温と湿度を知らなかったこと
  • 本件事故当日の気温は22、3度であって右27度と大きくかけ離れた温度でもなかったところ、「ラグビーフットボールにおける安全対策」と題する冊子には、前記記載はめやすである趣旨の記載もあり、一方において、熱中症を起こす要因としては、気温、湿度等の環境要因のほか、個体要因や運動要因も関わる旨の記載も存在すること
  • 被告Yのような運動指導者のための市販の概説書があり、運動指導者は概説書によって熱中症の知識を得ることが可能であること
  • 概説書には、熱中症は、春や秋にも発生しており、冬でも気温がある程度上昇すると、トレーニング不足の人が無理な運動をすると起こる旨の記載や、WBGT(黒球湿球温度)(=0.7×湿球温度+0.2×黒球温度+0.1×乾球温度)が18度以下の場合、危険性が低いが、熱障害は起こりうるのでやはり注意が必要であるとの記載があり、運動指導者はこれらの知識をも容易に得られることが認められること

から

「被告Yのような運動指導者にとって、気温が27度以下の22、3度であり、わずかな風があったが、湿度は不明という気象状況から、直ちに、ラグビーのような激しい運動の場合に、どのような練習をしても熱中症は起こらないとの認識か一般的であったとはいい難く、したがって、被告Yの前記主張はこれを採用し難い。」

と被告Yの主張を排斥しました。

以上より、裁判所は、

「被告Yには、本件事故につき民法709条の過失責任がある。」

と判断しました。

被告学校法人の責任について

裁判所は、

「被告Yが本件事故当時被告学校法人の設置した甲高校の教論であったことは当事者間に争いがなく、被告Yが被告学校法人のラグビー部の監督として同部の合宿練習の指導に当たっていた際、その過失により本件事故を惹起したことは既に述べたとおりである。」

として、

「被告学校法人は被告Yの使用者として民法715条1項によりXが本件事故により蒙った損害を賠償すべき義務がある。」

と判断しました。

「しごき」による事故の責任は重い

本件においては、練習試合後にアフター練習が行われました。

その練習は、技術の向上や体力の増強等を目的とした練習ではなく、むしろ練習試合に負けたことに対して生徒に「しごき」ともいうべき練習を課したものでした。

その結果、Xは熱中症に罹患し、多臓器不全で死亡しました。

いうまでもないことですが、罰走も体罰の一類型です。

その結果、生徒が死亡するに至ったわけですから、本件は体罰が原因となった死亡事故だと位置づけることもできます。

その責任は非常に重いというべきです。

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