裁判所が公務員である教員個人の損害賠償責任を認めないのはなぜか

2019.02.08 弁護士コラム

民法709条は

「故意または過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」

と規定しています。

他方で、国家賠償法1条1項は

「国または公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意または過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国または公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」

と規定しています。

つまり、不法行為の加害者が公務員の場合には、国賠法1条1項により、国または公共団体が損害賠償責任を負いますが、それ以外の場合には民法709条により加害者本人が損害賠償責任を負うことになります。

そして、加害者である公務員が「教員」である場合であっても、教育作用が公権力の行使に該当することから国賠法1条1項が適用され(最高裁判所昭和62年2月6日判決)、この条項によって国または公共団体が責任を負う場合には,当該教員個人は責任を負わないとするのが判例です(最高裁判所昭和30年4月19日判決)。

もっとも、昨今では、公務員である教員による体罰を初めとした様々な事件が取り沙汰されており、児童・生徒が甚大な被害を受けています。

そのような場合、被害者本人やその保護者は、国または公共団体ではなく、加害者本人である教員に対して、損害賠償を求めることがあります。

しかし、残念ながら、国賠法1条の規定や最高裁判例により、ことごとく認められていません(なお、あくまでも「職務を行うについて」の要件を満たしていることを前提にしています)。

このような一連の流れについて全面的に争った事例があります。

事案の詳細は割愛しますので、こちらの「県立高校剣道部における熱中症事故について学校と病院の過失を認めた事案」をご覧ください。

紹介するのは、この事案の控訴審判決です。

被害者の遺族(控訴人)側が教員である顧問・副顧問らの個人としての損害賠償責任を裁判所に認めさせるために考え得る様々な主張を、裁判所がどのように判断したかを比較してみたいと思います。

福岡高等裁判所平成26年6月16日判決

国賠法と民法との適用関係について

控訴人の主張

国賠法1条1項は、公務員個人の責任について何ら規定をしておらず、同法4条では、同法に規定がない場合には民法の規定を適用すべきものとされているから、公務員個人の責任については民法709条が適用され、被害者は、公務員個人に対しても直接不法行為責任を追及することが可能と解するのが自然な解釈というべきである。

これを前提とすれば、不法行為の行為者が公務員であることにより国賠法に基づき国または公共団体が責任を負う場合に、行為者である公務員個人に対する民法上の責任追及ができないとする積極的理由がない限りは、原則どおり、民法709条による責任追及が認められると解すべきである。

公務員の個人責任の問題は、民法上の不法行為に基づく損害賠償請求権が、国賠法の解釈によって剥奪することが許されるのかという点にある。

裁判所の判断

国賠法4条は、同法1条または2条に基づく国または公共団体の損害賠償責任について、同法1条ないし3条が適用されるほか、民法上の不法行為の諸規定(同法710条、711条、719条、722条、724条等)が適用されることを明らかにするとともに、国賠法の適用がない損害賠償責任については、民法上の不法行為法の諸規定が適用されることを注意的に定めたものである。

国賠法4条の規定によっては、国または公共団体が国賠法上の責任を負う場合に、当該行為をした公務員個人に対しても不法行為に基づく損害賠償を請求しうるかということについては、何ら明らかになるものではなく、公務員の個人責任を否定することに支障となるものではない。

使用者責任との均衡について

控訴人の主張

国賠法1条2項は、損害賠償の責に任ずる国または公共団体の公務員個人に対する求償権につき、悪意・重過失の場合に限定しており、この規定の存在が公務員個人に対する責任追及を否定する論拠と解される。

しかしながら、求償権規定を有する民法715条の使用者責任が適用される場合であっても、行為者個人について同法709条による責任追及が認められるのであるから、国賠法に求償権規定があることが、個人の責任追及を否定する論拠とする合理性はない。

また、求償権規定は、あくまで内部における責任分担の問題であり、公務員個人に故意または重過失がある場合には求償しうるというにすぎず、実際には、国または公共団体が絶対的に公務員個人に求償しているわけではない。

したがって、対外的な責任の有無を画するにあたっての決定的な根拠とはなり得ない。

さらに、この問題は、公務員個人の民法709条の責任を故意または重過失の場合に限定することでも、求償権規定との整合性を図ることができる。

裁判所の判断

国賠法1条2項を内部における責任分担を規定したものと解することは、同条の文理上困難と思われること、また、民法715条の使用者責任については、被用者の選任監督に過失がない場合には免責される旨の規定があり、被用者に対する求償については故意または重過失による制限が明記されていないのに対し、国賠法上の賠償責任には免責規定はなく、公務員個人に対する求償を故意または重過失に限定している点で異なっており、国賠法1条による賠償責任は民法715条の特別法に当たると解されることから、民法715条との均衡を理由に、公務員個人に対する責任追及を認めなければならないとはいえない。

さらに、民法709条によって公務員に過失がある場合にも損害賠償責任を負うとなると、国賠法1条2項が、国または公共団体による求償を公務員の故意または重過失がある場合に限定していることと均衡を失することになる。

また、控訴人らは、故意または重過失のある場合に限り公務員個人の民法上の損害賠償責任の追及を認めるべきであるとの見解も示しているが、国賠法1条1項について、当該公務員に代わって国または公共団体が責任を負うとの免責的代位責任を認めたものと解することを前提とした場合、当該公務員の行為が故意または重過失によるか否かは問わず、国または公共団体のみが責任主体となるというべきである。

そして、故意または重過失のある場合に限るとする見解によっても、実際の提訴にあたっては、故意または重過失がない場合にも公務員個人が責任追及されないとは限らず、故意または重過失の不存在を明らかにするための負担を強いることになり、国賠法1条2項の求償権規定との関係で不均衡を生じる可能性が払拭されるとはいえない。

支払能力について

控訴人の主張

国または公共団体という支払能力がある者が責任を負担する以上、公務員個人に責任を負わせる必要はないとの見解もある。

しかしながら、このことは個人責任追及を禁止すべき積極的理由にはならない。

国公立病院の医師の医療事故については、医師個人の不法行為責任が肯定されている。

また、損害の填補を強調するのであれば、国または公共団体の行為全般による損害賠償について国賠法が適用されるべきであって、「公権力の行使」に限って責任を認める必要はないはずである。

裁判所の判断

国家賠償制度が被害者の被った損害を填補することを目的としていることは明らかであるところ、国または公共団体を損害賠償責任の主体とし、これらに責任を認めれば被害者救済として十分といえるから、公務員個人に損害賠償を請求する必要はないというべきである。

なお、控訴人らは、国公立の医療機関に勤務する医師については、医療過誤について民法上の損害賠償責任を問われることを指摘するが、医療過誤については、特段の事由がない限り、医療行為が公権力の行使に当たらないと解されることにより医師に民法上の責任が問われるのであり、これとの均衡をいうのは適切とはいえない。

被害者の被害回復について

控訴人の主張

公務員の個人責任を認めることは、被害者の報復感情を満足させるもので、国賠法の趣旨に反することもあげられる。

しかしながら、国賠法の趣旨は、損害填補機能に限られるものではなく、制裁機能・違法行為抑制機能・違法状態排除機能があることが指摘されており、公務員個人に対する責任追及が、このような趣旨に反するとはいえない。

さらに、「報復感情の満足」という表現を用いることは、そのこと自体、既に消極的な評価が含まれた偏向的な見方である。

たしかに、国家は、報復または私的制裁を禁止し、その代償として裁判所における裁判を受ける権利を保障したが、実際の裁判の過程においては、被害者は、訴訟手続を通して加害者から様々な情報を得るとともに、被害から回復していくという経過を辿る。

このような、被害者の「被害からの回復・再生」という視点は、近時、司法において格別の価値を見出されるに至っている。

すなわち、犯罪被害者等基本法が制定され、それとともに、国家の被告人に対する刑罰権の実現に向けた刑事訴訟において被害者参加の道が開かれたのは、加害者に対して直接的に責任を追及する手段を与え、被害者が加害者に関与していくことが被害回復にとって極めて重要な意味を有していることが自覚されたためである(犯罪被害者等基本法2条3項参照)。

刑事訴訟においてですら被害者の被告人に対する直接的な関与が認められたにもかかわらず、被害者の公務員個人に対する民法上の責任追及の権利が剥奪されるということについて、合理的理由があるとはいえない。

裁判所の判断

国賠法上の損害賠償制度について、公務員の職務の適正に対する監視的機能(控訴人らの主張する違法行為抑制機能・違法状態排除機能も監視的機能に含まれるものと考える。)があるとしても、そのことが直ちに公務員の個人責任の追及を肯定する根拠にはならず、国または公共団体に対して国賠法に基づく損害賠償を負わせたり、行為者である公務員に故意または重過失がある場合に求償権が行使されることにより、監視的機能を働かせることができると考えられる。

さらに、公務員個人に対する刑事責任の追及や懲戒も、公務員の職務執行の適正を担保するものといえる。

この点に関連し、国または公共団体の公務員個人に対する求償権の行使、刑事責任の追及、懲戒等が不十分であるとすれば、その制度・運用の問題として検討すべきであり、これらの制度では不十分であるとして、公務員個人に民法上の不法行為責任を追及する根拠とすることは相当ではない。

また、控訴人らは、被害者の「被害からの回復・再生」という視点からも、公務員個人に対する責任追及の必要性を主張するが、被害者が公務員個人に対し民法上の不法行為責任を直接追及すべき合理的な理由というには未だ不十分な議論であり、採用することはできない。

いわゆる訴訟の矢面論について

控訴人の主張

公務員の個人責任追及を肯定すると、過失の有無にかかわらず、公務員個人を被告とする訴訟が頻発し、公務員が訴訟の矢面に立たされることとなってしまう弊害があるとの見解がある(以下「訴訟の矢面論」という。)。

すなわち、故意または重過失のある公務については萎縮効果を考慮する必要がないため、直接責任を肯定してもよいはずであるが、これを理由に、公務員個人に対する民法上の不法行為責任の追及を認めた場合には、結果として責任を負う必要のない(故意または重過失のない)公務員も被告とされ、「訴訟の矢面」に立たされることの弊害を重視する見解である。

しかしながら、この見解は、保護すべき者(故意または重過失のない公務員)を保護するためには、結果的に論者自身が保護する必要がないと考える者(故意または重過失がある者)を保護することになってもやむを得ないという「過剰包摂」ともいうべき結果を是認するものであり、公務の適正な執行等の目的を達成するための手段として合理性を欠く。

また、個人責任の途を開けば公務員個人を被告とした訴訟が多数提起されるようになることが「必然」であるということの根拠がない。

このことは、医療事故訴訟で常に担当医師個人が被告とされているわけではないことに照らして明らかである。

実際にも、国賠法1条1項によって、国または公共団体の責任が問われる訴訟では、公務員個人の故意・過失が要件とされるから、当該公務員個人の証人尋問が不可避であり、その意味では、現状でも「訴訟の矢面」に立たされている。

このことからしても、訴訟の矢面論は、公務員個人の責任追及を否定する理由とはならない。

裁判所の判断

国賠法の解釈等から公務員個人に対する民法上の損害賠償請求は否定されるところであるが、公務員個人が被告として訴訟に関わることは証人として訴訟に関与することとは質的に異なることは明らかで、訴訟の矢面論が不合理とはいえない。

教育活動を公権力の行使とすることについて

控訴人の主張

公権力の行使の概念の拡大の背景はもっぱら被害者救済という意味合いしかなく、現在の使用者責任に関する判例を前提とする限り被害者保護の程度に差異はなく、あえて拡大する必要性は認められない。

教育作用については、戦後教育の理念を基点にして、公権力の行使ではあり得ないはずであり、懲戒行為について、国公立学校の教師と私立学校の教師とを区別する理由も釈然としないとの指摘もある。

本件は、教育現場・部活動現場における非権力性の徹底という、わが国の教育界に戦後長らく課せられてきた課題が、未だ克服できていないことに由来する悲劇ともいうべき事故である。

本件では、子どもの主体性を蔑ろにし、子どもを指導者自らの自己実現の道具であるが如く扱うような風潮が依然として払拭できない部活動のあり方が問われており、本件について、教育活動が公権力の行使に含まれると漫然と述べることについては、厳しい目が向けられて然るべきである。

裁判所の判断

本件は、公立学校の部活動における被控訴人ら(顧問・副顧問のこと)の教育活動が問題となっているところ、国賠法1条1項にいう「公権力の行使」については、教育活動も含まれると解される(最高裁判所昭和62年2月6日判決)。

これに対し、控訴人らは、教育作用は公権力の行使ではあり得ないとして、教育作用の権力性を否定する立場から、国公立学校の教師の教育活動について国家賠償の対象とすることを否定するが、「公権力の行使」について、国または公共団体の非権力的作用も含めて広く解することについては、被害者の損害填補を目的とする国賠法の趣旨に適うものであり、これを広義に解した上で、教育作用も公権力の行使に含まれるというべきであり、控訴人らの主張は採用できない。

国立大学法人等との均衡について

控訴人の主張

判例は、国公立学校における教育作用は公権力の行使に該当するとしているが、

①私立学校における学校事故については民法715条、709条を適用し、

②国立大学の独立行政法人化後、国立大学法人における事故につき民法上の不法行為により処理された事例があり(東京高等裁判所平成19年3月29日判決)、

③また、国公立病院ないし独立行政法人国立病院機構における医療事故については、判例上、国賠法の適用は否定されていることからすれば、不均衡・不公平が生じているといわざるを得ない。

裁判所の判断

控訴人らは、国立大学法人や私立学校の教職員との対比からも、判例を批判するが、国立大学法人に関しては、当該法人の公共団体性の有無及び問題とされる行為の内容や性質等との関係で国賠法の適用について検討されるべき問題であること、また、国または公共団体とは独立した私法人の活動について一律に論じなければならない必然性、合理性は認められないことから、控訴人らの主張は採用できない。

また、国公立の医療機関に勤務する医師の医療過誤については、医師の患者に対する診療・治療行為が、もっぱらその専門的技術及び知識経験を用いて行う行為であり、私立病院に勤務する医師の一般的診療行為と異ならないことから、特段の事由がない限り、医療行為が公権力の行使に当たらないと解されることにより医師に民法上の責任が問われるのであり、国公立学校の教師の職務と同一に論じる必要性はないと解する。

制限的肯定説の適用について

控訴人の主張

最高裁判所の判例は、公務員個人の故意・過失(重過失)が認められたことを前提にした事件ではなかったり、公務員個人責任自体が問題とされ被告として争われた事案に関するものではなかったものであり、公務員に故意または重過失があり、国賠法の公務員への求償権が行使できる場合にまで公務員の個人責任を否定するものではないと解される。

学説には、公務員の個人責任を肯定する立場のものが多数存在しており、個人責任を否定しつつも、公務員に故意または重過失がある場合、あるいは故意のある場合にまで公務員を保護する必要はないとするものが多数ある。

控訴人らの提出にかかるD教授の意見書において、同教授は、被控訴人らの行為は、故意の暴行行為、傷害行為であって、何ら宥恕すべきところはなく、こうした教員による行為を阻止するための個人責任を追及する法律構成として、①公権力の行使としての独自性が認められないケースについては、国賠法1条ではなく民法715条が適用され、公務員個人は民法709条が適用される、②国賠法1条が適用されるとしても、本件事故のようなケースにおいては、公務員個人に対し民法709条を適用し、故意・過失の有無を判断する、③国賠法1条が適用されるケースにおいて、公務員個人には民法709条が適用されるが、国賠法1条2項の趣旨に照らして、故意または重過失が認められる場合に限定するという3つの構成が可能であると述べ、本件については、上記3つの構成のいずれによっても、被控訴人らの個人責任は認められるとする。

以上からすれば、不法行為の行為者である公務員に故意または重過失がある場合には、公務員個人に対して民法上の不法行為責任を直接問いうるというべきである。

裁判所の判断

国賠法1条1項は公務員による損害賠償の責任主体を国または公共団体に限定していると解されるのであり(最高裁判所昭和53年10月20日判決等参照)、公務員個人に対する責任は問えないと解するものである。

また、行為者である公務員に故意または重過失がある場合に限って直接賠償を求めることが可能であるとすると、重過失がない場合、あるいは過失がない場合であっても、故意または重過失を理由として提訴されれば、被告となってその不存在を明らかにするための負担を余儀なくされるもので、結果として公務員個人が矢面に立たざるを得ないことになることからも、公務員個人に対する責任追及を否定することが不相当とはいえない。

よって、制限的肯定説を採用すべきとする控訴人らの主張は採用できない。

被害者や遺族が求めているものとは

いかがでしょうか。

総じていえることは、控訴人側が

「教員個人の不法行為に基づく損害賠償責任を否定すべき積極的な理由はない」

と主張しているのに対し、裁判所は

「教員個人の不法行為に基づく損害賠償責任を肯定すべき積極的な理由はない」

と判断しているということです。

つまり、裁判所の判断は、「教員個人の不法行為に基づく損害賠償責任は認めない」という結論ありきの判断だということです。

こうした裁判所の判断が、教員による体罰や暴行だけでなく、体育祭・運動会を初めとした学校事故や熱中症事故における安全配慮義務の不徹底につながっているのではないかと思えてならないのです。

国賠法の規定や最高裁判例を踏まえると、現状では教員個人に対する損害賠償請求は裁判所が認めないでしょう。

それでもなお、そのことを十分に理解した上で、被害屋や遺族は、教員個人を被告として損害賠償を請求しています。

それは、決して「教員個人から損害賠償金がほしい」というものではないと思います。

発生した事件・事故について、誰に責任があるのかを明らかにしてもらいたい、もっというと、教員個人が被告本人として裁判所から損害賠償を命じられたという「証し」を求めているのだと思います。

その「想い」を裁判所が認めないのであれば、国賠法を改正して、国または公共団体だけでなく、公務員個人も損害賠償責任を負う旨を明記する必要があると思います。

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