相撲部の合宿練習中、高校生が熱射病による急性心不全により死亡した事故

2020.06.16 熱中症・自然災害

千葉地方裁判所平成3年3月6日判決

東京高等裁判所平成6年10月26日判決

事案の概要

本件は、被告の設置している県立高校の相撲部合宿練習中、相撲部員であった原告らの子Xが熱中症を起こして死亡した件について、同事故が被告の公務員の安全配慮義務違反によるものであると主張して、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を請求した事案です。

S教諭は本件高校の教諭として勤務し、同校が特別教育活動の一環として行っている相撲部の顧問を務めていました。

Xは、昭和61年4月同校に入学し、相撲部に入部しました。

Xは、昭和61年8月7日午後12時30分ころ、A高校、B高校等との相撲の合同合宿に参加するため、S教諭に引率されA高校に到着しました。

本件高校の参加者はXのみでした。

Xは、昼食を摂らずに練習に参加し、同校相撲部道場の外側校庭で100回の四股踏み、道場内での5分間の摺り足、B高校生3人及び中学生7人との勝抜戦、高校生Nとの10番勝負(同じ相手と10回相撲を行うもの。)、大学生1人を相手にした5、6回のぶつかり稽古を行った後、B高校教諭に言われて、10番勝負の相手であるNの頭を冷やすため、合宿所内にある炊事場まで氷を取りに行きました。

Xは、道場に戻ってから、S教諭の指示により、整理運動として、四股踏み(30回)を行いましたが、Xの足が十分に上がらず、その足許がふらついていました。

次に、Xは腰割(10回)を始めましたが、途中でやめようとしたので、S教諭は続けて行うように指示しました。

しかし、Xは再度途中でやめて今度は道場から出ようとし、S教諭がこれを制止すると、道場内の土俵の外に尻餅を付くように寝転んでしまいました。

これを見ていたA高校教諭で相撲部顧問であるT教諭が注意するため、道場の上り座敷にXを呼ぶと、Xは起き上がり、同教諭によろけるように近づいたとき、上り座敷に手をついてT教諭に寄り掛かるようになり、腰から座り込むように寝てしまい、更に唾を吐きました。

S教諭は、Xが稽古を嫌がり駄々をこねていると思いましたが、Xをそのまま寝かせておきました。

S教諭は、他校の練習も終わり、道場の掃除をしなければならないので、Xを起き上がらせ道場から連れ出そうとしましたが、Xは道場入口付近から突然走り出してグラウンドで倒れ、再び起き上がると、また走り出してネット裏付近で倒れました。

S教諭は、バケツ半分くらいの水をXの顔にかけた午後2時ころ、T教諭が「いつまでもそこに寝かせておいてもしょうがない。日影に入れなさい。」と言ったので、S教諭は、Xを日陰になっている体育館北側のコンクリートのたたきに連れて行って寝かせ、Xの回復を待ちました。

午後3時40分ころ、S教諭はXに声を掛けたところ、Xが嘔吐し、更に、Xのまわしをとってみると、両手に一杯程度の下痢状の脱糞をしていたので、S教諭はXに何らかの異常があると感じました。

そこで、S教諭はA高校の生徒2人とXの肩を支えてシャワー室に連れて行き、Xの体を洗いました。

その間、S教諭は、T教諭と相談して、A高校の近所にあるA診療所に診療依頼をしようとしましたが、その場にいた生徒から、A診療所が休診日に当たることを聞きました。

そこで、T教諭は、午後4時ころ、G病院に診療を依頼するため電話をしたところ、休診時間中なので医師に聞いてから連絡するとのことであり、その後、G病院から至急連れてくるようにとの連絡があったので、午後4時40分ころT教諭が救急車の出動を要請し、間もなく到着した救急車にS教諭が同乗してXをG病院へ搬送しました。

Xは午後5時11分ころG病院に到着し意識喪失の主訴と脱水症との診断で治療を受けましたが、翌日午前4時2分に急性心不全により死亡しました。

なお、Xは、稽古中から体育館北側たたきに連れていかれるまでの間、水分塩分の補給はしておらず、S教諭は、Xが倒れて以後、Xの脈が速いことは確認し、グラウンドにおいてXの体に水を掛けましたが、Xの体を冷やすなどの措置は採っていませんでした。

本件では、Xが熱中症を発症していたかが争点になりましたが、裁判所は、

  • 本件合宿当日のA高校相撲部道場の内外の環境、合同練習中のXの行動、G病院入院時の所見等を総合すると、Xは熱中症に罹患していた可能性が高いと考えられること
  • 更に、死後の解剖所見によれば、Xは軽度の心筋炎及び慢性的肺鬱血の状態にあったが、それ自体で死を招くような重篤なものではなかったこと
  • Xの平素の健康状態は良好であったこと
  • Xの前記症状と同じ症状を発症させるてんかん、糖尿病等の病気の既往が同人にはなかったこと
  • 結局、熱中症以外にXが急性心不全を起こした原因があったと認めるに足りる証拠がないこと

から、Xが急性心不全を起こした原因についてはこれを熱中症に求めるのが自然であると事実認定されました。

そしてその発症時期については、道場内部でXがふらついたり倒れたりした時点で、少なくとも中程度の熱中症(熱痙攣)に罹患しており、その後、グラウンドや日陰になっているとはいえ体育館北側のコンクリートのたたきの上に放置され、また、顔に水をかけたほかは体を冷やす等適切な措置が採られなかったために増悪し、救急車で病院に搬送されたときには熱射病の段階に至っており、その後、これが原因で急性心不全を起こしたものと認定されました。

裁判所の判断

裁判所は、

「課外クラブ活動は学校教育活動の一環として行われる以上、学校設置管理者は生徒の生命、身体の安全をはかる義務があることは言うまでもなく、課外クラブ活動として行われる合宿においては、学校設置管理者の履行補助者たる顧問教諭は、部員の健康状態に留意し、運動中、部員に何等かの異常を発見した場合、速やかに容態を尋ね、応急処置を採り、必要な場合には医療機関による処置を求めるべく手配する注意義務を負うところ、その具体的な内容・程度は、運動の内容、環境、部員の運動に対する習熟度、顧問教諭のクラブ活動に対する関与の在り方等を総合考慮して決せられるべきである。」

との判断基準を示しました。

この点について、被告は、本件の注意義務について、

  • 熱中症は最近知られるようになった病気であること
  • S教諭は熱中症に関する専門的知識がなかったこと
  • Xは高校生であり異常があれば自らそれを申し出ること等が期待しえ、Xがそれをしていないこと

からして、

「S教諭にはXの熱中症罹患について予見可能性がなかった」

と主張しました。

しかしながら、裁判所は、

「熱中症という言葉は比較的新しいものであるにしても、それとほぼ同義の熱射病ないし日射病という語は高温又は直射日光下において運動・労働等をするときしばしば見られる疾患として一般に広く知られており、熱中症はそれらを包括する概念に過ぎないのであって、日射病及び熱射病は、その発生機序、予防法、治療法等の専門知識にわたる部分はともかく、体を冷やす、水分塩分を適宜補給することが予防法及び応急措置として、効果的であることは周知のことと言うべきである(なお、意識障害等の重度の異常がでれば、その原因が判っているかを問うまでもなく医療機関に搬送すべきことは言うまでもない。)」

として、この点に関する被告の主張を排斥しました。

また、裁判所は、予見可能性がないとの被告の主張の他の根拠については、

  • 本件事故発生時の環境は前記のとおり高温あるいは高温多湿で客観的に熱中症発症を予想しうる状態にあったこと
  • 一般に運動中の生徒が気分が悪くなる、あるいは熱中症になることは決して稀ではなく、相撲についても同様であること
  • Xは高校1年生であり部活動に参加して間もないこと
  • XはS教諭に引率されて他校に行ったのであり、平素のXの体調等を知るのはS教諭以外にいなかったこと
  • 相撲はかなり激しい運動であること
  • S教諭にとりXが練習をやめたがっていると思わせる動作をXがとっているのに、S教諭は特に理由を聞くこともなく練習を続けさせていること

などの諸事実を総合考慮すれば、

「S教諭がXの熱中症罹患を本件当時予見しえなかったと認めることはできず、結局、S教諭は、Xの熱中症を予防するため、同人に異常がないかを注意し、水分塩分の補給を図り、熱中症に罹患した場合、前記応急措置を採る外、意識喪失等更に重度の障害が見られれば、直ちに医療機関へXを搬送すべき義務があったものと認めるのが相当である。」

と判示しました。

そして、その時期について、裁判所は

「Xが道場内で倒れたりした時点については、Xは合宿参加を渋っていたこと及び平素も練習を嫌がることがあったことからして、直ちに熱中症罹患を疑うべきであったとは認めえない」

としたものの、

「Xが道場からグラウンドへ走りだし倒れた時点については、練習が終わっていた以上、Xがこのような行動をする合理的な事情はなかったのであるから、右時点において、S教諭は、前記注意義務を尽くすべきであったとみるのが相当である。」

と判示しました。

そして、Xが道場からグラウンドに走り出た時刻については、S教諭の述べるところに従うとすれば午後2時ころということになり、Xをグラウンドに放置していた時間は僅かなものとなりますが、裁判所は

「S教諭は、午後2時ころにXを体育館脇のたたきに移動させたが、この間Xに対する応急措置を行っておらず、Xの異常に気付いたのが午後3時40分ころであることは前記のとおりであるから、右事実を考え併せると、稽古中気分が悪くなる者もあるが、1時間程寝かせておけば回復していたというS教諭の経験に照らしても、同教諭がXを寝かせておいた前記の状況及び時間は著しく不適切であったと言わざるをえないし、また、異常に気付いてから救急車の出動を要請するまでに1時間程度の時間を空費しているのであるから、S教諭には前記注意義務違反があったものと認めざるをえない。」

と判断しました。

そして、裁判所は

「S教諭が右の注意義務を尽くし、可及的速やかにXを病院に搬送していれば、救命の蓋然性は高かったものと認められる。」

として、S教諭の過失とXの死亡との相当因果関係を認めました。

以上より、裁判所は

「本件事故は、被告の公務員が公務の執行につき過失があり、その結果発生したものと認定されるので、国家賠償法1条1項に従い、被告は原告らが受けた損害の賠償義務があることになる。」

と結論づけました。

「熱中症に関する専門的知識がなかった」は許されない

本件事故は昭和61年8月、つまり35年ほど前に発生しました。

当時は「日射病」「熱射病」という言葉はありましたが、「熱中症」という言葉自体はなかったと思います。

しかも、日射病の場合には「日陰で休ませる」というのが一般的な対処法だったのではないかと記憶しています(S教諭も同様の対処をしています)。

その意味では、被告が主張しているとおり、S教諭には熱中症に関する専門的知識がなかったと考えられますし、熱中症についての対処方法も確立していたとはいえなかったことでしょう。

しかし、現在では「熱中症」という言葉は広く知れ渡っていますし、ニュースや天気予報などでも「熱中症に気をつけましょう」と呼びかけられています。

ネット上でも、熱中症に対する予防法や対処方法について容易に調べることができます。

もはや「熱中症に関する専門的知識がなかった」ということは許されないどころか、それだけで注意義務違反(過失)が認定されてしまうのではないかとさえ思います。

スポーツの現場における熱中症対策については、公益財団法人日本スポーツ協会のホームページ上に動画もアップされています。

https://www.japan-sports.or.jp/medicine/heatstroke/tabid523.html

指導者だけでなく、選手自身も自分や仲間たちを守るために、必ずチェックしておく必要があると思います。

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