ガイドラインの水深が確保できていない県立高校のプールにおける飛び込み事故

2019.01.07 スポーツ中の事故

奈良地方裁判所平成28年4月28日判決

事案の概要

本件は、被告奈良県が設置及び管理する県立高校のプールにおける飛び込み事故によって傷害を負った原告が、本件プールには設置又は管理の瑕疵があった旨主張して、被告に対し、国家賠償法2条1項に基づき、損害賠償を求めた事案です。

原告は、小学校在学中の6年間、スイミングスクールに通い、本件高校在学中は水泳部に所属していました。

平成23年3月に本件高校を卒業した後、同年4月にA大学総合リハビリテーション学部作業療法学科に入学しました

本件プールは、いわゆる50mプールであり、長さは、長辺方向に50m、短辺方向に20mでした。

長辺の両端(両短辺)部分には、設計上の水面から0.23mの高さに端壁が設けられており、端壁には脱着式のスタート台が9個設けられていました。

設計上の水深は、長辺の両端壁から25m地点が1.4mと最も深く、同地点から両端壁に向かって浅くなり、両端壁から1m地点では1.2mでした。

公益財団法人日本水泳連盟は、我が国の水泳競技(競泳、飛び込み、水球、シンクロナイズドスイミング及び日本泳法)の発達と水泳競技会の円滑かつ公正な運営を図るため、水泳競技に使用されるプール等の公認の基準とその手続を定めることを目的として、プール公認規則(平成22年4月1日施行の最新のもの。以下同じ。)を定めていました。

本件プールは、プール公認規則所定の標準プールに該当するところ、同規則は、標準プールについて、

  • 端壁前方6.0mまでの水深が1.35m未満であるときはスタート台を設置してはならないこと
  • 端壁の水面上の立ち上がりは0.20m以上0.30m以下とすること

などを定めていました。

日本水泳連盟は、水泳プールの飛び込み事故の重大性に鑑み、我が国の水泳の統括組織としての立場と責任から、何らかの見解を明らかにすべきであるとの判断の下に、水泳指導、建築、スポーツ医・科学、法律等の専門家を含めた委員会を設置し、鋭意検討を進め、平成17年7月6日付けでプール水深とスタート台の高さに関するガイドラインを策定するに至りました。

ガイドラインでは、 安全に配慮された飛び込みスタートを行う場合のスタート台の高さは、水深1.00~1.10m未満のプールについて 0.20~0.30mが妥当であるとしていました。

ガイドラインは、全国の既存の水泳プールの現状と、競技会・トレーニングの実施状況に照らし合わせ、頚椎・頚髄損傷及び四肢麻痺等の重篤な飛び込み事故の防止を図るために検討・策定されました。

しかし、これは「絶対的な安全基準」という性格ではなく、現実的な妥協点ともいうべきものでした。

したがって、ガイドラインどおりの設定で実施した飛び込みのスタートであっても、陸上・水中での姿勢・動作等の要因が複合すれば、プール底に頭を強打して、飛び込み事故が起こるのも事実でした。

本件プールでは、平成24年8月12日午前9時頃から、本件高校の水泳部の現役部員11名が練習を行っていました。

原告は、水泳部の卒業生として、他の卒業生7名とともに練習に参加しました。

そのうち、現役部員と卒業生とが合同してリレー競技を行うことになったため、これに向けて各々が飛び込みの練習を行うなどしていました。

原告は、同日午前10時50分頃、本件プール北側にある5番と6番のスタート台の間の端壁上部から、逆飛び込みをしたところ、本件プールの底面にその頭部を衝突させました。

なお、本件事故について、原告には記憶がなく、目撃者もいませんでした。

本件事故当時、本件プールの水深は、長辺の両端壁から1m地点において、1.06mでした。

原告は、本件事故直後、奈良県立医科大学附属病院に搬送され、頚髄C6損傷及び頚椎C6椎体圧迫骨折と診断されました。

その後の転院先の病院の医師は、平成24年11月6日、原告について身体障害者診断書・意見書を作成しました。

同診断書・意見書における原告の障害名は四肢体幹機能障害であり、起立位・座位保持不能、歩行不能(体幹1級)、両手指伸展・屈曲ともに不能との総合所見でした。

奈良県は、同年12月10日、原告を体幹機能障害1級と認定しました。

裁判所の判断

設置又は管理の瑕疵の有無について

裁判所は

  • 水深1.00~1.10m未満のプールについて、ガイドラインは、安全に配慮された飛び込みスタートを行う場合のスタート台の高さは0.20~0.30mが妥当であるとしている。
  • ガイドラインは、日本水泳連盟が、全国の既存の水泳プールの現状と競技会・トレーニングの実施状況に照らし合わせ、重篤な飛び込み事故の防止を図るために検討し、平成17年7月6日付けで策定したものであるが、そこで示されている基準は「絶対的な安全基準」という性格ではなく、現実的な妥協点ともいうべきものであって、ガイドラインどおりの設定で実施した飛び込みのスタートであっても、陸上・水中での姿勢・動作等の要因が複合すれば、プール底に頭を強打して飛び込み事故が起こることは想定されており、必ずしも十分な水深がないプール施設での事故発生の危険性を、適切・合理的なスタート方法によって回避できることを前提としているものである。
  • なお、ガイドラインが示す基準は、スタート台の高さに関するものではあるが、飛び込みの際の事故発生の危険性を考察する観点からは、飛び込み地点の水面上の高さが問題となるのであって、それがスタート台の高さであるか端壁上部の立ち上がりの高さであるかを区別する意味はない。

とした上で、

「そうすると、ガイドラインは、飛び込み事故の発生を防止するための最低限度の基準として、水深1.00~1.10m未満のプールにおいては、水面上の高さが0.30mを超える地点からの飛び込みを行わせるべきではない旨を定めたものと解され、これに適合しないプールは、飛び込みを行って使用するプールとしては、通常有すべき安全性を欠くものと推認するのが相当である。」

と判示しました。

そして、裁判所は

「本件事故当時、本件プールの水深は、長辺の両端壁から1m地点において、設計上の水深(1.2m)を0.14m下回る1.06mであり、その水面から端壁上部までの立ち上がりは0.37mであったから、本件プールはガイドラインの要求する水深が確保できておらず、スタート台のみならず端壁上部からの飛び込みを行わせるべきではない客観的状態にあったものと認められる。」

としました。

また、裁判所は、

「原告は、本件事故当時、本件高校の水泳部の卒業生として、現役部員とともに本件プールで練習を行っていたものであるが、証拠によれば、当該状況については、顧問の教諭が本件プールに隣接する体育研究室から監視していたことが認められ、その際、卒業生の参加や飛び込みの練習が禁止されていたことなどをうかがわせる証拠は全くない。」

とした上で、

「そうである以上、被告において、本件事故の発生を予見することは十分に可能であり、また、本件プールへの飛び込みを禁止する措置を講じるなどしてこれを回避することも可能であったというべきであるが、そのような措置が講じられることはなかったものである。」

としました。

以上より、裁判所は

「したがって、本件プールは、本件事故当時、飛び込みを行って使用するプールとして通常有すべき安全性を欠いたものであり、設置又は管理の瑕疵があったものと認められる。」

と判断しました。

これに対し、被告は、

「本件事故は原告が約1.1~1.2m先に水面に垂直に近い角度で飛び込むなどという通常では想定し得ない飛び込み方法によって発生した自損事故であって、ガイドラインの要求する水深の差が事故発生に影響を与えたものではないから、本件プールに管理上の瑕疵があったということはできない」

と主張し、これに沿う大学教授作成の意見書を提出しました。

しかし、裁判所は、

「上記意見書は、原告が浮かび上がった際の姿勢や浮かび上がるまでの機序等についての仮定を基礎に入水地点を推定するものであるが、その仮定が正しいものと断定するに足りる証拠はないから、上記意見書に依拠して、直ちに原告が約1.1~1.2m先の水面に垂直に近い角度で飛び込んだものと認めることはできない。」

「また、仮に被告が主張するような危険な態様で原告が飛び込みを行ったものであるとしても、原告が友人と悪ふざけをするなどして意図的にそのような態様の飛び込みを行ったものと認めるに足りる証拠はなく、かえって、証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告は、普通の飛び込みを意図しながらも、蹴りの力が弱いなどといった通常生じ得るようなミスにより、本件プールの底面に対して垂直に近い角度で入水し、底面に頭部を衝突させたものと推認される。」

とした上で、

「本件事故が通常では想定し得ない飛び込み方法によって発生したものということはできず、結局、本件プールは、飛び込みを行って使用するプールとして通常有すべき安全性を欠いたものであり、設置又は管理の瑕疵があったものというべきである。」

として、被告の主張を排斥しました。

過失相殺について

裁判所は、

「原告は、小学校在学中の6年間はスイミングスクールに通い本件高校在学中には水泳部に所属しており、適切な飛び込みの方法を相当程度習熟していたものと考えられるところ、本件事故当時、飛び込みを行うのが約3年ぶりであり、しかも、本件プールの水深が浅いことを認識していたものであるから、飛び込みをするに際しては、入水角度が大きくならないようにするなど適切な飛び込みを行うよう留意すべき注意義務があったというべきである。」

とした上で、

「ところが、原告は、蹴りの力が弱いなどといったミスにより、本件プールの底面に対して垂直に近い角度で入水し、底面に頭部を衝突させたものであるから、本件事故の発生について原告にも過失があったものということができ、過失相殺をするのが相当である。」

として、

「上記原告の過失の程度と本件プールの瑕疵の内容とを対比すると、原告の過失割合は60%と見るのが相当である。」

と判断しました。

部活動ガイドラインに抵触する過度の練習に対する懸念

本件において裁判所は、日本水泳連盟が策定したガイドラインに関して、

「ガイドラインは、必ずしも十分な水深がないプール施設での事故発生の危険性を、適切・合理的な飛び込みスタート方法によって回避できることを前提としている。

したがって、ガイドラインに即さない施設の利用法や適切・合理的な飛び込みスタートができない泳者の利用により飛び込み事故が生じた場合には、施設の管理者等の法律上の責任が問われる場合があることに留意が必要である。 」

と判示しています。

このことを踏まえると、裁判所は、各種スポーツ団体が選手の安全や事故の防止のために作成したガイドラインに抵触する場合には、安全配慮義務に違反したものとして損害賠償責任が発生しうることを明らかにした、より端的に言えば、「ガイドラインの内容は安全配慮義務違反の有無を判断する際のメルクマールとなることを明らかにした」といえます。

この点についての私見です。

平成30年3月、スポーツ庁は「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」を策定しました。

http://www.mext.go.jp/sports/b_menu/shingi/013_index/toushin/__icsFiles/afieldfile/2018/03/19/1402624_1.pdf

このガイドラインの中では

「運動部顧問は、スポーツ医・科学の見地からは、トレーニング効果を得るために休養を適切に取ることが必要であること、また、過度の練習がスポーツ障害・外傷のリスクを高め、必ずしも体力・運動能力の向上につながらないこと等を正しく理解するとともに、生徒の体力の向上や、生涯を通じてスポーツに親しむ基礎を培うことができるよう、生徒とコミュニケーションを十分に図り、生徒がバーンアウトすることなく、技能や記録の向上等それぞれの目標を達成できるよう、競技種目の特性等を踏まえた科学的トレーニングの積極的な導入等により、休養を適切に取りつつ、短時間で効果が得られる指導を行う。 」

との趣旨・目的を踏まえ、

「運動部活動における休養日及び活動時間については、成長期にある生徒が、運動、食事、休養及び睡眠のバランスのとれた生活を送ることができるよう、スポーツ医・科学の観点からのジュニア期におけるスポーツ活動時間に関する研究も踏まえ、 以下を基準とする。」

として

  • 学期中は、週当たり2日以上の休養日を設ける。(平日は少なくとも1日、土曜日及び日曜日(以下「週末」という。)は少なくとも1日以上を休養日とする。週末に大会参加等で活動した場合は、休養日を他の日に振り替える。)
  • 長期休業中の休養日の設定は、学期中に準じた扱いを行う。また、生徒が十分な 休養を取ることができるとともに、運動部活動以外にも多様な活動を行うことができるよう、ある程度長期の休養期間(オフシーズン)を設ける。
  • 1日の活動時間は、長くとも平日では2時間程度、学校の休業日(学期中の週末 を含む)は3時間程度とし、できるだけ短時間に、合理的でかつ効率的・効果的な活動を行う。

と定められています。

しかし、実際には、この部活動ガイドラインを超える過度の練習が行われており、また科学的トレーニングが積極的に導入されているともいえないのが現状です。

この現状と本件における裁判例を踏まえると、近い将来、部活動ガイドラインを超える過度の練習によりスポーツ障害や外傷が発生し、それが運動部顧問の安全配慮義務違反に該当するとして、損害賠償請求の対象となる事案が続出するのではないかと懸念しています。

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