被告会社の従業員の引率によるスキューバダイビング中、船舶のスクリューに巻き込まれて死亡した事故

2020.05.25 スポーツ中の事故

東京地方裁判所平成16年11月24日判決

事案の概要

本件は、平成9年10月19日、被告会社が主催するダイビングツアーに参加したXが、被告会社の従業員である被告Yの引率によるスキューバダイビング中、海面に浮上しようとした際、船舶のスクリューに巻き込まれて死亡した事故について、Xの相続人である原告らが、被告Yに対しては、不法行為に基づき、被告会社に対しては、被告Yの使用者責任に基づき、損害賠償を求めた事案です。

被告会社は、民間のダイビング指導団体が発行する講習修了認定証(これを「Cカード」といい、この取得者は「オープンウォーターダイバー」と呼ばれています。)の取得などを目的としてダイビングの技術講習をするダイビングスクールを運営する株式会社であり、ダイビングツアーも主催していました。

被告Yは、被告会社の従業員であり、ダイビング指導団体であるNASDSが認定するインストラクターの資格を取得していました。

Xは、被告会社のダイビング技術講習を受講し、平成8年12月ころ、Cカードの交付を受け、本件事故当時、約20本程度のダイビング歴を有していました。

A1は、平成9年3月ころからダイビングを始め、被告会社のダイビングスクールで受講して、同年6月ころ、Cカードを取得し、本件事故当時までに十数本のダイビング歴を有していましたが、技能が不十分なものであることを自覚し、ダイビングの際は、被告会社の従業員の指示に従っていました。

A2は、同年8月ころから、被告会社のダイビングスクールで受講して、同年9月22日、Cカードを取得し、本件ツアーは、オープンウォーターダイバーとなって初のダイビングでした。

被告Yらは、同年10月19日の朝食後、Xを含む本件ツアーの参加者10人に対し、一般的な注意事項を伝達し、本件現場付近の状況、潜水時間、ダイバーのグループ分け、エントリー位置で浮上することなどが打ち合わされました。

被告Yは、他の従業員とともに、ツアー参加者を引率して、被告会社がチャーターした甲所有の船(甲船)に乗船して本件現場に赴き、同日9時45分ころからダイビングを始めました。

ダイビング中は、被告Yが、X、A1及びA2を引率しました。

甲は、午前10時ころ、エントリーしたダイバーが2グループに分かれたことをダイバーの放出する気泡で確認し、エントリーの際に使用したブイを回収後、甲船を北西方向に移動させて本件現場を離れ、船首の見張り台で気泡を監視していました。

午前10時05分ころ、乙操船のダイビングボート(乙船)が本件現場付近の海域に到着し、ダイバーがエントリーの準備をするため一旦停船しました。

その際、乙は、甲船を見かけて、無線で甲船のダイバーの状況を尋ねたところ、甲が「もうじき上がるよ。」と浮上が近いことを伝えました。

これに対し、乙は「了解した。」と返事をしました。

その後、乙は、ダイバーをエントリーさせるために進もうとしていた海域2か所にダイバーの気泡を目撃しました。

そこで、乙は、その後約6分間、乙船を停船させていましたが、その間、風の影響により乙船が南西方向に流されたこともあり、先刻目撃した気泡をいずれも見失ってしまいました。

しかし、乙は、進行予定の方向にダイバーの気泡が見当たらなかったことから、自船のダイバーが準備を完了した後、本件現場の方向に向けて航行を再開しました。

乙は、乙船が本件現場に到達する数秒前に、左舷側の約38メートル先に気泡を認めました。

そして、乙は、その直後、クラッチを中立にし、スクリューの回転を停止させるとともに、左に約90度旋回させ、さらに、クラッチを後進に入れて、本件現場付近で乙船を停船させました。

乙船がほぼ停船した後、乙の合図によりダイバーがエントリーし、この間、乙は、操舵室の右舷側ドア付近からその様子を見ていましたが、乙船の右舷船首の横約5メートル付近と、船首方向約5メートル付近にあった気泡に気付きませんでした。

被告Yは、水深16.8メートル付近から浮上を開始する直前に、一旦近づき、その後、遠ざかっていくスクリュー音を耳にしたものの、その方角までは認識できませんでした。

そこで、被告Yは、Xら3名に合図して、水深14.6メートル付近まで一旦浮上しました。

被告Yは、水深14.6メートル付近で、頭を上げて前方の海面を目視し、また、追従しているXら3名を確認する際に後ろを振り返りながら後方の海面を目視し、さらに、仰向け様に頭を上げて頭上の海面を目視したものの、頭を左右前後に振って、より広い範囲を目視することまではしませんでした。

そして、被告Yは、海上の船舶に対する浮上の合図として、大量の気泡を放出し、その後、Xら3名に指を突き上げる合図をして、浮上を再開しました。

もっとも、被告Yは、フロート(海中で空気を注入して膨張させる風船状の浮袋で、浮上の合図とするもの)を携行しておらず、これを使用した海上への合図はされませんでした。

被告Yは、Xら3名より上方の位置で先導していましたが、途中、A1の浮上速度が速すぎると判断し、減速調整するためBCジャケットから空気を抜くようA1に指示しました。

一方、Xも、被告Yを追い越すような速度で浮上しつつあり、被告Yは、Xにも同様に空気を抜くよう指示しました。

しかし、両名ともうまく対処できない様子であったので、被告Yは、まずA1を引き寄せて、そのインフレーターを操作しました。

そのころ、乙は、自船のダイバーの緊急浮上に備えて、右舷船尾でハシゴを下ろせるように準備し、その後、右舷甲板から操舵室に戻りました。

そして、乙は、他のダイバーの気泡の有無を十分に確認しないまま、スクリューを回転させても大丈夫と判断し、クラッチを前進にして、左旋回をしながら速度を上げようとしました。

被告Yは、水深約4ないし5メートルの位置で、乙船の船底を発見し、Xら3名に上方への注意を喚起するとともに、直ちに、Xのインフレーターを操作し、XとA1の体を引っ張り、衝突を回避しようとしましたが、結局間に合わず、右舷側船首近くの船底に接触しました。

水深14.6メートル付近で被告Yらが浮上を再開してから乙船の船底に接触するまでに約5分間が経過していました。

なお、それまで、被告Yは、乙船の接近によるエンジン音やスクリュー音等の気配を全く感じていませんでした。

被告Yは、XとA1が船底に衝突するのを回避するため、自ら逆立ちの姿勢になり、乙船の船底に足をつけ、両名を押し下げようとしました。

この際、被告YやXら3名の空気タンクと乙船の船底との接触音が発生しました。

さらに、被告Yは、船底部付近に人がいることを知らせようとして、空気タンクで船底を2回叩きましたが、乙は、この音にも気付きませんでした。

その後、被告Yは、乙船の横に移動するため、XとA1の体をつかんで前に押し出そうとしました。

そのとき、乙が、乙船を旋回させながら、スクリューを回転させたことにより生じた強い水流のため、Xは船尾方向に流されました。

そして、乙船のスクリューが迫ってきたため、被告Yは、A1を抱きかかえたまま、船底を蹴って離脱し、海面に浮上後、乙に対して停船するよう求めました。

乙は、クラッチを前進に入れて約10秒後、スクリュー付近から不審な物音と振動が伝わったことから、ダイバーをスクリューに巻き込んだことに気付き、直ぐにクラッチを中立にしましたが、乙船は、しばらく行足で進行した後、停船しました。

Xは、乙船のスクリューの回転に巻き込まれて頭蓋骨骨折による脳挫傷等の傷害により死亡しました。

裁判所の判断

ツアー引率者としての責任

まず、裁判所は、ツアー引率者の義務について

  • スキューバダイビングは、水中で空気を補給する装置を利用して遊泳等を行うスポーツであるが、水中では、地上に比べて、行動や意思の疎通、認識等に強い制約があり、何らかの事故が生じた場合、直ちに生命や身体の危険につながる虞れがあるということができる。
  • したがって、ダイバーは、その危険性を自覚し、これに対処できるだけの技能を身に付けることが求められるのは当然であるが、他方、ダイビングツアーを主催する側は、一般のダイバーよりもさらにその危険性を認識しているべきであって、計画を立案し、参加者を募集するに当たっても、十分にその対応措置を検討しておく必要があるというべきである。
  • また、一応の技量を身につけたダイバーが参加していたとしても、その技能や経験には当然ばらつきがあり、これに応じて、危険への対処能力が異なることからすれば、全てのダイバーが安全に参加できるよう配慮した計画の立案、実行が求められるというべきである。

とした上で、

「被告Yは、本件ツアーの主催者である被告会社の従業員として、Xら3名ツアー参加者を引率していたのであるから、これらの参加者が安全にダイビングをすることができるように配慮する義務を負っていたものと判断するのが相当である。」

と判示しました。

そして、裁判所は、

  • 特に、Xを含むツアー参加者は、いずれもCカードを取得し、ダイビングの基本的な技能は身に付けていたものの、Xは、本件事故が発生する直前も、被告Yの助力を受けて浮上速度を調整していたことからも明らかなように、初級者に近い技能を有していたにすぎないと認めるのが相当である。
  • Xは、被告会社の講習を受けてCカードを取得しており、同人の経験が乏しいものであることは、被告会社や被告Yも十分認識していたものというべきである。
  • 他方、被告Yは、ダイビングについての技能経験を有する専門家として本件ツアーに同行し、その参加者からも指導や援助が期待されて、これを引率していたことも明らかである。

との認定を前提に、

「そうすると、被告Yは、技能の不十分な者が本件ツアーに参加していることを認識し、本件ツアーを主催する被告会社の従業員として、参加者を引率する立場にあったのであるから、ダイビング中に参加者の生命や身体へ危険が及ばないようその安全を確保する義務を負っていたものというべきである。そして、このことは、被告Yの役割が指導員であったかガイドであったかによって異なるものではないと考えるのが相当である。」

と判示しました。

被告Yの具体的な過失について

裁判所は、

  • ダイバーが浮上する海域に船舶がいた場合、船舶との衝突やスクリューの回転に巻き込まれることによって、ダイバーの生命や身体に重大な危険が生ずるおそれがあること
  • 本件現場付近ではボートダイビングが盛んで、時にはダイビングボートが集中し、瀬渡船やプレジャーボートも近くを航行することがあり、浮上予定の海面に船舶がいる可能性は相当高度であったこと
  • 被告会社は、本件現場において、ボートダイビングのツアーを度々企画し、被告Yもこれにしばしば参加して、本件現場付近の状況を十分に認識していたこと

が明らかであるとした上で、

「これらを前提とすると、浮上しようとするダイバーは、海上の船舶に浮上を知らせる合図をすること、浮上開始前や浮上中に、目視やスクリュー音、エンジン音により船舶の接近の有無を確認することが不可欠であり、本件ツアーの引率者である被告Yは、これらの措置を率先して取る必要があったというべきである。」

と判示しました。

そして、裁判所は、

  • 被告Yは、水深14.6メートル付近で海上を目視し、船影がないことを確認してはいたものの、その位置から海面に到達するまでさらに約5分間程度の時間を要し、この間にも船舶が浮上予定の海域に接近する可能性を否定できなかったのであるから、その後も継続して海上の状況に注意する必要があったにもかかわらず、XやA1に対する浮上速度の調整に気を取られ、海上の目視が不十分になったものというべきである
  • 特に、安全に浮上するためには海上の船舶の有無や動静を水深3ないし5メートルのところで一旦停止して確認するのが相当と考えられるところ、本件においては、Xらだけでなく、被告Y自身も十分に停止しておらず、この際、被告Yが、同行者全員を一旦停止させて、十分な目視をした上で浮上する行動を取っていれば、乙船の接近をより早く察知し、接触の危険を回避するための措置を取り得た可能性があるというべきである
  • また、ダイバーの気泡による合図だけに頼るよりも、フロートによる合図もする方が、海上の船舶にダイバーの浮上を確実に認識させられる可能性が高いことは明らかであるから、本件においても、被告Yがフロートによる海上への合図を試みていれば、乙がこれを認識し、スクリューを回転させることを回避できた蓋然性が高いものというべきであるところ、そもそも、被告Yは、フロートを携行しておらず、気泡による合図だけで足りるものと軽信していた

として、

「ダイビングの初級者が参加しているツアーの引率者として十分な注意義務を尽くしていたとは到底認められないというべきである。」

と判示し、

「被告Yは、本件事故によりXが死亡したことについて、不法行為に基づく損害賠償責任を負うというべきである。」

と結論づけました。

被告会社の使用者責任について

裁判所は、

「被告会社の従業員である被告Yは、被告会社の職務として、本件ツアーに参加したXを引率中、その過失によって本件事故を発生させ、Xを死亡させたのであるから、被告会社は、被告Yの使用者として、本件事故に基づく原告らの損害を賠償する責任があるというべきである。」

として、被告会社の使用者責任を認めました。

過失相殺について

裁判所は、

  • Xは、初級者に準ずるものではあったものの、一応のダイビング技能を有していたこと
  • 本件事故は、海上の目視が不十分であったことがその原因の一つとなっているのであり、Xも、被告Yの安全確認だけに全面的に依存するのではなく、自らその安全を確保するため、海上の目視を十分に行うべきであったというべきであるところ、Xの海上の目視が不十分であったこと
  • 本件事故の直前、Xはインフレーターを操作していたため海中で十分に停止できないまま浮上したこと

などの事情を考慮して、

「本件事故の発生については、X自身にも過失があったものというべきであり、本件事故の発生の経緯その他の事情を総合考慮すると、Xの過失割合は3割と判断するのが相当である。」

と判断しました。

乙には何の責任もなかったのか

この事案を読んで、「実際にXをスクリューに巻き込んでしまった乙に責任はないのか」と疑問に思われた方もいらっしゃるかもしれません。

この点については、そもそもXの相続人である原告らは乙を被告として訴訟を提起していませんでした。

これに対し、被告Yと被告会社が、

「見張り役の甲から被告Yらがダイビング中であることを告げられ、被告Yらも大量の気泡を放出していたにもかかわらず、乙がこれに十分な注意を払わなかったことが本件事故の原因である」

と主張しました。

この点について、裁判所は

「確かに、乙は、甲から無線連絡を受けていながら、被告Yらが放出した気泡に十分な注意を払っておらず、そのことが本件事故の発生につながったことは被告らの指摘するとおりであり、その意味で、乙に過失があったことは明らかである。」

との見解を示した。

また、裁判所は、

「見張り役として海上を監視中であった甲が、乙に警告を発するなど適切な措置を取らなかったことも、本件事故の一因となっていることも被告らが指摘するとおりである。」

との見解を示しました。

しかし、裁判所は、

  • ダイバーが放出した気泡を、自然現象と区別することは可能であるものの、フロートやブイ等と比較すると、海上では目立ちにくく確実性の点で劣っているうえ、本件現場に接近する船舶全部が万全の監視体制(複数又は専任の監視者の配置等)を敷いて、これを実行しているとは限らず、不注意、死角、気象状況等により、見張り役及び接近中の船舶が気泡を見逃したり、見失う危険があることは否定できないところである。
  • また、被告らは、甲に対して、本件現場への他船の進入を禁止させる措置を徹底していなかったことが明らかであり、被告Yが、甲の監視だけに期待して、全幅の信頼を置ける状況にあったとは到底いうことができない。

とした上で、

「以上の認定判断によれば、被告Yらが浮上の合図として気泡を放出していたことに加え、乙も、甲との無線での交信を受けてダイバーからの気泡に注意を払うべきであり、本件事故は乙の無謀な操船が大きな原因となったこと、甲が見張り役として海上で監視していたことを考慮しても、本件において、被告Yが注意義務を尽くしており、被告Yにとって、本件事故は不可抗力によって発生したとまではいうことができないと判断するのが相当である。」

と判示しました。

そして、裁判所は、

「以上によれば、本件事故は、乙や甲の過失にとどまらず、被告Yの過失も相まって発生したものと判断するのが相当である。」

としました。

このように、本件では見張り役であった甲や乙にも過失があったといえます。

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