スキューバダイビング講習で「責任を追及しない」との書面を提出していた場合の損害賠償請求

2018.10.26 スポーツ中の事故

東京地方裁判所平成13年6月20日判決

事案の概要

本件は、被告会社主催のスキューバダイビング講習会に参加した原告が、同講習会の練習海域に移動する途中で溺れた事故について、同講習会の講師であった被告Yに事故の発生を看過したこと等の過失があるとして、被告Y及びその使用者である被告会社に対し、損害賠償を求めた事案です。

本件事故に至る経緯

原告は、幼少時にスイミングスクールに通うなど水泳の経験があり、大学生になってからはスキューバダイビングに興味を持つようになったが、スキューバダイビングを行うために必要なCカードを取得したいと思っていたところ、友人の紹介で、被告会社の存在を知り、平成9年5月20日、被告会社が主催する有料のダイビングスクールへの参加を申し込みました。

そして、同年6月19日、同月27日にそれぞれパディの学科講習を受講してこれを修了し、同年8月2日、静岡県沼津市にある大瀬崎海岸において実施されるプール実習及び海洋実習を他の本件受講生5名とともに受講することになりました。

本件受講生は、全員、スキューバダイビング未経験者であり、本件講習が初めてのスキューバダイビング経験でした。

本件受講生は、宿泊場所で水着に着替え、ウェットスーツを着用し、さらに、BCジャケットと呼ばれる浮力調整のためのジャケット、マスク、シュノーケルを装着し、午前11時頃から、本件会場の岸から約15メートルほど離れた海中でプール実習を受講しました。

このプール実習は、午後2時30分頃終了し、午後3時過ぎ頃から、海洋実習に入ることになりました。

本件事故の発生

本件講習会の海洋実習を始めた被告Yは本件受講生に対し、予め指定した者同士でバディ(二人一組で行動し、スキューバダイビングを行う際に相互に協力しあうパートナーのこと)を組み、シュノーケルをつけたまま、海岸から約40メートル沖の地点(水深約4.5メートル)まで泳いでいくよう指示をしました。

このとき、原告は友人のAとバディを組むこととなっていました。

被告Yは、本件受講生の先頭に立ち、顔を本件受講生の方向に向けた状態で背泳ぎをしながら沖へ泳ぎ始め、被告Yの後について本件受講生が二列縦隊で泳ぎながら沖の方へ向かいましたが、次第に間隔が開きだしたため、被告Yは、いったん立ち止って本件受講生を待つこととし、やがて本件受講生全員が到着しました(この地点は、海岸から約20メートル離れた水深約1.1メートルの地点)。

本件受講生全員が自らの下に到着したことを確認した被告Yは、本件受講生に対し、同地点からさらに20メートルほど沖に浮かんでいたダイバーやダイビング受講生の集合等の目印として設置されているフロート(重量ある物体と繋留するなどして漂流しないように工夫された浮き輪のこと)に向かって泳いでいくよう指示しました。

被告Yは、この時点まで、本件受講生6名が問題なく泳いでいるように見えたため、顔を本件受講生の方向に向けた状態で背泳ぎをしていた方法を改め、本件フロートの方向に顔を向け、約5秒から7秒に1回ほどの間隔で、本件受講生の方を振り返るようにして泳ぎ始めました。

被告Yは、本件フロートに向かう途中、自分の後ろについてきている本件受講生の数を確認し、人数が一人足りないことに気づいたため、付近の海域を見回してその姿を探したところ、他のダイビング講習に紛れ込みそうになっていたBを発見したため、同女を大声で呼び戻しました。

このとき、被告Yは、Bの動静に気をとられ、原告を含むその他の本件受講生の動静には注意を払っていませんでした。

そして、被告Yは、Bを本件受講生の列に連れ戻した後、さらに海岸から約30メートル(水深約2.1メートル)の地点で本件受講生の数が一人足りないことに気づき、再び付近の海域を見回しましたが、姿が見あたらなかったため、残りの本件受講生に対し、本件フロートに向かって泳いでいくように指示し、自らは、付近の海域を泳いでいなくなった受講生の姿を探しました。

しかし、被告Yは、その受講生の姿を発見することができなかったため、本件フロートに向かい、すでに本件フロートに到着していた残りの本件受講生に対し、相方のバディの確認を求めたところ、Aが原告がいないことを被告Yに申告したため、先刻から姿の見えなくなっている受講生が原告であり本件フロートに到着していないことに気づきました。

そこで、被告Yは、原告の行方を探すために海岸の方へ泳ぎながら戻り、本件フロートから約5メートルほど海岸寄りの地点で原告のものと思われる水中メガネを発見し、その直後に海岸から約30メートルの地点でCが海中から原告を抱き上げて水面上に姿を現しているのを発見しました。

なお、原告が溺水した付近の海水の透明度は約2メートルであり、被告Yも、その付近の海域の見通しが決して良いものではないことを確認していました。

Cは、家族と共に、本件会場においてスキューバダイビングを楽しんでいましたが、海中でフィンを一つ見つけたため、これを持って岸へ向かって泳いでいく途中、そばにいたCの家族が突然悲鳴を発したため、水中に顔を入れました。

すると、原告がマスク、レギュレータ及びシュノーケルがはずれた状態で仰向けになり、海底に足をつけた状態で水中に体を斜めにして沈んでおり、唇の端からは細い糸のような泡が出ている状態であり、すでに原告は意識不明の状態でした。

本件事故後の経緯

被告Yは、原告に人工呼吸を施しながら海岸まで運び、海岸で、さらに人工呼吸、心臓マッサージ等の救急蘇生措置を始めました。

そして、たまたま居合わせた医師が蘇生措置を買って出たり、Cが救急車の派遣を要請するなど、その場に居合わせた者達が原告の救護に努めた結果、原告は一命を取り留めましたが、低酸素脳症による重度の障害が残り、身体障害者二級の認定を受けました。

免責同意書

原告は、本件講習会に参加するにあたり、被告会社に対して免責同意書を提出していました。

免責同意書には、

「私は、このコースに参加した結果として、コースの参加に関連して私自身に生ずる可能性のある傷害その他の損害の全てについて、私自身が責任を負うものであり、潜水地の近くに再生チャンパーがない場合もあることを了承した上で、コースを実施することを希望します。」

「私はこのダイビングコースに関連して、私、または私の家族、相続人、あるいは受遺者に傷害、死亡、その他の損害が結果として生じた場合であっても」インストラクター、ダイビングストアー及びパディが、「いかなる結果に関しても責任を負わないことに同意し、また、このコースへの参加が許可されたことを考慮して、このコースに生徒として参加している間に私に生ずる可能性のある、いかなる傷害その他の損害についても、予測可能な損害であるか否かにかかわらず、その責任の全てを私が個人的に負うことに同意します。また、上記の個人・団体及びこのプログラムが、私あるいは私の家族、相続人、受遺者その他の利害関係人から、このコースへの私の参加を原因とするいかなる告発も受けないようにすることに同意します。」

「この文書は、発生しうる個人的傷害、財産の損害、あるいは過失によって生じた事故による死亡を含むあらゆる損害賠償責任から」インストラクター、ストアー及びパディを「免除し、請求権を放棄することを目的とした」原告の「意思に基づくものです。」

との記載がありました。

裁判所の判断

被告Yの過失について

まず、裁判所は、

「スキューバダイビングは、人が呼吸することのできない水中において、空気を補給する装置を利用して自由に遊泳等をするスポーツであるが、行動、交信あるいは呼吸等の点において、極めて強い制約を受ける水中下のスポーツであることから、一つ間違えば、直ちに生命の危機に関わる事態となる可能性が高い上、初心者や未経験者においては、講師の適切な指示等がなければ、安全な遊泳をすることが困難であるばかりでなく、異常な事態が発生した場合にはこれに即応して適切な措置をとることができない可能性も高いことが認められる。

そうすると、スキューバダイビングの経験が全くない者に対して水中での講習会を行う場合の講師には、このような危険性を踏まえ、極めて高度の注意義務が課されるものというべきであり、具体的には、スキューバダイビング講習会の受講生の動静を常に注視し、受講生に異常が生じた場合には直ちに適切な措置や救護をすべき義務を負うと解するのが相当である。」

と、スキューバダイビング講習会講師の負う注意義務の内容を示しました。

その上で、裁判所は、被告Yの過失について

「本件受講生はいずれもスキューバダイビングの経験が全くない者達であり、被告らは、そうした全くの未経験者に対し、比較的安全なプールでの講習を経ることなく、最初から海中でプール実習(限定海域実習)及び海洋実習を実施し、しかも、このような経験のない受講生6名に対し1人の講師が指導する方法を採ったことが認められる。

しかし、海中は、水深が一定で波がないなど比較的安全で心理的な不安が少ないプールと比較して、水流や波動だけでなく水深の変化もあるなど客観的に危険であるだけでなく、人に危険を意識させ、不安な心理状態に陥らせる場所であることから、初めてダイビングの器具を装着したばかりで操作に不慣れな本件受講生が、受講中に器具の操作を誤ったり種々の混乱を来すなどして、不測の事態が発生することは十分考えられることであり、万一受講生に異常が生じたときでも、場所が海中であるため地上におけるのと同様な迅速な対応や救護等をすることができないことを考えると、スキューバダイビングの経験が全くない本件受講生6名を1人で指導した被告Yには、受講生の動静を常に注視し、受講生に異常が生じたときは直ちに適切な措置を施し、必要な場合には直ちに適切な救護をすることにより、事態の深刻化を未然に防止する義務があったというべきであり、このことは受講生の安全を確保すべき講師としてもっとも基本的な注意義務に属するといわなければならない。」

とした上で、

「被告Yは、本件受講生を率いて本件フロートに向かう途中、一旦停止して本件受講生の態勢を整えたが、その後は、背泳ぎしながら進行して常時本件受講生の動静を注視していたそれまでの方法を、前方のフロート方向を見ながら泳ぐ方法に改め、後方に続く本件受講生の動向は5秒から7秒に1回程度しか振り返って確認しなかったため、本件受講生の動向の把握が不十分となり、海岸から約30メートルの地点(水深約2.1メートル)で原告を見失い、原告が溺水したことに全く気づかなかったものと認められる。

そうすると、被告Yには、本件受講生の動静を常に注視し、受講生に異常が生じた場合には直ちに適切な措置や救護をすべき義務に違反した過失があり、その結果、原告を速やかに救護することができず、前示のような受傷と後遺症を原告にもたらしたものと認められる。」

と判断しました。

この点について、被告らは、

「被告Yがバディシステムを採用し、バディを組んだ受講生が相互に注意するようにさせるなどの措置を講じていたから、本件受講生の動静に対する注視に問題はなかった」

と主張しましたが、裁判所は

「本件受講生のような全くの初心者ばかりの集団においては、他人のことまで気を配る余裕がなく、自分のことで精一杯という状況になりがちであることは容易に推認でき、相互監視を本件受講生に求めること自体に無理があると考えるのが自然であるし、実際にも、原告とバディを組んでいたAは原告を見失っていること、Bも自らのバディを見失い、別の講習会に迷い込みそうになったことがそれぞれ認められるのであるから、バディシステムの採用が直ちに被告Yの注意義務を軽減させることにはならないというべきであり、被告Yがバディシステムを採用したことは前記認定と判断を何ら左右するものではない。」

として、被告らの主張を認めませんでした。

免責条項の有効性について

被告らは、

「原告が免責同意書の内容を承諾の上、署名捺印しているから、本件事故について被告らの責任を問うことはできない」

と主張しました。

しかし、裁判所は

「スキューバダイビングは、一つ間違えば直ちに生命に関わる危険のあるスポーツであり、水中で行われる講習においてもこれと同様の危険があることは容易に理解できるところである。

しかも、講習会の講師はスキューバダイビングの知識と経験を有しているのに対し、受講生はそのような知識や経験に乏しいのが通例であるから、そのような危険なスポーツに関し、対価を得て講習会を開催する場合、専門的な知識と経験を有する講師において受講生の安全を確保すべきは当然の要請であるといわなければならない。」

とした上で、

「このような観点からすれば、人間の生命・身体のような極めて重大な法益に関し、免責同意者が被免責者に対する一切の責任追求を予め放棄するという内容の前記免責条項は、被告らに一方的に有利なもので、原告と被告会社との契約の性質をもってこれを正当視できるものではなく、社会通念上もその合理性を到底認め難いものであるから、人間の生命・身体に対する危害の発生について、免責同意者が被免責者の故意、過失に関わりなく一切の請求権を予め放棄するという内容の免責条項は、少なくともその限度で公序良俗に反し、無効であるといわざるを得ない。」

と判断しました。

また、被告らが

「軽過失による損害について免責するという限度で免責条項は有効である」

と主張した点についても、

「スキューバダイビングは、一つ間違えば直ちに生命に関わる危険のあるスポーツであり、しかも、本件受講生がいずれも初めてスキューバダイビングを体験することは被告Yもこれを承知していたのであるから、同被告は海中での講習中、本件受講生の動静を常に注視し、本件受講生に異常が生じた場合には直ちに適切な措置を施し、必要な場合には直ちに適切な救護を行うべき義務を負っていたにもかかわらず、被告Yは本件受講生の先頭を切って進み、沖に向かい始めた段階ですでに本件受講生の二列縦隊の間隔が開き始めるなどの問題があることを知りながら、途中から、本件受講生の方向を見ながら背泳ぎしていたそれまでの泳ぎ方を、前方を見て泳ぎ、本件受講生の方向は、数秒間に1回程度振り返って見るという泳ぎ方に変更し、原告を含む本件受講生の動向の注視を怠ったことがそれぞれ認められるのであり、そのため、原告の動向の把握が十分でなく、原告が溺水したことに気づかず、直ちに救護することができなかったといわなければならないから、被告Yの前記過失は重大であるといわざるを得ない。」

として、

「前記免責条項について被告ら主張のような解釈をしたとしても、被告Yには重大な過失があるから、その責任を免れることはできないというべきである。」

と判断しました。

免責同意書の有効性について

「事故が起きても責任を追及しません」というような、相手方の責任を追及しないことを約束した書面を「免責同意書」といいます。

本件のようなスキューバダイビングだけでなく、スポーツジムや旅行などに参加する場合にも同様の内容の書面に署名するよう求められることがあります。

この免責同意書の効力について、本件の裁判所は

「人間の生命・身体に対する危害の発生について、免責同意者が被免責者の故意、過失に関わりなく一切の請求権を予め放棄するという内容の免責条項は、少なくともその限度で公序良俗に反し、無効である」

と判断しました。

ただ、免責同意書が無効であるというだけで、事故が発生すれば必ず損害賠償請求が認められるというわけではありません。

運営会社や担当講師などに不法行為責任あるいは債務不履行責任が認められなければ、損害賠償請求は認められないこととなります。

では、そもそも無効であるはずの免責同意書をなぜ運営会社は作成させるのでしょうか。

免責同意書には「事故が起きても責任を追及しない」と記載されていることから、署名する際には「何らかの事故が起きても、それは自己責任である」ということを予め認識することになります。

そして、免責同意書は、自らの生命や身体に対する危険が大きいからこそ署名を要求されるという側面があります。

つまり、運営者側だけにまかせるのではなく、自らも生命や身体を守るために十分な注意を払うことを求められているともいえます。

そのことを考えると、仮に何らかの事故が発生し、運営者側に安全配慮義務違反などが認められて被害者による損害賠償請求が認められるとしても、他方で被害者側にも事故を未然に防ぐための措置をとるべきであったのにそれを怠ったという意味で、過失相殺の問題があるということになります。

「免責同意書は無効だから、何かあっても損害賠償請求は認められる」と安易に考えてはなりません。

免責同意書を提出するということは、それだけ生命や身体の危険があることを行おうとしているのだということを十分に理解したうえで、安全に対する意識を高く持つことが必要だと思います。

Contact

お問合わせ

お電話でのお問い合わせはこちら

092-409-9367

受付 9:30~18:00 (月〜金)
定休日 土日祝

フォームでのお問い合わせはこちら

Contact Us

Top