県立養護学校における水泳授業中の生徒の溺死事故

2018.12.04 学校行事

横浜地方裁判所平成4年3月5日判決

事案の概要

本件は、神奈川県立Y養護学校に在学中であったXが、昭和62年4月15日、同校の水泳授業中に溺死した事故につき、Xの両親である原告らが、同校の設置者である被告県に対し、国家賠償法1条に基づいて、損害の賠償を請求した事案です。

Xは、言葉が発達しないということで3歳ころから児童相談所に通い、5歳ころに自閉症との診断を受け、本件事故当時まで東海大学医学部付属病院精神科外来で指導を受けていました。

Y養護学校高等部では、昭和57年以来全生徒を対象に体育授業の一環として年間20回前後民間のプールを借り切って水泳訓練を実施してきました。

昭和62年度も、4月9日開催の学部会において、

  1. 水中で自己の安全を確保し、水に慣れるとともに、能力に適した課題をもって、クロール、平泳ぎ、逆飛び込みなどの技能を養い、続けて長く泳げるようにすること
  2. プールの使用細則を守ること、清潔に注意することなどの水泳の心得を理解させ、日常生活に生かすことができるようにすること

を目的に、同年4月15日から10月28日までの間、合計19回にわたり、本件プールにおいて水泳訓練を行う計画を立てました。

水泳訓練においては、生徒をAないしFの六班に分けた上、泳力が未確認な一年生全員及び25メートルを自泳できない二、三年生を対象とするAないしC班については生徒一人に教諭一人がマンツーマン方式で個別指導に当たり、25メートルを自泳できる生徒を対象とするDないしF班については9ないし12名の生徒を2ないし5名の教諭が集団指導することとされていました。

Xは、高等部一年生当時の水泳訓練では、ビート板やヘルパーを使用して浮けるようにすること等を目標として、ビート板を使用してバタ足の練習をしたり、へルパーを使用して水に浮く練習をしたりする等の指導を受けました。

その結果、Xは極度にプールに入ることを恐がっていたのが、徐々に慣れてビート板やヘルパーを使用して自分から泳ぐことが見受けられるようになっていました。

そして、Xが高等部二年生になった昭和62年度の水泳訓練では、XはB班に属し、Xの学級担任であったK教諭の個別指導を受けることになりました。

本件事故の発生した4月15日は昭和62年度の水泳訓練の初日であり、高等部の生徒106名中の82名と教諭27名が参加しました。

この日、当初個別指導の対象であるAないしC班の生徒については、午前10時からC班、B班、A班の順で20分ずつ交替に二回り水泳指導を行う予定でしたが、実際に訓練を開始する時刻が10時35分ころまで遅れたため、Xに対する一回目の指導は午前10時50分ころから行われました。

一回目の指導が始まる際、本件プールの中にいたK教諭は本件プールサイドに座っていたXに対し本件プールに入るよう三回程声をかけましたが、Xが応じなかったため一旦本件プールから出て、Xの手を引いて立ち上がらせ、本件プールの縁まで行きました。

ところが、Xがそこで立ち止まって動かなくなったため、K教諭はXと正面から抱き合うようにして、立ったまま一緒に本件プールに入りました。

そして、K教諭はXに本件プールの中を歩かせたり、正面からXの両手を引いて水平に水に浮かせたりする訓練をしました。

ところが、Xは水に浮く訓練になると、背中を曲げて自転車をこぐような姿勢をとり、頻繁に床に足をついてしまうため、K教諭はXの背中に2個、両足首に各3個の合計8個の円筒形へルパー(直径13.4センチメートル、高さ約7.8センチメートル)を装着した上、正面からXの両手を引いて体を浮かせる訓練を続行しました。

Xはヘルパーを装着して訓練している際、本件プールの中にいたS教諭の海水パンツを掴んで立ち上がったり、他の生徒に掴まったりしました。

Xに対する二回目の指導は午前11時30分ころから行われましたが、K教諭は訓練に先立ち、Xの胸部に2個、両大腿部に各3個、両足首に各3個の合計14個のヘルパーを裝着した上、Xの両手を引いて立ち上がらせ、一回目と同様にXと抱き合った格好で立ったまま本件プールに入りました。

その後、K教諭はまず一回目と同様に正面からXの両手を引いてその体を浮かせる訓練を行いましたが、11時35分ころまでにはうつ伏せに水に浮かせたXの左側面に位置して、自己の右手をXの背中に回し、左手でその腹部を支えて、Xを左側から横抱きにするような格好で南北方向に本件プールを往復する訓練を開始しました。

Xは当初胸部に装着されていたヘルパーに両手で掴まって首から上を水面上に出し、自転車をこぐような姿勢を続けていましたが、胸部のへルパーはXが上体を支えるために下方へ押し下げたのが原因で次第にXの背部へ回り、当初の呼吸確保の目的を果たさなくなってしまいました。

しかし、K教諭はXの腹部を支えていた左手をやや胸部寄りにずらすことで呼吸確保の目的は達せられると考え、ヘルパーを元に戻すことなくそのままの状態で練習を継続しました。

Xは掴まるものがなくなり、ばしゃばしゃと水を叩いて上体を水面上に出そうとするとともに、大声を出して騒ぎ、途中でO教諭やE教諭の腕を掴むなどし、何度か床に足をついて立ち上がりました。

K教諭はXが足をついて立ち上がったのでは水に浮く訓練にならないと考え、Xがつま先を床に近づけるのを見ると前進の速度を早くしてそのままXのつま先が床から離れるようにして立ち上がることを許しませんでした。

このため、Xは立ち上がって休息したり、呼吸を整えたりすることができなくなり、疲労が蓄積し、下半身に大量に装着されていたヘルパーの浮力に逆らって鼻口部を水面上に保ち続けることが困難になりました。

しかしK教諭は、Xに足をつかせないようにすることを重視するあまり、Xの下半身の状態のみに注目し、Xの呼吸が確保されているかどうかを確認しませんでした。

このような状況下で、Xは鼻口部が水没した状態で呼吸をし、呼吸器内に水を吸引して呼吸困難となり、痙攣を起こし、突然体を「く」の字形に折り曲げて上半身を水没させた状態でK教諭の左手にしがみつき、足をばたばたさせた後ぐったりとなりました。

K教諭はこの時点でようやく異常に気付いたものの、Xが痙攣している間はXがK教諭の左手に強くしがみついていたため、Xの上体を水から出すことができず、Xがぐったりとなってからも、気が動転していたため早くXを本件プールから上げなくてはと考えるのみでXの気道確保等の措置をしないまま、Xを4、5メートル位離れた本件プールの端まで独力で運び、異常に気付いて駆けつけたO教諭に手伝ってもらって本件プールサイドに上げました。

Xは意識不明で顔色は青黒く、水を大量に飲んで腹が膨れ上がった状態でしたが、K教諭はXが突然体を痙攣させたことから、何らかの発作を起こしたのではないかと考え、当初は保温のためのマッサージにのみ専念し、人工呼吸等の措置をしませんでしたが、途中Xの口から水が溢れ出たため水に溺れたことがわかりました。

その後はH教諭が呼んだ救急車が到着するまで、スイミングスクールの職員が人工呼吸を行ったり、H教諭が心臓マッサージをしたりしましたが、Xは最後まで意識を回復せず、搬送先の神奈川県立厚木病院で午後7時11分死亡しました。

裁判所の判断

裁判所は、まず、

「ヘルパーは過剰にならないように留意し、ひもを胴回りに密着させて縛るのが正しい使用方法で、クロール、平泳ぎ、バタフライ等うつ伏せの状態で行う練習の場合には、へルパーが背中にくるように装着すべきであることが認められる。

従って、K教諭には右のような正しい数量及び方法でヘルパーを装着し、安全な水泳指導を行うべき注意義務があったと言うべきである。」

と判断しました。

この点に関し、被告らは、

「K教諭が行ったようなヘルパーの装着方法及び練習方法はY養護学校において既に一定の実績を上げて広く行われてきたものであり、これまで事故もなかった」

と主張しましたが、裁判所は、

「学校内で広く行われていたからといってこのような練習方法が危険であることを予見し得ないわけではないのであるから、この点はK教諭の注意義務を軽減するものではない。」

として、被告の主張を退けました。

次に、裁判所は

「本件事故当時K教諭が行ったようなヘルパーの装着方法をとった場合、下半身か浮き上がるため上半身が沈んで鼻口部が水没し、Xが水を吸引する危険性が大きくなることは当然予見可能であるから、K教諭としては常時Xの呼吸状態に注意しつつ、無理のない限度で練習を行うべき注意義務があったものと認められる。」

と判断しました。

さらに、裁判所は、

「呼吸が停止した場合でも適切な蘇生措置を施せば溺死後10分以内なら蘇生の可能性があること、K教諭は昭和61年6月16日にY養護学校の教職員を対象に行われた水泳指導時における救急処置に関するY消防署職員の講義を受けていたことが認められるから、K教諭にはXが痙攣を起こした後、直ちにXの気道を確保し、必要があれば他の教諭の助けを求めて直ちに人工呼吸、心臓マッサージ等の適切な蘇生措置を講じるべき注意義務もあったと言うべきである。」

と判断しました。

そして、裁判所は

「K教諭は二回目の水泳訓練に当たり、上記3つの注意義務を怠り、Xの足首、大腿部等に14個ものヘルパーを装置した上、Xが床に足をつかないようにすることを重視するあまり、Xの呼吸状態に留意しなかったばかりでなく、Xが痙攣を起こした後も直ちに適切な蘇生措置を講じなかったものである。」

として

「本件事故はK教諭の右過失によって発生したものであるから、被告県は、国家賠償法1条に基づき、原告らの損害を賠償すべき責任がある。」

と、原告らの請求を認めました。

知的障害者に対する注意義務

学校における体育授業は、生徒の技能習得、健康と体力向上、創造性・集団性の涵養などの重要な機能を有する教育活動ですが、体育授業にはそれ自身に本質的な危険が包含されているため、その指導教諭は、一般的に、生徒の身体の安全に対して充分な配慮を行ない、事故を防止する高度の注意義務を負うべきであるとされています。

知的障害者の場合、健常者以上に指導が難しくなると考えられますが、だからといって注意義務の程度が低くなるわけではありません。

むしろ、健常者に対してと同様の方法を採ったとしても、知的障害者の場合のほうが危険性は高まると考えられることから、注意義務の程度はより高まると考えられます。

養護学校の教諭には生徒の指導に大変な苦労と忍耐が必要であると思われますが、本件の事例は、生徒の生命・身体を守ることを最優先すべきであることの先例であると思い、紹介することにしました。

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