水泳クラブのプールで会員が練習中に溺死した事故についての運営会社の監視員配置義務

2018.12.25 スポーツ中の事故

富山地方裁判所平成6年10月6日判決

事案の概要

本件は、水泳プールにおいて会員が練習中に溺死した事故について、運営会社である被告が、本件事故当時、本件プールに常時監視員を配置しなかっただけでなく、蘇生法について知識のない未熟なBに他の業務を兼ねて本件プールの監視を担当させ、かつ、Bに対し監視及び救助について十分な指示をしなかったことが原因であるとして、債務不履行または不法行為に基づく損害賠償を請求した事案です。

被告は、富山市内において、水泳及びスポーツ教室の経営、水泳及び体操指導員の育成、委託によるスポーツ施設の運営、指導等を目的として、水泳プールを中心とするスポーツ等の会員制施設(本件クラブ)を設け、同施設において、クラブ会員に対し、施設利用サービスの提供等を行っている会社です。

Bは、本件事故発生当時被告の従業員であり、本件プールの監視を担当していました。

原告の子であるAは、平成3年6月、被告との間で、被告の管理する本件クラブに入会しその施設を利用することを内容とする施設利用契約を締結し、以後、本件クラブの会員として、本件クラブの水泳プール等の施設を利用していました。

平成4年5月10日、BとインストラクターのHがプール外で仕事をしていましたが、Bは、午後3時2、3分ころ、水質検査のためプールの水を汲みに来て、Aが本件プールのプールサイド寄りで、スタート台に近い場所の水底にうつぶせの状態になって水没しているのを発見しました。

Bは直ちに走ってHに連絡し応援を求めて、二人でAをプールから引き揚げて救助し、インストラクターのSが救急車の出動を求める電話をし、その後人工呼吸等の蘇生措置を行いました。

その時、Aは呼吸も脈拍も停止していました。

救急車は、午後3時12分に本件クラブに到着し、同25分に富山市民病院に到着しました。

救急車内で気道確保、人工呼吸及び心臓マッサージの応急措置が採られましたが、意識は全くなく、呼吸停止、脈拍触れず、瞳孔拡散の状態でした。

そして、富山市民病院に搬送されましたが、既に心肺は停止しており、蘇生のための応急手当を受けたものの、同日午後4時10分ころ死亡しました。

なお、Aの死因についても争いになりましたが、裁判所は

  • Aは、死亡当時29歳の男子で、子供のころから健康であり、平成4年2月の済生会富山病院での定期健康診断でも、血圧は80ないし130と正常で、胸部X線や心電図その他では異常がない旨の検査結果が出ていること
  • 日頃から同居している父の原告に身体の異常を訴えていなかったこと
  • Aが本件事故直後に発見された際、Aは本件プールに水没していたこと
  • 救急搬入先の富山市民病院において医師がAの診断・治療に当たった際、Aの肺から2、3リットルほどの水が出てきたこと
  • これに基づき、同医師はAの死因を「溺水死」と診断していること
  • 他に死因となるような疾病等が存在したことを窺わせる事情は見当たらないこと

の各事実が認められることから、

「Aの死亡原因は水を大量に誤飲・誤吸引したことによる溺水死であると認めるのが相当である」

と判断されました。

裁判所の判断

被告の責任について

まず、裁判所は、予見可能性について

  • 水泳は、その場所がプールであると否とを問わず、また、水泳者が大人か子供か、健常者であるか否かを問わず、身体の大半を体温より温度の低い状態かつ水中に置いて、高い抵抗を受けつつ身体的運動を行うという、日常生活とは異なる条件下の活動であって、その水中という状態は、呼吸運動の維持にとって一定の困難をもたらすものであり、水を誤吸引或いは誤飲するという事態も生じるところである。したがって、遊泳中に、原告の主張する、身体の一部のけいれん、あるいは、水の気管内吸引に基づく心臓抑制反射による意識喪失(とその後の呼吸運動再開による水の吸引)という機序、又は他の機序に基づき、遊泳者が溺れるという事態は十分に生じ得るところである。
  • そして、一旦溺れた場合は、他人の救助がなければ、溺水死その他生命・身体に重大な影響を受けるおそれが相当高いものである。
  • もっとも、水泳を習得している大人の場合、子供や水泳未習得者と比べると、プールで遊泳中に溺れるという危険性はさほど高くはないけれども、危険防止策や救助方策を考慮する必要がないほど危険性が低くはないし、一旦溺れた場合に重大な結果を生じる危険性のあることはさほど変わりがない。

とした上で、

「スイミングクラブでは一般に監視員を置いて常時プールを監視しており、また、被告代表者自身も、本件プールの監視につきBに対して『何かあったらすぐ知らせろ』と指示していたのであり、これらの事実関係に鑑み、また、証人B、証人Sが事故発生の可能性につき述べるところに照らしても、被告のようなスイミングクラブ経営者には、健常者の大人であっても、また、水泳を習得している者であっても、プールで遊泳中に溺れ、そのままでは生命、身体に対する重大な結果に至る事故が発生する現実的な危険性のあることについて十分予見可能であったものというべきである。」

としました。

次に、裁判所は、結果回避可能性について

  • 水泳中に溺れた場合、直ちに死亡することは通常あり得ず、溺れていることを早期に発見・救助し、人工呼吸等の蘇生法を施せば、生命・身体に対する重大な結果は回避しうる可能性が高い。
  • 特に、プールの場合、蘇生法を習得している監視員を置き、その監視員が常時プールを監視していれば、遊泳者が溺れるという事態が発生した場合でも、生命・身体に対する重大な結果を回避しうる時間内に発見し救助することが十分に可能である。
  • そして、プールにおいて、右のような監視体制を取っても多額の費用を要するというものでもない。
  • 被告は、営利を目的として本件クラブを経営し会員から相当額の会費等を徴収しているのであるから、結果回避措置を取ることは十分可能であった。

とした上で、

「本件においては、Aの死亡原因は溺水死であり、溺れて直ちに蘇生不可能な状態に陥ったものと認めるべき事情は見当たらないから、被告がAを早期に発見・救助し、人工呼吸等の蘇生法を施しておれば、死亡に至ることを回避できた蓋然性は高かったものというべきである。」

としました。

以上を前提に、被告の安全配慮義務について、裁判所は

  • 本件契約は本件プールその他の施設の利用を主とするものである。
  • 本件プールの利用は本件クラブの会員に限られている。被告は本件クラブの入会の資格条件や会員規約を設け、本件プール等の施設の管理は専ら被告において行っている。他方、会員は、会員規約等を遵守し、被告従業員の指示に従わなければならず、これらに違反すれば除名されることとなっている。したがって、会員が本件プールを利用するに当たりその健康・安全を確保するには、被告の施設の管理・運営の適否に大きく依存することとなる。
  • 被告は、営利を目的として相当額の入会金・年会費・月会費を徴収して本件クラブを運営し、クラプの目的として会員の健康維持増進を掲げている。したがって、被告としては、その会費等に対応する給付を提供することが要求される立場にある。
  • 本件プールは前記のとおりの規模のものでさほど大きくはなく、その利用時間も被告が決めることとなっていたのであるから、被告が安全管理を行うことは場所的・時間的にも十分可能であった。

とした上で、

「本件プールを管理している被告としては、本件契約上の義務として、右施設内においてAら会員の生命・身体を保護するための万全の配慮をして施設を利用させるべく、少なくとも、蘇生法を習得しているプール監視員を配置して、会員が本件プールを利用している時は常時本件プールを監視し、事故発生時に迅速に発見・救助できる体制を整えているべき義務を負っていたものというべきである。」

と判示しました。

また、裁判所は、

「本件クラブには、大人の会員が自由に利用する本件プールの他に水泳の初心者(幼児・学童を含む)に対する指導を目的とするスクールプールがあり、両プールの間は仕切りで区切って、画然と分けて利用されており、子供がメンバープールに入ることは禁止されていたことが認められ、この点において、プールが一面しかなく大人も子供も混在して遊泳しているプールとは異なる面があるものと認められるけれども、右の事実では、被告に安全配慮義務があったことを覆すことはできない。」

と判示しました。

その上で、裁判所は、

  • 被告が本件プールに常時監視員を配置していなかったことは当事者間に争いがない。
  • 被告は、スクールプールが利用されていないときは、大体一時間に一回の割合で水質検査等を兼ねて見回り監視する程度の監視体制をとっていただけである。
  • 本件事故当日、被告は、蘇生法について知識のないB一人に水質管理業務を兼ねてプールの監視を担当させ、かつ、同人に対し、監視及び救助につき、「5、6名以上泳いでいたら見ていろ、少なかったら別によい」「何かあったら知らせろ」といった程度の指示を与え、それ以上の監視は指示しなかった。

として

「被告は本件契約上の安全配慮義務の履行を怠ったことが明らかというべきである。」

と被告の債務不履行を認めました。

そして、裁判所は、

「被告の右債務不履行とAの死亡の結果の発生との間には相当因果関係があるものというべきである。」

として、被告には債務不履行に基づく損害賠償責任があると判断しました。

免責条項について

本件クラブの会員規約第20条に「会員は施設の利用が自己の責任と危険負担において行われることを明確に承認の上、営業中の事故その他施設利用に際しての事故について、被告は一切の賠償責任を負わないことを特に会員と被告との間で確認する。但し、被告に故意又は重大な過失がある場合はこの限りではない。」との本件免責条項がありました。

そして、Aが本件クラブに入会するに際しての入会申込書には「(本件クラブに入会するに当たりその)規約を承認の上・・・・・・規約を遵守することを誓約します。」旨印刷記載された「誓約書」欄があり、Aは右誓約書欄に署名捺印して、本件クラブに入会したこと、及び、右申込書と同一用紙の半面に会員規約が印刷され切り取り線で切り離すようになっており、Aも、入会申込みをした際、会員規約部分を切り取り受領していました。

しかし、裁判所は

「右の事実のみでは、Aが本件免責条項の内容を認識・了解し、これに合意したものと認めるのは困難であり、他に、Aが本件免責条項に合意したものと認めるに足りる証拠はない。」

「のみならず、仮に、Aと被告間で本件免責条項の合意が成立したものと認めることができるとしても、先に認定判断した本件契約の内容、本件契約に基づく施設利用の実情等に照らすと、本件免責条項が、被告に本件契約上の債務不履行がありその結果会員の生命・身体に重大な侵害が生じた場合においても、被告が損害賠償責任を負わない旨の内容を有するものであるとすれば、右規約はその限りにおいて、公序良俗に反し、無効といわなければならない。」

として、免責条項の効力を認めませんでした。

配置するべきプール監視員とは

プールにおける溺水事故については、プール監視員の配置義務が争点になることが多いといえます。

本件もその一例であるといえます。

裁判所は、「本件プールを管理している被告としては、本件契約上の義務として、右施設内においてAら会員の生命・身体を保護するための万全の配慮をして施設を利用させるべく、少なくとも、蘇生法を習得しているプール監視員を配置して、会員が本件プールを利用している時は常時本件プールを監視し、事故発生時に迅速に発見・救助できる体制を整えているべき義務を負っていたものというべきである。」と判示しています。

つまり、形式的にプール監視員を配置していればよいというものではなく、「蘇生法を習得しているプール監視員」という実効性のあるプール監視員を配置する必要があるとされています。

このことから考えると、プールを管理する運営会社に限らず、学校のプールにおいても、単に監視員がいれば足りるのではなく、蘇生法を習得している必要があるといえるため、監視員として採用した場合には、蘇生法を習得させることも必要になってくると考えられます。

プールの利用者の生命・身体の安全を考えると当然のことといえますが、それだけ重い責任が課せられているともいえるでしょう。

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