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前橋地方裁判所平成24年2月17日判決
事案の概要
原告は、平成20年4月、被告群馬県が設置するB高校に入学し、女子バレーボール部に入部しました。
被告Aは、教員であり、平成15年からB高校で本件バレー部の顧問及び監督をしていました。
原告は、中学在学中から、ジュニアオリンピック群馬県代表選手に選出されるほどの実力を有しており、被告Aも、原告を有望な選手であると考え、本件バレー部における中心選手の1人として期待していました。
被告Aは、部員が全国大会の県予選前に集中力を欠いている場合などには、気合を入れるために、部員の頭を竹刀で軽く叩くことがありました。
また、被告Aは、部員が練習の際に無気力であったり、集中力のない態度をとったりしている場合、大きな怪我につながりかねないため、部員の頬を平手で叩くこともありました。
被告Aは、上記行為を、部員の保護者が見学している面前においても、他の部活が練習をしている場所でも行っていました。
被告Aは、平成20年12月ころ、部活動中に、原告の頭・尻・太もも・みぞおちを叩きました。
また、被告Aは、平成21年1月1日、合宿の紅白練習試合中に、他の部員やその保護者らの面前で、原告を含むレギュラー部員のうちの3名を平手で叩きました。
さらに、被告Aは、同月12日、練習の際に、原告の頭頂部を竹刀で叩き、さらに、竹刀で足に触れた上、腹部を軽く突きました。
被告Aは、これらのほかにも、プレーに気持ちが入っていないときやチャンスを逃したときに、原告を含む本件バレー部の中心選手を平手又は拳骨で叩きました。
なお、いずれの暴行についても、少なくとも原告の身体については、暴行を受けた箇所にこぶができたり、腫れたりしたことはありませんでした。
原告は、同月14日、練習試合後過呼吸になって自宅に戻り、以後、本件バレー部の練習に参加しなくなりました。
原告は、担任の教師に対し、同年2月5日、退部理由欄に、「一部の仲間からのいじめ、顧問からの過剰なプレッシャー、体罰により精神的に追い込まれ、ここでバレーボールを続けていく理由がないと判断したから」と記載して、退部届を提出しました。
なお、原告は、同年1月20日、E医院において、本件バレー部においていじめを受け、学校に行けなくなったなどと訴え、食事摂取神経性食思不振症のため、同月26日から、同医院に入院したほか、同年2月28日、E医院において、うつ状態のため同月12日から同年3月31日まで自宅安静及び服薬が必要である旨診断され、さらに、同年4月21日、Fクリニックにおいて心因反応、同月27日には不眠症と診断されました。
原告は、同年2月12日から、B高校に登校しなくなり、同年4月8日から同月10日まではB高校に登校し、同月13日及び14日は同校の保健室に行ったものの、それ以後登校せず、同年9月24日転学し、同年10月1日G高等学校の通信制に編入学しました。
裁判所の判断
裁判所は、被告Aが気合を入れるためなどの目的で、平手又は竹刀を用いて、原告の頭・尻・太もも・みぞおちなどを複数回にわたり叩いた暴行について、いずれの際においても、原告には懲戒事由に該当するような行為があったとは認めることができないこと、被告A自身も気合を入れるためなどの目的で行ったと述べていることに照らすと、
「これらの暴行は、懲戒としてではなく、バレーボール部の部活動の指導の一環として行われたということができる。」
と判示した上で、
「被告Aとしては、バレー部部員に対し、気合を入れる、緊張感をもたせるなどの気持ちで、部活動の指導の一環として行ったものであっても、教師が生徒を平手又は竹刀を用いて頭やみぞおち等の身体枢要部を複数回にわたり叩くことは、違法な有形力の行使である暴行に該当するというべきである。」
と判示しました。
そして、
「被告Aによる暴行は、バレー部の部活動に際して行われたものであることが認められ、上記部活動は、合宿も含め、B高校が置いた顧問である被告Aの指導のもと行われる学校教育活動の一環であると認めることができるのであるから、本件暴行は、職務を行うについてされたものということができる。」
として、
「被告群馬県は、国家賠償法1条1項に基づき、被告Aの行為によって原告が蒙った損害を賠償すべき責任があるものと認められる。」
と判示し、慰謝料と弁護士費用の支払いを命じました。
他方、被告Aについては、
「公権力の行使に当たる国又は公共団体の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって、公務員個人は、その責任を負わないと解するのが相当である(最高裁判所昭和28年(オ)第625号同30年4月19日第3小法廷判決・民集9巻5号534頁3照)。」
として、損害賠償責任は認められませんでした。
なお、裁判所は、原告の慰謝料を認めるにあたって、次のように判示しています。
「原告は、本件暴行によって身体的傷害を負ったとは認められないものの、感受性豊かな思春期に、部活動の顧問である被告Aから、他の部員やその保護者等の面前で、複数回にわたり、ときには竹刀まで用いた暴行を受けたことにより、痛みを感じ、悔しい思いをしたであろうことは、想像に難くない。
また、原告は、中学校在学中から、ジュニアオリンピック群馬県代表選手などに選出されるほどのバレーの実力を有していたにもかかわらず、本件暴行も一因となって、本件バレー部からの退部を決意したことが認められる。
さらに、原告は、本件バレー部を退部する直前やその後に、神経性食思不振症、うつ状態、心因反応及び不眠症と診断され、B高校に登校できなくなり、ひいては転学するに至ったところ、これについて、本件暴行が、全く無関係とまではいうことはできない。」
「体罰」ではなく「暴力」である。
本件では、裁判所は被告Aによる行為を「体罰」とはせず、「暴行」と判示しています。
体罰とは「私的に罰を科す目的で行われる身体への暴力行為」と定義されています。
その成立要件は
- 懲戒の対象となる行為に対して、
- その懲戒内容が、被罰者の身体に対する侵害を内容とするか、被罰者に肉体的苦痛を与えるようなものであり、
- その程度があくまでも「罰」の範疇であること
とされています。
本件では、原告には懲戒事由に該当するような行為があったとは認めることができないとして①の要件を欠いていることから「体罰」ではなく、「バレー部部員に対し、気合を入れる、緊張感をもたせるなどの気持ちで、部活動の指導の一環として行ったものであっても、教師が生徒を平手又は竹刀を用いて頭やみぞおち等の身体枢要部を複数回にわたり叩くことは、違法な有形力の行使である暴行に該当するというべきである。」と判示したわけです。
最近でも、部活動の顧問教員による「体罰」が連日のように報道されています。
しかし、それは「体罰」ではなく「暴行」である可能性があります。
顧問の中には、「気合いを入れるため」「集中力を欠いていたため」などの理由で部員を叩いたり蹴ったりすることがあります。
しかし、これらは「懲戒の対象となる行為に対して」という要件を欠く以上、もはや「体罰」ではなく「暴力」なのです。
念のためですが、本件における被告Aの行為が仮に「体罰」であったとしても許されるものではありません。
しかし、「体罰」という教育的な意味合いを持つ表現ではなく、「暴行」という刑事罰の対象にもなる表現をすることにより、顧問教員の部員に対する暴力行為を根絶することが必要なのではないかと思っています。