受刑者が刑務所内でソフトボールの練習中に打球を目に受けて受傷した事故

2019.09.03 スポーツ中の事故

札幌地方裁判所平成15年3月14日判決

事案の概要

本件は、札幌刑務所に在監している原告が、ソフトボールの練習中、顔面に打球が直撃して左眼を負傷し、その結果、視力が著しく低下した事故は、札幌刑務所の職員が安全配慮義務を怠ったためであるとして、札幌刑務所を設置運営する被告に対し、国家賠償法1条1項に基づいて損害賠償を請求した事案です。

原告は、懲役6年及び罰金60万円の刑が確定したため、札幌刑務所に収容されました。

札幌刑務所においては、休日及び入浴日を除いて、毎日、工場と運動場との間の往復に費やす時間を含めて40分間を運動のための時間とし、受刑者に運動をする機会を与えていました。

平成9年度の札幌刑務所におけるグラウンドでの受刑者の屋外運動の都度、同年6月中旬に開催が予定されていた工場対抗春季ソフトボール大会に備え、出場予定の選手たちによってソフトボールの練習が行われていました。

受刑者が行っていたシートバッティングは、概ね、

  • 内野手が打球を処理したときはファーストに送球し、ファーストがピッチャーに返球する
  • 打球がレフト方向に飛んだときはショートが、ライト方向に飛んだときはセカンドがそれぞれ中継をし、ピッチャーに返球する

というルールで行われていて、その他の場合については場面に応じて対処するというものでした。

本件事故当時、グラウンドには3名の刑務所職員が監視のために立ち会っていました。

原告は、平成9年5月27日の午前中、屋外運動でのソフトボールの練習において、ショートの守備につき、シートバッティングでレフト方向に打球が飛んだので、バッターに背を向けるようにして、レフトからの返球を捕球し、投手に返球しようと振り向いたところ、打者の打った打球が顔面を直撃し、左眼の瞼の鼻に近い部分が切れて出血しました。

原告は、本件事故後直ちに札幌刑務所の医務部においてA医師による診察を受け、左瞼の縫合処置(2針)を受けるとともに、左眼窩裂傷により全治7日間(一般就業は可能)と診断されました。

原告は、上記処置を受けた後、自分の配属先である第7工場に戻って刑務作業を行いましたが、本件事故の当日は、月1回の眼科診療の日に当たっていたため、同日午後2時ころ、眼科専門医であるB医師による診察を受けました。

原告は、B医師により、左眼瞼裂傷・左角膜切創のため、約7日間の休養、加療を要すると診断され、同年6月19日までの休養処遇となりました。

原告は、本件事故によって、左眼の視力が0.02程度に低下し、眼鏡による矯正も困難な状態になり、後遺障害等級8級1号に該当する後遺症を負いました。

裁判所の判断

本件事故発生に関する安全配慮義務違反の有無について

裁判所は、被告の雇用する刑務所長及びその指揮監督下にある刑務所職員が受刑者の生命身体についての安全配慮義務の内容について、

  • 受刑者の屋外運動は、刑務所職員によって企画、実施、指導されるレクリエーションの一環として行われるものであって、屋外運動の監視に当たる刑務所職員に対しては、文書によって受刑者への注意、指導事項が事務連絡され、これらの事項は、刑務所職員を介して受刑者にも伝達されていたほか、グラウンドのフェンスにも、ソフトボール実施上の注意事項が記載されていたこと
  • これらの事項は、ソフトボールの練習内容を詳細に指示するものではないが、道具の置場所や練習中の声のかけ合いなど、けがや事故の防止のための具体的な方策を含むものであり、これを受刑者に遵守させることを刑務所職員に求めるものであったこと
  • 刑務所職員は、実際上も、ソフトボールの練習中、受刑者がスライディングやダイビングキャッチなどの危険な行為をしないよう監視するほか、投球間隔にも注意を払い、危険な行為や状況がみられたときにはその都度注意や指導をし、受刑者に従わせることによって事故防止に努めていたこと

が認められるとした上で、

「そうすると、屋外運動の監視に当たる刑務所職員に対しては、逃走やトラブル防止のみならず、けがや事故が生じないよう注意すべきことを内容とする事務連絡がされているばかりか、実際に刑務所職員によってされていた監視や注意・指導も、ソフトボールの練習中の個々のプレーや投球間隔等にまで注意を払って行われていたというのであるから、逃走やトラブル防止にとどまらず、けがや事故の防止をも目的とするものであったと認めることができる。」

として

「このような監視の任に当たる刑務所職員には、具体的な状況の下で事故発生の危険が予見できる場合には、そのような危険を除去し、受刑者の生命身体の安全を図るよう注意すべき義務があると認めるのが相当である。」

と判示しました。

これに対し、被告は、

「ソフトボールの練習方法等、多くの事項が受刑者の自主性に委ねられており、刑務所職員の監視の対象は主として受刑者の規律違反行為等であるから、ソフトボールの練習中の個々のプレーについて逐一監視すべき注意義務はない」

と主張しました。

しかし、裁判所は、

「札幌刑務所における受刑者のレクリエーションの企画、実施には受刑者が関与することが認められているものの、レクリエーション委員会の運営や委員の選出は、刑務所職員である厚生課長の主導で行われていること、屋外運動は団体で行うレクリエーションとして位置づけられ、その時間、グラウンドへの往復、準備運動、事故防止については首席矯正処遇官による指示の下に整然と実施されていて、実際にも受刑者の個々の危険な行為に対して注意や指導が行われていたことからしても、その主要な部分を受刑者の自主性に委ねて実施されていたとはいい難く、これを参加者の自主性に委ねられた一般社会におけるレクリエーションと同列に論じることはできない」

として、被告の主張を排斥しました。

そして、裁判所は、

  • 本件事故は、シートバッティングの最中に、先に打った打球が外野に飛び、外野からそのボールを中継して返球するため、内野手が打者に背を向けたときに、これに注意を払わなかった投手が手元にあった別のボールを投げ、打者がこれを打ってちょうど振り向いた内野手の顔面に当てたというものであり、このような事故は、フィールド内で複数のボールを使用して練習をするときには不可避的に起こりうることで、かつ、このような練習方法を体験し、あるいは監視している者であれば、容易に予見することができたものと考えられる。
  • このような事故の発生は、ボールをバットで打つというソフトボールの練習においては一面避けがたいもののようではあるけれども、原告のようなソフトボールの球技になれた成人の場合、使用されているボールが1個である限りにおいては、常に打者の側を向き、打者の動静を十分注視して、打者の打った飛球の行方を追うことができれば、余程の近距離で守備をしている場合などを除いては、守備に参加している者の顔面を直撃するという本件事故のような態様の事故は、通常回避できると考えられる。
  • したがって、ソフトボールの試合中には、フィールド内にあるボールは1つであるから、本件事故のような態様の事故はまず起こらないはずであるが、シートバッティングのように、そのような状況が保証されない練習の場合には、上記のような事故が発生した場合には、ときに参加者の生命身体に重大な危険を及ぼす可能性があることが明らかであることに照らすと、そうした状況が現出することのないように、また、そうした状況が現出する可能性がある場合には、可及的速やかにそのような可能性を除去する必要があることは明らかといえよう。そして、そのような状況を現出させないためには、まず、はじめからフィールド内におけるボールの使用を1つに限定するために、ボールを1つしか用意しないという方法により容易にこれを実現することができるし、ボールがファウルグラウンドなどのフィールド外に逸脱したようなときの練習の効率を考えて、予備のボールを用意しておく場合でも、フィールド内の参加者が打者の動静を注視することができるような状況である場合に限って、投手が打者に投球し、あるいは、打者においては、フィールド内の守備状況を見て、バントするとかゴロを打つなどの配慮をするようにすべきである。

として

「札幌刑務所においては、ソフトボールの練習に当たり、事故の防止を徹底すべく、様々な指導を行い、実際の練習に当たっても監視に当たっていた刑務所職員において、危険な行為については適宜注意を与えていたもので、本件事故のような在監者の生命身体に重大な危険を及ぼすおそれのある態様の事故の発生を予見することが容易である一方、これを回避する方策を容易に採ることができたのであるから、在監者の生命身体について安全配慮義務を負う被告の刑務所長及びその指揮下にある刑務所職員においては、当然、上記のような措置を執って、在監中における集団行動のさなかにある在監者の身体に危険が及ぶことのないように配慮すべき注意義務があったというべきである。」

と判示し

「したがって、被告の刑務所長及びその指揮下にある刑務所職員において、ソフトボールのシートバッティングの練習に当たっては、フィールド内のボールの使用を1つに限定するという最も確実な事故防止方法を採るか、あるいは、本件事故当時、ソフトボールの練習を内野手に最も近い位置で監視していた上記刑務所職員は、フィールド内に複数のボールがあるため、現に原告が打者の動静を確認することのできない状況であったのであるから、このような危険な状況を除去するため、投手に対して投球を一時停止させたり、あるいは打者に対して打撃を行わないように注意をするなどして、本件事故の発生を未然に防止すべき注意義務があったのに、これを怠り、漫然放置したため、本件事故を惹起させたものである。」

と刑務所長及びその指揮下にある刑務所職員の注意義務違反を認定して、

「被告には、国家賠償法1条1項により、原告に対し、本件事故によって生じた損害を賠償すべき責任がある。」

と判断しました。

過失相殺について

裁判所は、

  • 原告は、第7工場のソフトボールの選手の中では技術も人望もあったため、その影響力も小さくなく、主導的な地位にあったといっても過言ではなかったこと
  • 原告は、これまでのソフトボールの練習において、内野手による中継中に打者が打撃をし、打球が内野手の身体に当たったことを何度か現認していて、危険を感じたこともあったこと

が認められるとした上で、

「これらの事実に照らせば、原告は、本件事故の発生以前から、ソフトボールの練習中に投球間隔が狭くなり、複数のボールがグラウンド内を飛び交い、本件事故を惹起する可能性のある危険な状況に陥ることを十分に認識していたということができる。そして、成人が行うスポーツにおいては、第一義的には参加者の注意、協力によって事故の防止が図られることが期待されているところ、本件においては前記のとおり在監関係という特殊事情にあり、監視者である被告にも一定の責任が認められるということを勘案しても、原告において、フィールド内で使用するボールを1つに限定するよう提言するとか、自ら投手や打者の動静に十分に注意を払い、場合によっては、投手や打者に対して投球や打撃を待つよう声を掛けるなどすれば、本件事故の発生を防ぎ得たといえる。」

として、原告においてこのような行動に及ばなかったことを勘案し、

「原告には7割の過失があったものとして過失相殺をするのが相当である。」

と判断しました。

専門外でも安全配慮義務はある

部活動の顧問をしている教員の中には、

「経験したことがないスポーツであるにもかかわらず部活動の顧問をやらされている」

と訴える方がいます。

「教員は部活動の顧問を拒否するべきだと思う理由」の中でも述べましたが、私は、部員(生徒)の生命・身体を守るという観点からすれば、安全対策を十分に採ることができない教員は、部活動の顧問を拒否するべきであると思っています。

しかし、一旦顧問を引き受けた以上は、部員(生徒)に対しての安全配慮義務を負うことになります。

そして、仮に部活動において事故が発生したとしても、「自分はそのスポーツの素人だから、どのようにして安全に配慮するべきだったのかわからない」という主張は認められないことでしょう。

本件は刑務所内でのスポーツ事故という特殊な事案ですが、この裁判例を紹介したのは、上記のような訴えをしている教員に裁判実務での現実を知ってもらいたいと思ったからです。

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