スキューバダイビングのライセンス取得ツアーの講習中、受講生が海水を誤飲して溺死した事例

2019.02.20 スポーツ中の事故

大阪地方裁判所平成17年6月8日判決

事案の概要

本件は、原告らの子Aが被告会社の主催するスキューバダイビングのライセンス取得ツアーの講習中に体に変調を来しその後死亡した事故について、原告らが、Aのインストラクターを担当した被告Yに対してはダイビングの講習につき過失があったことを理由とする不法行為責任、被告会社に対しては被告Yの不法行為についての使用者責任に基づき、損害賠償を請求した事案です。

本件ツアーは、被告会社によるダイビングスクールの受講及び沖縄県内の海洋実習地への旅行等を内容とするものであり、海洋実習地での実習は、日程を2日間とし、プール実習と海洋実習からなるものであり、PADI(指導団体のひとつ)発行のCカード(ダイビングの指導団体からダイバーとしての知識と技術があると認められた者に与えられる認定証であり、これがないと国内外のダイビングショップで潜水機材を借りることができないとされている。)の取得を目標とするものでした。

Aは、原告X1、原告X2とともに、平成14年5月ころ、本件ツアーの参加を申し込みました。

Aらは、平成14年7月24日ころ、大阪市内で学科講習を受講しました

Aは、事前に渡されていたダイビングの教本やビデオで勉強していたため、学科講習の成績は良好でした。

A、原告X1、原告X2は、平成14年7月29日午後、沖縄へ向けて出発し、同日夜、沖縄県本部町所在のホテルに宿泊しました。

29日は、移動日に当てられたため、被告会社から本件講習についてのオリエンテーション等が実施されることはありませんでした。

Aらは、翌30日午前9時ころ、被告会社のスタッフに引率されて、沖縄県国頭郡所在の被告会社の経営するダイビングショップに到着しました。

Aらは、ダイビングショップにおいて、所定用紙の記入を行うとともに、被告Yと対面し、被告Yから、当日の予定、本件講習の内容等について説明を受けました。

Aらは、同日午前9時40分ころ、ホテル内のプールに移動して、プール実習を開始しました。

プールの水深は、約1・2m程度で、Aらの胸から腰ぐらいの深さでした。

プール実習においては、

  • 機材セッティング
  • 呼吸練習
  • レギュレータークリア(レギュレーターは、タンク内の空気を口に運ぶ機材であり、レギュレータークリアは、レギュレーターの中に入った海水を、レギュレーターに息を吹き込むなどして排水する技術をいう。)
  • レギュレーターリカバリー(水中でレギュレーターを一旦口から取り外した後に再度装着する技術をいう。)
  • マスククリア(マスク内に侵入した海水を鼻から息を出すことでマスク外に排水する技術をいう。)
  • マスク脱着(水中でマスクを一旦顔面から取り去った後、再度顔面に装着して、マスク内に鼻から空気を注入し、マスクに入った海水を排水する技術をいう。)
  • 中性浮力
  • 水中移動
  • 水面移動

の順で訓練を行いました。

被告Yは、各実技の手本を示した後に、原告X2、原告X1、Aの順に各実技の実演を行わせ、各自の到達度を確認しました。

Aは、機材セッティング、呼吸練習、中性浮力、水中移動、水面移動の訓練は通常にこなせたものの、レギュレータークリア、レギュレーターリカバリー、マスククリア、マスク脱着の訓練に手間取り、レギュレータークリア、レギュレーターリカバリー、マスククリアについては各2・3回、マスク脱着については1・2回、合計で10回以上水中から立ち上がって訓練に失敗していました。

被告Yは、各人が実技に1回成功すれば次の実技に移行していたため、Aが各実技につき数回失敗していても1回成功すれば、次の実技に移行しました。

Aらは、予定を約2時間延長した同日午後2時前ころにプール実習を終えて、ダイビングショップに戻りました。

Aと原告X2は、ダイビングショップで昼食をとった後に、被告Yから、午後の講習につき説明を受けました。

被告Yは、リラックスさせるために海に慣れることを勧めるとともに、呼吸を常に一定のペースですること、耳抜きをこまめにすることをアドバイスしましたが、海水を誤飲した場合等のトラブルへの対処方法は特に説明しませんでした。

原告X1は、プール実習での訓練中に気分が悪くなったため、午後からの海洋実習をキャンセルしました。

そのため、A及び原告X2の2人が午後からの海洋実習を受講することになりました。

被告Yは、Aらの体調を質問した上、同日午後3時ころ、Aらを引率して沖縄県国頭郡のビーチに移動し、同日午後3時10分ころ、同ビーチから海洋へエントリーして、本件ダイビング地点まで泳いで向かいました。

本件ダイビング地点まで泳ぎ着く途中の沖合約50mの地点で、Aが疲れた様子で遅れ出したので、被告Yは、Aらに対し、一旦、海面で浮かんだまま休憩をするよう指示しました。

その後、Aの呼吸が整ったことから、Aらは、移動を再開し、本件ダイビング地点の海上に到達しました。

Aらは、同日午後3時27分ころ、本件ダイビング地点の海上に着いた後、同所に設置されたブイから伸びているロープに沿って水深約4.2mの海底に潜行しました。

海底に着くと、Aらは、被告Yに向かって左から、A、原告X2の順で、被告Yに向かいあう形で、海底に膝をついて立ちました。

Aらは、海底で、プール実習と同様、呼吸練習、レギュレータークリア、レギュレーターリカバリー、マスククリア、マスク脱着の順で訓練を行いました。

海底での訓練は、被告Yがまず手本を見せた後に、原告X2、Aの順で各実技を実演するという形で行われました。

Aらは、マスククリアまでの訓練を終了し、マスク脱着の訓練に入り、Aの順番になった際、同女は、ためらうような仕草を見せましたが、その後、思い切った様子で一気にマスクを外しました。

Aは、マスクを外した直後、鼻をつまむような仕草をして、苦しい表情で、海底から膝を浮かして立ち上がろうとしました。

被告Y、原告X2は、Aが浮き上がらないようAのBCジャケットないし腕を押さえました。

被告Yは、Aにマスククリアをさせようとして、マスクをAの顔面に押し当てました。

その後、被告Yは、原告X2に対し、海底に止まるよう手で指示をしてから、Aとともに、泳いで海面に浮上しました。

海面浮上後、Aは、口からレギュレーターを外し、被告Yに対し、「苦しい」「息ができない」と訴えました。

被告Yが、「水を飲んでしまいましたか」と尋ねると、Aは、「はい」と返事をしました。

被告Yは咳き込んで海水を吐くよう指示しましたが、Aは、「出来ない」「苦しい」と答えるばかりでした。

被告Yは、しばらくAと言葉を交わしていましたが、Aは、約2、3分後に意識を失いました。

被告Yは、Aが意識を失い、呼吸が困難になったことから、Aを海面で仰向けにして気道を確保しながら、人工呼吸を行いました。

被告Yは、Aの装着していた機材を順次外すとともに、自身の機材も外して浮力を確保しながら、原告X2を海底に残したまま、その場で、Aへの人工呼吸を続行しました。

その後、別のダイビングの講習を行っていたGらが、ブイから約20ないし30m離れた位置でAと被告Yが浮かんでいるのを発見しました。

Gらは、被告YがAのレスキューをしていることを確認すると、救急車の手配をするとともに、被告YとともにAを海岸へと曳航し、海岸到着後交互に人工呼吸を行いました。

なお、原告X2は、Gから促されて海上に浮上し、Gが連れていた客に連れられて海岸に到着しました。

本部町今帰仁村消防組合は、同日午後4時37分、通報を受け、救急活動を開始しました。

同組合の救命隊員らは、同日午後4時41分、現場に到着しましたが、到着時のAの状態は、呼吸、脈及び対光反射がいずれも認められず、瞳孔散大(左右各5mm)が認められ、心肺停止の状態でした。

同隊員らは、Aに対し、心肺蘇生のための応急措置をとり、同日午後5時03分、沖縄県立北部病院に搬送しました。

救急車には被告Yも同乗しました。

Aは、同日から同病院において入院診療を受けましたが、同年8月8日午後4時05分、死亡しました。

Aについて作成された死体検案書には、直接死因として「溺死」の記載がありました。

裁判所の判断

被告Yの本件ダイビング講習における過失について

まず、裁判所は、

  • スキューバダイビングは、自給式呼吸装置を用いて行う潜水をいい、呼吸等において強い制約を受ける上、水圧、窒素濃度等により身体的にも強い負担がかかるものである。
  • したがって、水中で呼吸しながら活動するということは人間にとっては特殊な環境にあるというべきであり、それだけで強度な精神的ストレスを受けることとなる。
  • 特に初心者においては、各種のストレスから精神的に不安定な状態になり、海水を飲むなどの些細なミスからパニックに陥りやすく、さらにパニックのために海水を吸飲するなどして溺死を含む重篤な事故に直結することになりかねない。
  • スキューバダイビングの事故については、平成13年までの10年間の年平均で、事故者数は45人、死亡・行方不明者数は20人、死亡率(事故者に対する死亡・行方不明者の割合)は約44%、事故者のうち溺水による者の割合は約27%であり、スキューバダイビング歴にかかわりなく死亡・行方不明者が発生しているという報告がある。
  • このような事態をできるだけ防ぐためにも、特に、初心者に対しては、海洋での潜水実習の前に基本的潜水技術を十分習得するように指導することが強く求められるとともに、その習得した技術や体調に応じた実習場所を選択しなければならないというべきである。

という事実認定を前提に、

「このようなスキューバダイビングのもつ危険性に照らし、スキューバダイビングの初心者に対し基本的潜水技術の指導等に当たるインストラクターには、初心者が海中でパニックに陥る危険性があることを認識した上、初心者の基本的潜水技術の習得度に応じた実習方法及び実習場所を選択すべき注意義務が課されているものというべきである。」

と判示し、

「具体的には、受講生に海洋実習を行う前に、レギュレータークリア、レギュレーターリカバリー、マスククリア、マスク脱着といった基本的潜水技術を十分に習得しているか否かを確認し、習得が不十分であれば、海洋実習を行わないか、行うとしてもストレスのさほどかからない安全な場所において、基本的技術を習得するまで講習を行うべき注意義務を負うと解するのが相当である。」

と判示しました。

そして、裁判所は、本件について

「Aは、プール実習において、約2時間の延長練習が必要なほどにプール実習での訓練に失敗し、各実技についてはそれぞれ1回しか成功していなかったのであるから、Aは、プール実習において、レギュレータークリア、レギュレーターリカバリー、マスククリア、マスク脱着といった基本的潜水技術を、海洋実習を受けることができる程度には習得できていなかったものと認めるのが相当である。」

とした上で、

「被告Yとしては、このようなプール実習での履修状況にあるAを、身長を超える水深の場所に連れ出したときには海底で各種のストレスから海水を飲むなどのミスを犯す危険があり、その場合にはさらにパニックに陥ってより多量の海水を飲むなどして最悪溺死に至ることがあり得ることを認識・予見することができたというべきである。

したがって、被告Yには、Aをいきなり足の届かない海洋に連れ出して実習をさせるのではなく、Aが基本的潜水技術を十分に習得するまで、プール実習を継続して海洋に連れ出すのを控えるか、海洋に連れ出すとしても足の立つ浅瀬で、あるいは岸からさほど遠くない場所を選択して訓練を行うべき注意義務があったというべきである。」

と被告Yの注意義務の存在を認定し、

「それにもかかわらず、被告Yは、Aが基本的潜水技術の習得が十分であると判断し、海水を誤飲した場合の対処方法をなんら説明しないまま、Aを、沖合約120mも離れた地点の、水深約4.2mの海底という、未熟な初心者がパニックを惹起しやすい本件ダイビング地点に連れ出したのであるから、被告Yは、上記の注意義務に違反したというべきである。」

として

「被告Yには、Aに対して行ったスキューバダイビング講習の実施につき過失が認められる。」

と認定しました。

因果関係の有無について

裁判所は、

「被告Yには、基本的潜水技術を十分に習得していなかったAを、同技術を習得するまで海洋実習を行うことを控えるか、海洋実習を行うにしても足が立つ浅瀬で訓練を継続すべき注意義務を怠り、Aを漫然と本件ダイビング地点に連れ出した過失が認められるところ、被告Yが上記注意義務に従って、Aを本件ダイビング地点に連れ出していなければ、Aはそもそも海中でマスク脱着に失敗して海水を吸飲して溺死することはなかったというべきである」

として、

「被告Yの上記過失とAの溺死との間には因果関係が認められる。」

と判断し、被告Yの不法行為に基づく損害賠償責任を認めました。

被告会社のAの死亡についての損害賠償責任について

裁判所は

「被告Yには、Aに対して行ったスキューバダイビング講習の実施につき過失が認められるところ、被告会社が被告Yの使用者であることは当事者間に争いのない事実であるから、被告会社は民法715条により、原告らに対しその損害を賠償すべき義務を負うというべきである。」

と判示しました。

安全よりもライセンス取得を優先した結果の事故

事案の概要でも記載したとおり、Aは基本的な潜水技術を十分に習得したとはいえない状況だったにもかかわらず、海洋実習を行ったことが事故の原因であると考えられます。

なぜそこまでして海洋実習を行わなければならなかったのか。

それは、大阪在住のAらがわざわざ沖縄まで出かけ、しかも2日間のタイムスケジュールまで決められたツアーであり、そのスケジュールの中でライセンスを取得させることを優先した結果であると考えられるのです。

もちろんライセンス取得のためのツアーですから、なんとかしてライセンスを取得させてあげたいという気持ちがあったでしょう。

しかし、それよりも大事なのは、いうまでもなく「命」です。

安全なスキューバダイビングを行うだけの基本的な潜水技術を習得していなかったのですから、インストラクターは無理をさせるべきではなかったと思いますし、参加したAとしても無理をしてほしくなかったと思います。

これからスキューバダイビングのライセンスを取得したいと考えている方々は、ぜひ参考にしていただきたいと思っています。

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