裁判所は筆跡鑑定の結果を信用するのか

2018.10.06 弁護士コラム

「この遺言書は偽造されたものだ。」「この契約書の署名は私が書いたものではない。」など、筆跡について争いになることはよくあることです。

その場合、依頼者から「筆跡鑑定をしてもらいたい。」と言われることがあります。

では、裁判所は、筆跡鑑定の結果を信用するでしょうか。

私の経験を踏まえたうえで結論を述べると、

「裁判所は筆跡鑑定を重視していないし、その鑑定結果も信用していない。」

ということになります。

とある自筆証書遺言が被相続人により作成されたものではなく偽造されたと争われた事件で、福岡高等裁判所は「筆跡鑑定を実施するべきではないのか。」と訴訟当事者に示唆しました。

福岡高裁がこのように示唆したのは、第一審において遺言書の有効性が判断されたものの(結論は無効)、この点についての判断は誤っている(つまり有効である)との認識を示したうえで、第一審判決では遺言書の作成の真正(偽造か否か)を判断していないとして、遺言書が偽造であると主張している当事者に対し、筆跡鑑定を実施したほうがよいのではないかというものでした。

この点、文書の作成の真正については、その文書が作成された経緯や文書の内容などを踏まえて「そのような内容の文書があるのは不自然といえるか否か」を判断することが一般的です。

しかし、福岡高裁が筆跡鑑定の実施を示唆したということは、「第一審判決は誤りであると判断することもできるが、偽造であると争うのであればその点の立証を尽くした方がよいのでは。」もっと言えば「今のままでは第一審判決を覆すことになるが、それでもよいか。」ということを暗に示したといえます。

このように裁判所から言われると、当事者としては、筆跡鑑定の申立てをするほかありませんので、筆跡鑑定の申立てを行いました。

これを受け、福岡高裁は、筆跡鑑定を行う鑑定人候補者を自ら選定しました。

裁判所が自ら鑑定人候補者を選定するということは、その候補者の筆跡鑑定に関する実績や能力が信用できるものとのお墨付きを与えていることを意味します。

そのうえで、訴訟当事者に意見を求めました。

このように意見を求めるのは、裁判所が選定した鑑定人候補者の実績や能力に疑わしい点があるということであれば拒否する必要があるためです。

そして、鑑定人候補者に対しても、鑑定資料などを事前に送付して鑑定可能か否かなどを確認させました。

以上の手続を踏まえた上で、福岡高裁は正式に鑑定人として選任し、鑑定を依頼しました。

鑑定人による鑑定の結果は

「筆跡は同一人によるものと推定される。」

というものでした。

このような鑑定結果について疑義があるという場合には、訴訟当事者は鑑定人尋問を申請することができ、裁判所により採用された場合には鑑定人尋問が実施されます。

しかし、この件では、鑑定人尋問の申請はなされませんでしたので、当然、鑑定人尋問も実施されませんでした。

このような流れで、福岡高裁が示した判断は

「遺言書は偽造されたものと認められる。」

というものでした。

その主な理由は、被相続人が遺言書を作成した経緯や内容等について不自然な点があるということでしたが、筆跡鑑定に関しては「筆跡は同一人によるものと推定される」という鑑定結果に全く触れることなく、文字の中に数カ所が書き出しの位置が異なっていたり、「はらい」が「はね」になっていたりしているものが存在するということのみが指摘されていました。

一般に、筆跡鑑定については、裁判所はもともと重視していないと言われていました。

これは、筆跡は、たとえ同一人物のものであったとしても時と場合によって自然に異なってしまいますし、偽造する場合には本人の筆跡に似せて作成するために本人の筆跡と対比しても意味がない、などと考えられるためです。

しかし、本件では、福岡高裁自らが筆跡鑑定の必要性について示唆し、鑑定人も福岡高裁自らが筆跡鑑定の実績・能力等を考慮した上で選定して訴訟当事者に意見を求め、自らが鑑定人として選任し、その鑑定結果が「筆跡は同一人によるものと推定される」とされ、鑑定人尋問も実施されていないにもかかわらず、上記のような判断をしました。

つまり、福岡高裁は、筆跡鑑定を実施しなくても、また筆跡鑑定の結果がどのようなものであったとしても、全く同じ判断をすることが可能であったわけです。

ちなみに、福岡高裁は、「鑑定結果は信用できる」とも「鑑定結果は信用できない」とも判断していません。

このように、裁判所は、筆跡鑑定そのものを重視していませんし、その鑑定結果も信用していません。

その鑑定結果が、当事者が筆跡鑑定の専門家に依頼して作成してもらった私的鑑定書であれ、裁判所が自ら選任した鑑定人によって作成された鑑定書であれ、同じです。

「この文書は偽造だから筆跡鑑定をしてもらいたい。」と安易に考えるのではなく、その文書が作成された経緯や内容等を十分に検討したうえで主張立証を行うべきであるといえます。

そして、遺言書を作成するにあたっては、後に「偽造されたものである」と裁判所により判断されてその遺言書が存在しなかったものとして取り扱われないように、公正証書遺言にする必要性が高いといえます。

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